第23話 メイドコボルト、魔王と対面する
なんということだろうか。おつかいから帰ってきたククルが新しい仕事を求めに部屋を出たら、どういうわけか魔王の部屋へと連れてこられてしまっていた。わけがわからないといった表情で、ククルは魔王の部屋へと入っていく。
「魔王様、お申し付け通り、メイドククルを連れて参りました」
「ご苦労。ザスカス、お前は下がれ」
「は?」
ザスカスが報告すると、魔王から唐突に部屋を出て行けと言われてしまった。さすがのザスカスも耳を疑ったらしく、変な声が出てしまっていた。
「聞こえなかったのか? 下がれと申しておる」
「こ、これは失礼致しました。そ、それでは失礼をさせていただきます」
魔王の言葉の意図するところをまったく理解できず、ザスカスは首をひねりながら扉まで向かっていく。最後に一礼をしたかと思えば、ぎろりとククルを睨んで部屋を出ていった。
ザスカスから向けられた悪意に、ククルは思わず全身に寒気を走らせてしまう。
目の前には魔王という存在がいることも相まって、耳もしっぽもだらりと力なく垂れてしまっている。
「さて、改めて聞こう。コボルトよ、おぬしは名を何と申す?」
「ひうっ!」
魔王から質問されて、ククルは驚きで耳としっぽをピンと立たせてしまう。
再びだらりと垂れたかと思うと、おそるおそる魔王の方へと振り返っていく。
「わ、私は、ククルと申します。半年ほど前に、魔王城へとやって参りました」
どうにか姿勢を正したククルは、ごくりと息をのみながらも質問に答えている。
その間も、魔王の視線は鋭く冷たく、ククルへと向けられていた。
「ふむ。ククルと申すか」
ククルの答えを聞いた魔王は、一言だけそう呟いていた。
だが、たった一言だというのに、ククルの全身の毛がぞわわっと波打っていた。魔王というのは、その存在だけでなく、言葉にも強い力がこもっているのである。
「余の言葉にも、平然と意識を保つか……。やはり、ただのコボルトではなさそうだな」
この言葉と同時に、魔王の表情が少し緩んだように見える。
ククルの方は魔王を目の前にして緊張しまくっているので、そんな表情の変化に気が付かないくらいガッチガチである。
「初めて人間の街に街に行った時も、獣人の子どもと間違われたみたいらしいな」
「ひっ! な、なぜそれを……?!」
「最初の時は、ひそかに後を追わせていたからな。コボルトのくせに、気配に気が付かなかったかな?」
「え……」
魔王から衝撃の事実を聞かされて、ククルはガッチガチに固まってしまった。
まさか、聖剣を手にして振り回していたところまで見られたのではと、そんな風に思ってしまったからだ。
ククルの全身から汗が噴き出してくる。このままではまずいと、全身が警戒を強めてしまっている。
「ふっ、心配するな。おぬしはいろいろと役に立ちそうだから、粛清はせぬよ。いくら聖剣の主となっていようともな」
「ひっ!?」
魔王からはっきりと言われて、ククルは全身から血の気が引いていく。
聖剣の主となっていることを見抜かれてしまっているとは思わなかったからだ。
次の瞬間、ククルはその場で土下座をしていた。
「も、申し訳ございません。私は魔王様に歯向かうつもりはございません。大事な家族のためにも、私はお務めを果たさなければならないのです。どうか、お情けを下さいませ」
ガンガンと、石の床に何度も頭をぶつけて命乞いをするククルである。
その姿に、魔王は思わず笑ってしまっていた。
「ふっ、本当にコボルトらしからぬ行動を取るな。よい、余は気にしてはおらぬ」
魔王から許されたことで、ククルは床におでこをつけたままほっとしているようだ。
「しかし、魔族が聖剣に選ばれるとは思ってもみなかったな。だが、その聖剣は今はどこにいる? 少なくとも、おぬしからはその気配の残留程度しか感じられぬ」
「えっと、あの、その……」
魔王から問い質されて、ククルはとてもしどろもどろになっている。
馬鹿正直なコボルトの特性が、ここに来て出てしまっているのだ。正直に言ってしまえば、自分の半身であるククールや街の人たちに迷惑が掛かると考えたからである。
「まあよい。どうせおつかいに行った街にあるのだろう。ということは、そこにもおぬしがいるということだ。聖剣は主からは離れられないからな」
「あうう……」
すべてを見透かされて、ククルは何も言えなくなってしまっている。
「まったく、聖剣のやつは浅はかなものだな。余がこの程度のことに気が付かぬと思っているのなら、いくらなんでも甘く見過ぎというものだ。魔王と聖剣の因縁は、そんな浅いものではないのだからな」
どうやら、魔王は思った以上に聖剣について詳しいようである。
「そういうわけだ。ククルよ、余にそばに仕えてみる気はないか?」
「ほへ?」
魔王からの思わぬ提案に、ククルからはとても間抜けな声が漏れている。
聖剣の主となったことで、魔王からは敵視されて粛清されると思っていたのに、その真逆の待遇を言い渡されるとは思ってもみなかったからだ。
だが、魔王付きとなれば、お給金は間違いなく跳ね上がる。そうすれば、余裕を持って養えると考えられる。
「申し訳ございません。少々考えさせていただけますでしょうか」
「ほう。余の申し出を断るというのか?」
ところが、ククルが出した結論は、魔王の提案を保留するというものだった。
「いえ、私の気持ちが整理できていないためです。大変光栄だとは存じますが、お時間をいただきたく思います」
ククルは真剣な表情で魔王を見ている。
その姿を見て、魔王はおかしくて笑い出してしまう。
「ふははははっ! やはり、おかしなコボルトだな。いいだろう。気持ちに整理がついたら、メイド長かザスカスを通じて答えを聞かせてくれ」
「申し訳ございません、魔王様」
魔王からの申し出を断ってしまったククルだが、何事もなく無事に部屋を出ることができた。
その後はザスカスの付き添いで、自室へと戻っていったのだった。
魔王付きのメイド。その名誉を保留したククルは、考えることを放棄して少し眠ることにしたのだった。




