第4話 メイドコボルト、命令される
聖剣の主になってから七日ほどが経過する。どうにか誰にもバレない状態が続いていたククルのところに、メイド長がやって来た。
「ククルさん、あなたにご命令が下りました。拒否権はございませんので、心してお聞きなさい」
「えっと、メイド長。一体何なのでしょうか」
いつものように無表情のまま、メイド長はククルをじっと見つめている。
ククルの方は緊張して表情が強張っている。
「ククル、あなたには人間の街へといってもらいます。偵察を兼ねてこれらのものを買ってきなさい。魔王様からの命令ですから、必ずやり遂げることです」
「えっ、私ってコボルトですよ? 絶対無理に決まってるじゃないですか」
メイド長からの指示を聞いて、ククルは即座に言い返していた。
コボルト族は全身毛だらけで、しかも大人でも背が小さい。似たような種族に獣人族がいるが、特徴が違い過ぎるのでそのように言い返しているのである。
ところが、メイド長からの指示は魔王からの命令である。一介のメイドであるククルに断われるはずもなかった。
しゅんと落ち込んでしまい、渋々街に出かけるための支度を始めたのだった。
―――
「魔王様」
一人の魔族が、魔王のところへとやって来た。
センターから分かれた長い黒髪が実に美しい人物、それが魔王である。
「うむ、ザスカスか。どうしたというのだ?」
魔王と呼ばれた人物がやって来た魔族に声をかけている。
ザスカスと呼ばれた魔族は、魔王の前で跪きながら報告を始める。
「魔王様のご命令の通り、コボルト族のメイドを人間の街へと派遣いたしました。先程、一人で出ていったところでございます」
「そうか」
報告に対して、魔王はひと言そのようにだけつぶやいていた。
だが、ザスカスはどうにも魔王の真意が読み取れないようで、疑問をぶつけ始めた。
「魔王様、どうしてコボルト族のメイドを人間の街へと向かわせたのですか。メイドとはいえ、コボルト族の容姿では魔族と見破られるのは必至でございます。メイド長からとてもまじめなメイドとして報告を受けておりますのに、さすがにもったいなくはないでしょうか」
どうやら、魔王城を維持する上で、ククルの能力は評価されているようである。
そのくらい優秀なメイドを、なぜ人間の街という危険な場所に送り出したのか、ザスカスはまったく理解できないようだった。
「なあに。余の見立てではあのコボルトは無事に任務を果たしてくる。なぜかは分からぬが、余には絶対の自信があるのだよ」
魔王にも理由が分からないが、ククルであれば見事に任務を果たして無事に戻ってくると確信しているようだ。
「魔王様はそこまであのコボルトを買っていらっしゃるのですね」
「まあな。まあ、あの娘はコボルト族にはあるまじき能力の持ち主でもあるしな」
「と、申されますと?」
魔王の言い分にザスカスは問い返してしまっている。
「お前はそんなことも分からんのか。コボルト族の特徴を言ってみろ」
「えっと、全身が毛に覆われた犬型の魔族ですね。小さくて頭はそれほどよくない。……おや?」
魔王からコボルト族について語るように言われたザスカスは、特徴を言いながら何かが引っかかったようだ。
腕を組みながら、首を捻り始めていた。
「そうだろう。余もあやつのことは見たことがあるが、かなり流暢に喋っている。それに獣系魔族にありがちな、集中力のなさも皆無だ。言えばきちんと最後まで責任をもってこなすコボルトなど、戦闘以外で見たことなどない。見た目はコボルトではあるが、あやつはコボルトとは違った個体と見てもいいくらいだ」
魔王はかなりククルのことを評価しているようだった。
それにしても、あまり見た回数がなさそうだという割に、その特徴をしっかりと覚えているようだ。さすがは魔王である。
「確かに、そのようでございますな。メイド長の報告によれば、必死になって行き先と買い物の内容を復唱していたようですからな。確かに、コボルト族には見られない行動ですな」
「そういうことだ。きっとあやつはこの命令をきちんとこなして戻ってくる。これは間違いないだろう」
ザスカスが納得していると、魔王は改めてククルに対して絶対的な自信を見せていた。
「承知致しました。ですが、念のために監視を送りますか?」
魔王の自信が信じられないのか、ザスカスはもしものための保険をかけようとしている。
コボルトのような雑魚魔族であれば捨て置けばよいのだが、どうやら惜しくなったようだ。
「そうだな。お前がそうしたいのであればそうすればよかろう」
「はっ。では、監視の者に後を追わせます」
「深追いしてやられぬようにだけはしておけよ?」
「承知してございます」
話を終えると、ザスカスは魔王の部屋から出ていった。
一人となった魔王は、椅子に深く腰を掛けてひと息ついている。
「まったく、コボルトを選ぶとは何を考えているのだ」
魔王はよく分からないことをつぶやき始めた。
「これで死ぬというのなら、お前の見込み違いというものだろうな。せいぜい楽しませてもらうとしようか」
魔王は立ち上がって窓の外を眺めている。
そして、何かを楽しむかのようにその顔をにやけさせていた。




