第3話 メイドコボルトの悩ましい一日
「ふわぁ~……」
翌朝、ククルは使用人の部屋で目を覚ます。
ベッドの上には、宝物庫にあったはずの聖剣が置かれており、その姿を眉間にしわを寄せながら眺めている。
「夢じゃない……。なんで、コボルトである私が聖剣の主なんかに……」
現実を見せられて、ククルは大きなため息をついている。
ククルは自分の部屋が個室であったことが幸いだと思った。こんな姿をみんなに見られては、一体どのように言われたか分かったものではない。
改めて、ククルは自分の姿をじっと見てみる。
明るい茶色の毛並みを持った全身毛むくじゃらな姿、それがククルなのである。
コボルトという魔族の中でも低位の種族ではあるが、ククルはたくさんいる兄弟を養うために長女として魔王城へとやって来た。真面目に雑用をこなし、使用人の中でも一部のエリートにしか任されないという宝物庫へと配備されたばかりだった。
その初日にこれである。
ククルの胃には大穴が開きそうなくらいのとんでもない事態だった。
(ああ、聖剣が言うには魔王様には見破られちゃうみたいだし、絶対に魔王様には出会ってはいけないわ。ううん、魔王様だけじゃない。それ以外の魔族たちにも気をつけなくちゃ)
服をパジャマからメイド服に着替えながら、ククルは気合いを入れ直していた。
『ずいぶんと思い悩んでいるようだな』
唐突な聖剣の声に、ククルはびくっと全身の毛を逆立てながら驚いている。
「い、いきなり話しかけないで下さい。ただでさえ夢だと思いたいですのに……」
おそるおそる近くにある聖剣へと目を向けるククルである。
この聖剣、面倒なことに一定距離を離れると、自動的に背中に背負われてしまうというとんでもない能力を持っている。なので、部屋であれこれする時は、面倒でも抱えて移動しなければならないという足かせになっていた。
つくづく、自分の部屋が一人部屋であったことを幸運に思うククルなのである。
しっかりとメイド服に身を包んだククルは、聖剣を背負って部屋を後にする。
コボルトは体格も小さい種族であるが、ククルの身長は聖剣とほぼ同等だ。剣を背負えば、頭から剣の柄の先が飛び出し、剣先は床についてしまいそうだった。
(ねえ、これって音とか大丈夫なのかな?)
『ご心配めさるな。幻影魔法によって我の気配はすべて消しておるゆえ、音すらもなる心配はない』
ククルが心配をあれこれするものの、聖剣は大丈夫だの一点張りである。さすがにかえって心配になってきてしまうというものだ。
ため息が止まらないククルではあるものの、この状態で魔王城でも仕事をこなさなければならない。姿も魔力も誰からも感じられないとはいえ、当たり判定だけはそのままだ。ククルはいつも以上に気をつけて仕事に取り掛かっている。
(重さを感じないのはいいんだけど、やっぱり緊張で仕事に集中できないわ)
『心配するな。もし何かに当たったとしても、我の力でなかったことにしてくれよう』
(本当に頼むわよ?)
『任されよ』
朝食を終えれば、魔王城内の掃除が始まる。
宝物庫が担当のククルは、昨日同様に宝物庫へとやってくる。メイド長や先輩メイドたちなど、十数名が集まっている。
「それでは、本日もしっかりとお手入れをお願いしますよ。長い長い魔族の歴史の中で集められた宝物は多いのです。たかが一日で掃除が終わると思わないことですね」
「はい!」
メイド長は号令をかけると、宝物庫の扉を開く。ククルたち宝物庫担当の使用人たちが中へと入り、今日も宝物庫の掃除が始まる。
はたきを持ったククルは、担当の場所へと出向く途中で、聖剣のあった場所へと立ち寄る。そこには、聖剣の魔法によって置かれたレプリカがしっかりと鎮座していた。
『どうだ。我の魔法はすごいだろう。誰もがここにある聖剣が偽物だと気付かずに過ぎていくぞ』
(た、確かに……)
聖剣が自信たっぷりに言うように、他の使用にはおろか、メイド長すらも気に留めることなく通り過ぎていく。
本物はククルの背中にあるというのに、それにすらも気付かれていない。聖剣の魔法は完璧なのである。
『さあ、掃除を始めようではないか。いつまでも担当外の場所で立ち止まっていると怪しまれるぞ』
(わ、分かったわよ)
聖剣に注意されて、ククルは聖剣のレプリカの前から去っていく。
この日も一日がかりで掃除をしていたというのに、結局最後まで、誰一人として聖剣の異常に気が付かなかったのだった。
「うそでしょ……」
部屋に戻ってきたククルは、信じられないという顔でベッドの上に転がっていた。背中には聖剣を担いだままだが、コボルトのもこもことした体毛のおかげでまったく痛くないようだ。
『我の言った通りであろう。主はこれからも堂々として過ごしておればよい』
「え、ええ……」
聖剣の言葉に、ククルは呆けた様子で返事をしていた。
『だが、困ったものだな。聖剣は魔王を討ってこそだというのに、主にその意思がないとなるとな……』
「私だって好きで聖剣の主になったわけじゃないわよ。ああ、いつまでこんな生活をしていればいいのかしら。敵対の意思はないとして正直に名乗り出ても、魔王様相手だと殺されかねないし……。ああ、もう……」
ククルはベッドの上で悩み続けている。
『魔王城の連中を全部討てばいいのではないのか?』
「それができたら苦労しないわよ。私は弱小のコボルトなんだから」
『ふむ……』
結局、この日の夜もククルはずっと悩み通しだった。
この状況を解決する方法ははたして見つかるのか。
ククルの苦悩はまだまだ続くのである。




