第49話 メイドコボルト、糸を売る
商業ギルドの奥へと連れていかれたククールは、いよいよ商業ギルドのギルドマスターと顔を合わせることになる。
一体どのような人物が待っているのだろうかと、ずいぶんと緊張した面持ちで立っている。
案内役の職員は扉を叩き、中へと呼び掛ける。
「ギルドマスター、例の獣人をお連れしました」
「はい、ご苦労さま。開いていますから、中へと案内して下さい」
「はっ!」
中から聞こえてきたのは、物腰柔らかそうな女性の声だった。
扉が開き、部屋の中に入る。
そこにいたのは、首のあたりで髪を束ねている眼鏡をかけた女性だった。見るからに少し若い感じすらする。二十歳くらいだろうか。
「あなたがククールさんですね。こちらに来ておかけになって下さい」
「は、はい。失礼します」
呼ばれたので、ククールは返事をして部屋の中へと入っていく。
眼鏡をかけた女性が椅子に座ってもいいとは言っていたものの、メイド経験があるククールはすぐに座ることもなかった。
ククールの行動を見て、思わず女性は感心している。普通ならばさっさと座ってしまうところなのだが、ククールは座らずに立っているのだから。
(この少女、なかなか面白そうですね)
ククールを目の前にして、女性はにこやかにしている。
職員がお茶を持ってくると、女性は職員たちを部屋から出ていかせる。こうして、ギルドマスターの部屋の中にはギルドマスターである女性とククールの二人だけとなった。
さすがにお偉さんが目の前にいるとなると、ククールはガチガチに固まってしまっている。それは全身の毛が逆立っていることからもよく分かる。
目の前の女性は先に座ると、ククールに声をかける。
「これであなたも座れますね。どうぞおかけになって下さい」
「は、はい。それでは失礼させていただきます」
いちいち断りを入れながら、ククールは椅子へと座る。
座った椅子はふわりとした感触で、思わず目を見開いてしまう。このような質感のいい椅子はなかなかないと驚いているようだ。
「急に呼んでしまって失礼しましたね。私はこの街の商業ギルドのマスターでマリエーヌと申します」
「は、初めまして。私はククールと申します」
自己紹介を受けたところで、ククールも慌てた様子で自己紹介をする。これにはマリエーヌもにっこりとしてしまう。
「あなたを呼んだ理由は他でもありません」
マリエーヌはそう言いながら、テーブルの上に糸の束を置く。ククールはそれが何なのかすぐに分かったようだ。
「あっ、私が持ってきた糸……」
そう、ククールが査定を依頼したフォレストシープの毛から作った糸である。
ということは、この糸のことでギルドマスターに呼ばれたのだとすぐに理解できた。
「この糸、もしかして何かありましたでしょうか」
ククールはおそるおそるマリエーヌに問いかけてしまう。
こういうところは、魔王城のメイドとして培ってきた習慣がもろに出てしまう。
「ええ、ありましたよ」
こう言われてしまえば、ククールは震え上がってしまう。
「ももも、申し訳ありません! やらかしたのであれば謝りますので、なにとぞご勘弁を」
次の瞬間、ククールは突然謝罪を始めていた。
あまりにも予想していなかった行動に、マリエーヌもびっくりである。
「く、ククールさん。別に何も咎めるつもりはありませんよ。顔を上げて下さい」
「ふえっ?」
困惑しているマリエーヌの言葉に、ククールは顔を上げながら戸惑っている。
「別に、悪い意味で何かあったとは言っておりません。どうやら誤解をさせてしまったようで申し訳ありません」
「いいい、いえいえ。こ、こちらこそ申し訳ございませんでした。早とちりで驚かせてしまって……」
マリエーヌの謝罪を受けて、ククールは顔を真っ赤にしながら謝っている。本当に早とちりが過ぎたのだ。
「この糸ですけれど、私たちが見てきたどんな糸よりも高品質なものと判定されました。そこで、私たちはあなたに取引を持ちかけたいのです」
「そ、そうなんですか?」
「はい、その通りなんです」
ククールは信じられないようだった。
自分が知っている限りの方法で普通に紡いだ糸なのだ。これといって特殊なことをした覚えはない。
だというのに、商業ギルドの判定では、高品質と出たというのだ。特殊なことをしたわけではないから、反応に困るというのは当然なのである。
(まさかねえ……)
いろいろと考えたククールは、結論として一つの可能性を見出す。
それは、自身が背負う聖剣だ。
糸を作った方法は、コボルトの集落にいた時と何ら変わりがない。となると、考えられる影響は聖剣だけである。
だが、ククールは小さく首を横に振っている。まさかそんなわけないと、否定したのだ。
「どうでしょう。ククールさんがよろしければ、定期的にこの糸を卸して下さいますでしょうか。これならば、相場の五割増しで買い取りますよ」
「ええ、そ、そんなにですか?!」
マリエーヌから提案された金額に、ククールはとにかく驚いている。そんな高い値段でいいのかと。
特殊なことを何もしていないので、いまいち信じられないククールである。
だが、それだけ儲けることができれば、集落に残してきた家族たちにいろいろとしてあげられると、ククールは大いに悩み始める。
「分かりました。そのお話、お受けしましょう」
結果、結局お金には勝てず、ククールは話を受けることにしたのだった。
その後の話し合いで、十日に一回納品することで決着をした。ククールが冒険者であるので、そう頻度は確保できないだろうと考えたからである。
この日のククールは、糸を売ったお金を持って、とてもご機嫌で領主邸へと戻っていったのだった。




