第38話 メイドコボルトは何も分からない
「はっ!」
ククルは目を覚ます。
「目が覚めたか?」
「ひゃうっ!」
目を覚ました瞬間、目の前には魔王の顔。そして、その重低音ボイス。
こんなコンボを食らってしまえば、しがないコボルトであるククルは、再び気を失いそうになってしまう。
「余の顔がそんなに怖いのか?」
こんな声をかけられて、ククルはどうにか意識を持ちこたえる。
「怖いです!」
謝罪するかと思えば、素直に即答するククルである。これには、さすがの魔王も目が点となる。
「はっ! し、失礼致しました」
暴言を吐いてしまったことに気が付き、ククルは横になったまま顔を青ざめさせながら謝っている。
ところが、魔王ときたらそんなククルの反応に笑うばかりである。なぜ、こんな表情をするのか、ククルにはまったくもって理解ができなかった。
「ククク……、本当に面白いコボルトだな。あの頭の悪い魔族もどきにも、このような者がいたかと思うと面白くてかなわん」
ククルの反応が、魔王にとても受けているようである。
その言葉ははっきりいって侮辱であるわけだが、魔王を目の前にして混乱しているククルは、魔王の言葉をしっかりと理解できる状態になかった。
一方の魔王の方はというと、その混乱するククルを見て楽しんでいる節すらある。魔王軍のトップであるにもかかわらず、ずいぶんと意地悪なことをするものだ。
「とりあえず、よくなるまでゆっくり休んでおれ。今日のところはお前のする仕事はないのだからな」
「ええっ、そんな!」
魔王に仕事はないと言われて、ククルはものすごく慌てていた。
メイドというもの、常に仕事があるものだと思っているらしい、仕事がないとかえって困ってしまうというわけだ。ある意味職業病である。
慌てふためくククルの姿に、魔王はさらに笑いが止まらなくなる。
「まったく、メイドにしろ執事にしろ、なぜそう仕事を求めたくなるのだ。この余ですらも、仕事のない時があるというのにな」
魔王はククルを前にしておかしく笑い続けている。
対してククルは、魔王の言い分に目を丸くして何度もまばたきをしていた。
しがないメイドの一人にすぎないククルからすれば、魔王はとにかく忙しいものだと思っていたからだ。
そういえば、倒れた自分に対してこのように付き添っているのも甚だ疑問というものだ。ククルの頭の中で、いろんな情報が錯綜してまったくまとまりそうにないようである。
「まったく、そう難しく考えるな。コボルトだというのに無理をするものではないぞ」
「むぅ……。いくら魔王様だとはいえど、コボルトコボルトって、私のことをバカにしすぎだと思います。これでも聖剣の主に選ばれたんですよ?」
頭に来たククルは、思わず魔王に言い返していた。
マズルがあるために唇はとがらせられないが、眉間にしわを寄せており、怒っているのがよく分かる。
相手が誰であろうと、意見ははっきり言ってしまうのはククルの長所であり短所だった。
「くははははっ! この余に意見をするとは、本当にお前は面白いやつだ。だからこそ、お前を余のそばに置いたのだがな。これならば、退屈をしないで済むというものだ」
ククルから文句を言われても、まったく動じる様子を見せない。これが魔王の余裕というものである。
「もう、何がおかしいというんですか!」
ククルは不機嫌のままである。まったく、魔王を相手にもまったく怯むことがない。
とてもではないが、魔王の顔を見て気絶をした人物と同一人物とは思えないくらいかみついている。
「なに。魔族というのは古い価値観に固まったやつが多くてな。あのザスカスも、お前のことをまったくといっていいほど認めようとはしない。かと思えば、余のいうことにはあまり反対はしない。魔王に従うべき、魔族の価値観は種族で決まる。こういった古い考えに固まったやつばかりでは、面白くないのだよ」
笑いをこらえた魔王は、ククルに対していろいろと語り始めた。
その話を聞く限り、魔王にもいろいろと悩みがあるような感じだった。
「きっと、お前ならばこの魔王城の雰囲気に新しい風を吹き込むことができよう」
「そんな……。私なんてただのコボルトでメイドですのに、そんな力があるとは思えませんよ」
魔王から期待をかけられるも、ククルは正直自信がないようである。なので、魔王にはこのように答えていた。
「うむ、確かにそうだな。だが、余の庇護下に置いたことで、お前の安全はかなり保障されたようなものだ。そうでなければ、何かやらかせば強い魔族に淘汰されていただろうからな。特に聖剣の事はな」
「うう……」
聖剣のことを指摘されると、ククルは何も言えなくなってしまう。
実際、聖剣を手にしたことによって、ククルは自分は粛清されてしまうと考えていたのだから。
ところが、予想外にも魔王はそのことを把握しながらも、ククルを自分のそばに置いていた。この行動がククルにとっては大きなノイズとなっており、このように混乱を極めているというわけなのである。
「魔王様は、なぜ私をおそばに……?」
ククルは魔王の真意を聞き出そうとする。ところが、魔王は微笑むばかりで何も答えようとはしなかった。なんともすっきりしないククルである。
「とりあえず、今のところはゆっくり休んでおれ。また夜にでも話をしようではないか」
「はい、承知致しました」
魔王から休むように言われたククルは、おとなしくその言葉に従うことにした。
まったく何も分からない状態ではあるものの、緊張から解放されたククルは、自分の部屋に戻ってゆっくりと仮眠を取ったのだった。




