第5話 メイドコボルト、森を行く
魔王城を出発したククルは、一人で地図を片手に魔王城の近くの森を進んでいる。
魔王城から使いを出す時は、その通り道となる場所からは魔物は追い払われる。地図にもその旨が記してあり、ククルはその地図の情報を頼りにして進んでいる。
『主、ずいぶんと心細そうだな』
背中に背負われた聖剣がククルに話しかけている。
「魔王城の森を一人で歩くの離れているのですが、人間の街に行くのは初めてでして……。それで、不安に感じているのです」
聖剣の質問に、ククルは正直に答えている。
周りには誰一人もいないということもあってか、ククルは聖剣との受け答えを堂々とやってのけていた。
『それで、今回向かうという街までは、何日ほどかかるのかな?』
「メイド長様が仰るには、八日ほどかかるようです。魔王城からこんなに近い場所に街があるというのも不思議な気がしますけれどね」
『それはまあ確かにそうだな。だが、そのような場所で生活圏を築けるということは、それなりの戦力と設備があるということだ。心して行かれよ、主』
「はい、気をつけます」
聖剣の忠告に、ククルは丁寧に応対をしている。
それにしても、ククルは本当に聖剣と流暢に会話をしている。聖剣は時折難しい言葉を話すのだが、それすらもしっかり理解しているようだった。
コボルトの実態がザスカスの言う通りであるならば、ククルはかなりの特異個体ということになるだろう。そのことには聖剣も思うところはあるだろうが、今はククルのことを慮って、何も言わないようにしているようだった。
何日も野宿を挟みながら、ククルは森の中を進んでいく。
辺りの景色が代わり映えをしないことから、ククルは本当に進んでいるのかちょっと不安になりかけているようだ。
『主よ、道は本当に合っているか?』
聖剣はつい気になって声をかける。
「合っていますよ。コボルトの感覚を信じて下さい」
聖剣の質問に、不満げな表情を浮かべてククルは答えている。
再び歩き出そうとした時だった。ククルの足がぴたりと止まる。
「あれっ、ここどこでしたっけか?」
『……迷ったのか』
辺りをきょろきょろ見回すククルの姿に、さすがの聖剣も呆れているようだった。
あれだけ自信たっぷりに話していたというのに、結局迷っているのだから。そういう反応になるのも当然というものだろう。
「あれぇ……。おっかしいなぁ。地図の通りに歩いてきたと思ったんですけど」
『やれやれ、地図を我に見せてくれぬかな』
「あっ、はい。どうぞ」
聖剣に言われたククルは、そっと背中の聖剣に地図を見せる。
その地図を聖剣が覗き込もうとした時だった。聖剣とククルが同時に妙な気配を感じ取った。
「あの、この気配って……」
『間違いない、魔物が近付いてきておるぞ』
「うそでしょ……。私が進む先には魔物がいないって仰られていたのに……」
『つまり、完全に道を外れているということだ。逃げるとさらに道が分からなくなる。ここは戦うしかあるまい』
怯えるククルに対して、聖剣は非情な選択肢を突きつけている。
ククルは弱小魔族であるコボルトだ。その上に通常は戦うことのないメイドである。そんなククルに対して戦えとは、ずいぶんと酷なことを言ってくれるものである。
「わ、私が戦えるわけがないじゃないですか!」
『我がいるではないか。さあ、迷わず我をその手に取るのだ!』
「使ったこともないものなんて無理ーっ!」
聖剣が戦うように声をかけるも、ククルは必死に抵抗をしている。
『だが、このままでは魔物に襲われて死が待つのみぞ。お前は養うべき家族がいるのだろう? それでいいのか?』
「う、うう……」
聖剣に強く言われたククルは、やむなく背中に手を伸ばす。両手でしっかりと聖剣を握りしめると、ゆっくりと鞘から引き抜く。
「さ、さあ、どこからでもかかってきなさいよ!」
完全に怯えたへっぴり腰のククルだが、守るべき者がいるとなると威勢だけは十分だった。
聖剣を構えるククルの前に、ゆっくりと魔物が姿を現す。
「こ、こいつらはフォレストファングだわ。コボルト族の村の周りにいたけれど、一回り以上大きいし、……数も多いわ」
どうやらククルが知っている魔物と特徴が一致しているようだが、よく見ると違った特徴も持っているようだった。
あまりにも絶望的な状況に、ククルの体はかなりがたがたと震えてしまっていた。
怯えるククルに対して、魔物たちがじわじわと近付いてくる。その度に、ククルの体はびくりと跳ねていた。
「ガアアアアッ!」
詰め寄ってきたフォレストファングが、我慢できずに襲い掛かってくる。
聖剣を構えたままククルの体は恐怖で固まってしまっている。
その時だった。
「危ない!」
突然の声と同時に、何者かがククルの前に飛び出してきた。
飛び出してきた影は、ククルに襲い掛かるフォレストファングの群れを次々と倒していってしまう。
最後の一匹を討伐し終わると、くるりとククルの方に振り返って、手を差し出しながら声をかけてくる。
「大丈夫かい?」
そこにいたのは、さわやかな笑顔がまぶしい、人間の男性だった。




