第52話 メイドコボルトは思い悩む
「お久しぶりです、トールソン様」
領主邸へとやってきたククルは、丁寧に挨拶をしている。
まったく、見るからにコボルトらしくない所作である。それこそ、元々はどこかのお嬢様だったんじゃないかというくらい、その所作の一つ一つは洗練されている。
「本当に久しぶりだね、ククル。今日は泊まっていくのかな?」
「はい、そのつもりでございます。いつも一日か二日は余裕を見た日程をいただいておりますので、何も問題はございません」
「そうか。魔王のおつかいとは聞いているのだが、意外と人間の領主たちよりも心のある命令を出しているのだな」
ククルからの証言を聞いて、トールソンは思わず感心してしまっている。
魔王といえば、基本的にとても心のあるような人物ではないというイメージがあるからだ。
「魔王様は、とても良い方でいらっしゃいます。ですから、私には魔王様を討つなどという考えはございません。もう一人の私であるククールも、おそらく同じように言っているはずでございます」
「うむ、確かにその通りだな」
ククルがトールソンにいえば、すぐさまそれは肯定された。実際にその通りなのだから、すぐに反応できるというものである。
「だがな。魔族による被害というのは実際に出ているのだ。魔王がよい人物であるというのなら、そこでも説得力を持たせてもらいたいものだな」
「承知致しました。ご報告させていただきます」
トールソンに言われて、ククルはおとなしく言葉を受け入れていた。メイドであるからこそ、あまり波風を立てたくないのだろう。
ククルのこの態度は、トールソンにもかなり好意的に受け入れられている。
話が終わり、ククルはククールと一緒に部屋を出ていき、部屋にはトールソン一人になる。
一人となったトールソンは、深く椅子にもたれかかりながら、天井を見上げるような姿勢になる。
「あれが本当に魔族なのか疑いたくなるな。しかも、最弱魔族であるコボルトとは、とても信じがたい。ライブリーの鑑定結果があるからかろうじてという感じだ。聖剣にも選ばれているし、ククルとは一体何者なのだろうな……」
トールソンは、しばらくそのまま部屋の中で黙り込んでしまっていた。本来こなさなければならない仕事が手につかないくらいに。
ククルは、ククールが使っている部屋へとやってくる。
「ここが、一応私が使わさせてもらっている部屋よ」
「へえ、結構広いのね。私が今魔王城で使っている部屋よりは狭いかな」
「そうなんだ」
ククールは今いる部屋はかなり広いと思っているようだが、魔王の専属メイドになったククルは、さらに広い部屋にいるらしい。なんとも衝撃的な事実である。
「まったく、魔王様もどうして私を専属にしたのかしらね。コボルトなんてそばに侍らせても、何もいいことないでしょうにね」
「それは、私も思うわ」
話をしている中で、ククールが愚痴のようにこぼすと、ククルもそれに素早く同意している。ククルも実際にそのように考えているみたいだ。
実際、魔王城の中では、ククル以外のコボルトを見ることはない。過去にもいるにはいたらしいが、せいぜい兵士どまりだったとか。コボルトは基本的に頭がよろしくないので仕方がない配置である。
そうやって思うと、ククルというのはかなり得意な存在であることが浮き彫りになってくる。なにせ、覚えることの多いメイドという職業なのだから。それこそ、コボルトからは本来とても遠い職業である。
そんなコボルトだからこそ、ククルという存在に対する視線というのはさまざまである。
メイド長や他のメイドたちが一目置いているのに対し、ザスカスのようにどちらかといえば蔑視しているような者もいるくらいだ。だからこそ、ククルはどことなく不安を感じているというのである。
「とりあえず、魔王様の庇護下に置かれたから守られるとは思うんだけど、一部からの視線は、とてもじゃないけれど耐えられないわ……」
「大変ね。まあ、私も私で面倒なことになっているけれどね」
「どういう感じなの?」
ククルの愚痴に聞いているうちに、ククールもため息をついてしまう。
気になるククルが聞いてくるので、ククールは正直に話すことにした。自分に対して隠し事をするわけにもいかない。
「……それも嫌だわね」
話を聞いたククルは、天井を見上げたかと思うと、そのままがっくりうな垂れていた。
「どうして魔族である私が、教会に目をつけられなきゃいけないのよ……」
「大体聖剣のせいよ……」
頭を抱えていたククルとククールが、同時に聖剣へと目を向ける。
『うっ……』
形容しがたい視線を向けられた聖剣は、どう反応していいのか困ってしまっているようだ。
とはいえ、このややこしい事態の原因であることには間違いはない。ククルとククールからこんな目を向けられて当然なのである。
『わ、我の力だから仕方ないのだ』
聖剣はどうやら責任から逃げようとしているようだった。
とはいえ、その気持ちがなんとなく理解できる二人は、それ以上責めることはしないでおいた。
「頼りにならないから、私だけでどうにかしましょう」
「そうね」
ふててしまった聖剣に冷たい視線を送りながら、ククルたちは大きなため息をついていたのだった。




