第24話 メイドコボルト、魔王に目をつけられる
ククルは翌日も答えが出ないまま、城の中の掃除を行っていた。
本来なら宝物庫へと行っているところだったのだが、考えごとがまとまらない状態ゆえに危険と見て、自分から辞退したのである。
やはり、いろいろと考えることができるあたり、ククルはただのコボルトではないようだ。
「そうか。あのククルとかいうコボルト、今日は宝物庫の掃除を辞退したのか」
「はい。メイド長の証言によればそういうことのようです。一体何があったというのですか、魔王様」
「なに。ちょっと興味がわいたのでな、余のそばに仕えさせようと考えただけだ」
「……それは本気でございますか?」
報告をしてきたザスカスに正直な話をすると、表情を歪めてザスカスは魔王に真意を問い質してきた。
そのくらい、魔王のそばにコボルトを置くということが異常な話だということなのである。
魔族たちの間の認識では、コボルトはとにかく頭が悪い。命令には忠実ではあるものの、それは本能によるものだ。怖くなれば簡単に逃げ出してしまう。
そのため、所詮は雑兵の魔族というのが精一杯の評価なのである。
だというのに、同じコボルトであるククルは、悩む仕草を見せた上に魔王からの命令を保留してみせるというもの珍しい反応を見せていた。
これは、魔王が興味を抱くにはとても十分だというわけである。
「ふっ、本気だとも。余も長く生きてはきたが、あのような変わった魔族は初めて見た。興味があるために、近くに置いてもっと見てやりたいのだよ」
「まったく、魔王様も気まぐれが過ぎるというものですぞ。コボルトなぞ、重要なことなど何一つ任せられる種族ではございませんでしょうに」
「普通ならばな」
ザスカスの小言に、魔王も頷いてはいる。頷いてはいるものの、その発言にはなんとも含みが感じられるものだった。
「だが、考えてもみろ。ククルが宝物庫の掃除を担当することになったのは、メイド長の判断であろう? ザスカスと同じ考えであるならば、メイド長がその様な采配をするはずがなかろう。つまり、あやつは自分の行動で宝物庫の掃除を勝ち取ったのだ。興味を持っても当然というものであろう」
「は、はあ……。よくよく考えれば、確かにその通りでございますな」
魔王の説明に、なぜか納得がいかないザスカスである。
「お前がどう思おうと構わぬ。これは決定事項だ。あとは本人の返答次第だな」
「はあっ?!」
ザスカスが目を大きく見開いて驚いていた。
「あのコボルト、魔王様の命令に背いたのですか?」
そう、魔王からの命令は魔族にとって絶対である。それを断ったというような話が出てきたのだから驚くのも無理はないのだ。
「背いてはおらぬぞ。すぐに結論が出せぬゆえ、少し時間が欲しいなどといいおった。こんなに興味をそそられることなど、まずありえぬぞ?」
「た、確かにそうでございますな……」
ザスカスは言葉を失っている。
雑兵にすぎぬコボルト風情が、魔王に歯向かったなど信じられるわけがないというものだ。
だが、同時に、ザスカスはククルが魔王城にやって来た時のことを思い出していた。
そう、ククルが魔王城にやって来た時に対応したのは、他でもないこのザスカスだったのだ。
ザスカスはククルのことをコボルトというだけで追い返そうとしていた。ところが、ククルは必死に食い下がってきた。
自分には小さな家族がたくさんおり、その生活を支えるためには魔王城で働くことが一番だと必死に訴えてきたのだ。
あまりにもしつこく食い下がってくるので、頭の固いザスカスもその時は折れたのだった。
(そうか、思い出した。あのめんどくさいコボルトだったのか。面倒になって記憶から消し去っていたのだな)
ザスカスは魔王の補佐として仕事をしているので、煩わしいものはさっさと消したがる癖がある。それが、コボルトのククルを自分の記憶から消し去っていたのだ。
「分かりました。ですが、私からは特に言及することもございません。すべては魔王様の御心のままに」
「そうか。まあお前はそういうやつだからしょうがないな」
ザスカスが出した結論に、魔王もさすがに笑うしかなかった。
補佐として効率やら規律やら固定観念やらにガッチガチに固まっているザスカスなのだ。魔王はそれがいいところでもあり悪いところだなと、そう思って笑っているのである。
「そういうわけだ、ザスカス。ククルが声をかけてきたら、迷わず余のところまで連れて参れ」
「承知致しました」
魔王の命令に、素直に応じるザスカスである。
「それでは、私は城内の見回りがありますゆえ、一度失礼をさせていただきます」
「うむ、頼んだぞ」
「はっ」
魔王との話を終えて、ザスカスは魔王の部屋から出ていく。
ようやく一人となった魔王は、自分の机へと向かう。
そこで、書類を確認しながらククルのことを考えていた。
「ふっ。最弱の部類に属するコボルトでありながら、考えるだけの力を持っており、本来ならば人間でなければ扱えぬ聖剣に選ばれた。普通に考えれば危険ではあるが、だからこそ、余の興味を強く引く。あのコボルトを引き込めば、聖剣も力を失うであろう。くくく、実に楽しみというものだ」
魔王は執務をこなしながら、不気味にほくそ笑んである。
どうやら、ククルを抱え込もうとするのはいろいろと思惑があるようである。
「べーっくしゅ!」
その頃のククルは、少女にあるまじきとんでもないくしゃみをしていた。
魔王にまさか深い思惑があるなど考えもせず、ただただ魔王からの命令に頭を悩ませているのだった。




