第36話 メイドコボルトは先が見えない
「お久しぶりです、トールソン様」
領主邸にやって来たククルは、丁寧に挨拶をしている。
ククルはコボルトではあるものの、未熟な獣人の子どもとして通っているので、街中を歩いてもまったく問題がないのだ。
だが、誰が想像しえるだろうか。その正体が魔王の専属メイドとなったコボルトであるなど。
「うん、久しいなククル。久しぶりにこの街に来た感想はどうかな」
「はい、相変わらずみなさんお優しくて、嬉しく思います。私のことを魔族と知れば、どのように思われるのかは気になってしまいますけれど」
トールソンに質問をされたククルは、それははにかみながらもしっかりと答えていた。
この受け答えを見る限り、トールソンもジャックも、その他の使用人たちもククルがコボルトだということが信じられなくなってくる。むしろ、本当に獣人族の未熟な姿じゃないかと思えるくらいである。
「何度見ても、コボルトとは思えない言葉遣いと態度だよな」
「本当ですね。ククールの姿の方が本物じゃないかっていうくらいですよ」
あまりにも丁寧な態度に、トールソンもジャックもこのような感想を漏らすくらいだった。
その話を聞いていたククールも、間接的に褒められたせいで嬉しそうに頭を擦っている。
「それで、魔王城に戻った後はどうしていたのかな?」
「はい。普通に過ごしていたんですけれど、魔王様の専属メイドにされてしまいました」
「ぶはっ!」
冷静に聞いたはずのトールソンだったが、ククルから返ってきた答えに思いっきり噴き出してしまっていた。
それもそうだ。コボルトが魔王の専属メイドにされたのだから。普通のコボルトのイメージからすると、魔王の直属に配属されるなど、人間側からしてもまったく想像できない話なのである。そのくらい、コボルトというのはいろいろと問題を抱えた種族なのだ。
「私も心臓が止まるかと思いましたよ。自分のこととはいえ、もう何が何だか……」
ククールも言葉に戸惑うほど混乱しているようだった。
そのくらい、自分が魔王の専属メイドに抜擢されるなど、露ほどにも思っていなかったのだろう。寝耳に水というやつである。
「それだけならいいのですが、私が聖剣の主だということも知られているようでして、私、生きた心地がしないですよ」
話をしながら、ククルは泣きそうになってきている。
ところが、トールソンたちも驚くばかりで、ククルをとてもじゃないが慰めることができなかった。結果、ククルはそのまま泣き出してしまっていた。
「泣かないでよ、私。そんなに泣かれちゃうと、私まで泣きたくなってくるじゃないの」
唯一動いたのは、ククルの分身体であるククールである。
ところが、ククルを抱きしめながら、ククールも泣き出しそうになっていた。さすがは同一人物である。
「時に、聖剣はどのように申されておるのかな?」
まだ泣き始めていないククールに対して、トールソンが質問をぶつける。ククールは首を横に振っている。
「聖剣も混乱しているようで、まともに話ができる状態ではありません。しばらく時間が必要かと思います」
「そうか……」
ククールの答えを聞いて、トールソンはどう反応していいのか困ってしまったようだ。前髪をかきあげて黙り込んでしまった。
しばらくそのまま沈黙が続く。
誰もかれも、どういう話をしていいのか困っている状況なのだ。
「ふぅ……」
そんな中、トールソンが最初に口を開く。
「とりあえず、ククルには無事に魔王城に帰ってもらうのが一番だろう。何かあって、魔王や側近に攻められでもしたら、この街など簡単に消し飛びかねんのだからな」
「まあ、確かにその通りですね」
トールソンの発言を受けて、ジャックもこくりと頷いていた。
これにはもちろん、ククールも賛成する。ククールは魔王たちの実力をその身で感じてきたのだから、当然の判断と言える。
「なんにしても、魔王の意図するところが読めんからな。なんともいえない腹の探り合いだな……」
さすがのトールソンも、胃が痛くなるような思いである。
こうして話を終えると、時刻も遅いということもあって、この日のククルは領主邸に泊まっていくことになった。ククールと同じ部屋である。
「なんか不思議な感じだわ」
「私も」
こう言い合う二人だが、当然だろう。なにせそもそもは同一人物なのだから。意見が合うのも当たり前なのだ。
「ねえ、聖剣」
『何かな?』
ククールが聖剣に問いかけている。
「私たち、いつまでこうやって二人になっていればいいのかな。魔王様に知られてしまった以上、分かれている必要あるの?」
『むぅ……。それはなんともいえんな。このようなことは我も初めてゆえに、混乱した中でやってしまったからな。だが、今はまだ時ではないと考えておる』
「じゃあ、いつまで?」
ククールの質問に答えた聖剣に対して、今度はククルが問い掛けている。
『分からん。状況次第としか言いようがないな』
「……無責任だよ」
『面目ない』
ククルにはっきりと言われては、聖剣もただ謝ることしかできなかった。
ともかく、ククルとククールの奇妙な状況は、まだまだ続きそうである。
はたして一人に戻ることはできるのか、平穏な暮らしをすることができるのか。まったくもって、誰にも分からないのであった。




