第39話 メイドコボルトは固まる
辺りが赤く染まる頃となり、ククルは目を覚ます。
「くああぁ、よく寝たわね」
大きなあくびをして、ククルは目覚ましに顔を洗う。
すっきりとしたところで、改めて自分のいる部屋を見回す。
以前と比べて、部屋の中の様子がまるで違う。魔王に専属メイドに召し上げられたことで、石壁に囲まれた部屋にぼろ布のベッドと椅子が一脚だけ置かれていたような個室から、キラキラと目がくらむような豪華な内装と広い部屋の中に移ってきた。その部屋の変化にまだ慣れないのである。
(うう、やっぱり落ち着かないわね。でも、さっさと支度をしないと、魔王様になんて言われるか分かったものじゃないわ。なんでもお話があるみたいだし、遅れるわけにはいかない)
どうにか気持ちを落ち着けながら、ククルは毛並みと服装を整えると、魔王の部屋に向けて部屋を出ていった。
魔王の部屋の前に到着したククルは、扉を叩いて中に呼び掛ける。
「魔王様、ククルでございます。お呼びたてに従い、やってまいりました」
「うむ、よく来たな。入れ」
「はい。それでは、失礼致します」
無事に入室許可が出たことで、ククルは扉を開けて中へと入っていく。
部屋の中では、魔王が執務に追われているようだった。
魔王といえば、偉そうに踏ん反りがえっているイメージがあるが、自分の支配地域を運営するために、こういった事務作業もしっかりと行っているのだ。それはまるで、一国の主のような姿なのである。
「すまんな。まだ執務が終わっておらぬゆえ、その辺に適当に掛けて待っていてくれ」
「は、はい……。それでは、お言葉に甘えさせて頂きます」
どう対応したらいいのだろうかよく分からずに、ククルは応接用のテーブルを囲むソファーにそっと腰掛けていた。
黙々と執務をこなす魔王を見ながら、ククルはなんとも落ち着かない感じである。
しばらくすると、さすがにいたたまれなくなったのか、ククルは思い切り立ち上がってしまう。
「わ、私、お飲み物を用意してきます!」
「うむ、そうか。ならば、濃いコーヒーを頼むぞ」
「わ……承知致しました!」
一瞬分かりましたと言いかけて、言い直した上でククルは部屋を出ていく。その様子に、魔王はつい笑みを浮かべていた。
なんだかんだで無事に執務も終わり、魔王は自室の中で夕食を食べることになった。その席に、ククルは無理やり同席をさせられてしまう。
思ってもなかった事態に、ククルはソファーの上でガチガチに固まっていた。部屋のやってきた使用人からの視線がとても痛い。
「そう硬くなるな。部屋の中には余とククルしかおらぬのだからな」
料理を運んできた使用人が外へと出ていくと、魔王はそう言って緊張をほぐそうとする。
ところが、ククルがそう簡単に緊張から解放されるわけがない。その一番の原因が目の前にいるのだから。ククルの体は分かりやすいくらいにガッチガチに固まっている。
「さぁ、冷めぬうちに食べるとしようではないか」
「は、はい……」
魔王に言われて、ククルは腹をくくって食事をすることにする。
おつかいで行く街の料理にも劣らない素晴らしい料理だというのに、目の前に魔王がいるせいでまったく味が分からない。ただ黙々と食べるだけなのだが、のどの通りも悪い。
かつて、こんな生きた心地のしない食事などあっただろうか。そう思えるくらいに、ククルは全身の毛を逆立たせながら黙々と口に食事を運んでいる。
「まったく、ずいぶんと警戒をしてくれるな」
魔王はあまりにも硬いククルの姿に、大きなため息をついている。
「それにしても、聖剣の主となりながらも、聖剣と距離を取っていられるとは。余の知っている限り、そのような情報はないのだがな」
少しでも緊張がほぐれるようにと、魔王はククルに聖剣の話題を振ってみている。
ところが、まるで逆効果のようで、ククルの表情からは完全に笑顔が消えていた。
「余の知るところでは、聖剣とその主は、聖剣の丈ほどしか離れることしかできぬという。それ以上の距離が空くと、どのような状況下でも必ず主の元に戻ってくると聞いたのだがな。一体どうしているというのだ?」
魔王がいくら聞いても、ククルは答えることができなかった。
あまりにも口を開こうとしないククルの姿に、さすがの魔王も困った様子を見せている。
「まあよい。話したくなければ、余も無理には聞かぬ」
ククルの頑なな様子に、魔王もお手上げといったところだ。今の状況では、無理に聞き出すよりもそっとしておいた方がいいと判断したようだった。
「どうせお前は、この余の専属メイドなのだからな。こうなったからには、お前は余から逃げることは叶わぬ。いずれその口から、話を聞かせてもらうぞ」
魔王は無理強いをしないことを約束したようである。
なんと言っても今のククルの地位は、魔族の中でも最も名誉あるという魔王の直属の立場だ。その分、給与も桁外れにいい。
魔王はククルの家庭環境も把握しているので、このまま放っておいても大丈夫と判断したようなのだ。なにせ、自分に逆らえば身内がどうなるか、それをククルが一番わかっているだろうから。
結局、ククルは食事中にひと言も話すことはなかった。それでも魔王は咎めることなく、今日はゆっくり休めとククルを部屋へと戻らせていた。
「やれやれ、これは少々時間がかかりそうだな」
一人となった魔王は、天井を見上げながら呟いていた。
その瞳は、どうもなにやら憂いを含んでいるような感じである。
魔王がここまで聖剣に執着するのは、ただの恐怖からなのだろうか。その胸の内は誰にも分からないのである。




