第37話 メイドコボルト、緊張しすぎる
街での用事を終えたククルは、無事に魔王城へと戻ってくる。
城門で兵士に迎えられると、ククルはそこでしばらく待たされることになってしまった。
「よく戻りましたね、ククル」
「ただいま戻りました、ザスカス様」
荷物を片手と背中に持ちながら、ククルはしっかりとザスカスに挨拶をしている。
大量の荷物を持っているというのに、体の軸はまったくぶれない。コボルトでありながらも、ククルはどれだけしっかりとした体を持っているのだろうか。
「それでは、魔王様のところまで案内します。ついてきなさい」
「はい」
ザスカスに言われ、ククルはその後について魔王城の中へと入っていく。
さすがに魔王専属のメイドに就任したとはいえど、外から物を持ち帰った時点では自由にさせてもらえないようである。ザスカスからは疑いの目を向けられているので、しょうがないといえばしょうがないことである。
ザスカスの後ろをついて歩くククルだが、かなりザスカスを警戒しているのか、しっぽが大きくゆっくり振られている。表情では何気ない感じではあるものの、獣系魔族の体はまったくもって正直なのだ。
ククルを連れてきたザスカスは、魔王の部屋の前に立って扉をノックする。
「魔王様、ククルが戻りました」
「そうか。ククルだけ中に入れろ」
「はっ!」
中に呼び掛けると、魔王はククルだけの入室を許していた。この返事を聞いて、ザスカスが小さく舌打ちしたようである。小さすぎるゆえに普通なら聞き逃してしまうところだが、ククルの耳はよいために、その舌打ちを拾ってしまったようだった。
(私、嫌われてるなぁ……)
表情に出ないようにしながら、ククルはつい思ってしまった。
ククルが部屋の中に入ると、ザスカスが閉まる扉の向こう側からククルへと鋭い視線を向けていた。それはまるで恨みでもあるかのような視線だった。
その視線に気が付いたククルは、ついぞわっと毛を逆立ててしまった。
「よく戻ったな、ククルよ」
「はいっ! た、ただいま戻りました、魔王様」
かなりの重低音ボイスが響き渡り、ククルは尻尾を立たせて驚きながら返事をしている。
くるりと振り返ると、そこには柔らかな表情を浮かべた魔王が立っている。その姿を見て、ククルは再び全身の毛を逆立たせていた。そのくらい魔王が怖いのである。
「どうだ、頼んでおいたものはすべて買ってきたかな?」
「は、はい。ど、どうぞ改めて下さい」
ククルはゆっくりと魔王の近くにあるテーブルまで歩いていくと、荷物を降ろして魔王へと差し出していた。
ところが、魔王はまったく動かない。
「お前が全部取り出してみせてみろ。メイドならば、それが普通であろう?」
「ひうっ!」
魔王が優しい声で話し掛けるも、その怖さからククルは涙目になっていた。震えながらも、買ってきたものをテーブルの上へと並べ始めた。
「こ、これで全部でございます」
「うむ。では、改めさせてもらおう」
全部並べ終えたククルは、ゆっくりと距離を取って、魔王がすべてを確認し終わるまでガチガチに震えながら様子を見守っていた。
魔王が一つ一つ確認する間、両手を体の前に添え、魔王のからまったく目が離せない。下っ端も下っ端の魔族であるククルにとって、魔王というのは単純に恐怖の対象なのである。息がつまりそうな気持になりながら、ククルはまばたきすらできずに立ち尽くしている。
「うむ。頼んだものはちゃんと全部そろっているな。傷みもないし、さすがはメイド長も一目置いただけのことはある」
「あ、ありがとうございます。で、では、こちらのものたちはいかが致しましょうか……」
「ああ、それなら心配要らない。もうそろそろ来るだろう」
「ほへ?」
買ってきた品物をどうするかと確認をしていると、魔王は放っておけという。どういうことなのか分からないで立っていると、メイド長が数名のメイドと一緒にやってきた。
「お呼びでしょうか、魔王様」
「うむ。ククルが買ってきたものを、いつものように保管しておいてくれ」
「承知致しました」
魔王とククルの目の前で、メイド長と一緒にやってきたメイドたちがククルと同じように緊張しながらも、丁重に荷物を抱え上げている。
すべてを抱えると、頭を下げてそのまま部屋を出て行っていた。
思ってもみなかった状況に、ククルはただぽかんとその様子を見守っていた。
「さて、これで安心して二人で話ができるというものだ」
さっきまで怖い顔をしていた魔王の表情が、ようやく少し緩んだようである。
だというのに、魔王に対する恐怖からか、ククルはその表情の変化にまったく気が付かないようである。ガチガチに固まったまま、魔王の顔を見られずに少し下を向いていた。
「まったく……。顔を合わせぬとは、専属メイドとして失格だぞ、ククル」
「はっ! も、申し訳ございません、魔王様」
魔王に声をかけられて、慌てて顔を上げたククル。
ところが、上げた顔の真ん前に魔王の顔があったために、ついに緊張の糸が切れてしまったようだ。あろうことか、ククルはその場で気を失ってしまう。
薄れいく意識の中で、ククルはこう思った。
「ああ、私ってば、こんな調子で大丈夫なのでしょうか……」
魔王の専属メイドに取り立てられたのはいいものの、ククルの前途は多難すぎるようである。




