第2話 メイドコボルトと聖剣
ククルはものすごく焦っている。
というのもその背中には聖剣が背負われているからだ。
「ひ~ん。こんなもの背負っていたら、魔王様だけじゃなくてみんな殺されちゃうわ。どうしよう、幼い弟や妹たちがたくさんいるっていうのに……。こんなことでクビになんてなりたくないわ!」
真夜中の宝物庫で、コボルト族のメイドの悲痛な叫び声が響いている。
『困ったものだな。ようやく主を見つけたというのに、そのようなことを言われてしまっては……』
「へ?」
急に聞こえてきた声に、ククルはぴたりと動きを止めてしまう。
「だ、誰なの? 一体誰が私に声をかけているの?」
『誰とは失礼だな。主の背中におるではないか』
「背中? も、もしかして、これが聖剣の声なの?」
背中という言葉に、ククルはおそるおそる問いかけている。
『左様。我は聖剣。長らく我の使い手を探しておった。その中でようやく使い手の気配を感じてな、魔王の手下にわざわざ持ち去られてやったのだ』
「えっ、えっ?」
聖剣が話す内容に、ククルは混乱している。
なんと、聖剣が魔王城にあるのは聖剣の自らの意思なのだという。そのせいで、ククルはますます混乱を極めていた。
『考えてもみろ。我は魔を滅する剣ぞ? 何も考えずに握れば、主と一緒におった女の言ったとおり、我をつかんだ魔族はその場で焼けただれて死んでおったわ。ここまで運んでこれたこと自体、我が望んだことというわけなのだよ』
「な、なるほど……」
聖剣の説明を聞いて、ククルは理解できたようでまったく理解できずにいた。
『いや、実によかったというものだ。主が見つかったということは、魔王をすぐにでも討ち果たせるというものだからな』
「まったくよくないわ! 魔王様がいなくなれば、誰が私の家族を養ってくれるんですか。ここ支払われる私の給料で弟や妹を食わしていかなくちゃいけないんです。ああ、もう、どうしてこんなことに……」
聖剣は安心しているものの、肝心のククルはまったく安心できなかった。
なにせ、これまでの自分の働いた給料はちゃんと魔王名義で支払われているのだから。それだというのに、魔王を倒してしまえば裏切り者として、自分だけではなく幼い兄弟たちにまで迷惑がかかってしまう。ククルとしては受け入れられるわけがないのである。
『むむむ……それは困ったというものだな。魔王を打ち倒すという役目が果たせぬのなら、我が聖剣として存在する意義がないではないか』
ククルの様子に聖剣も困惑している。
それというのも、聖剣は魔王を打ち倒すことを使命としているからだ。それができないというのであれば、存在意義が問われてしまう。それゆえに困惑していた。
「と、とりあえず聖剣がなくなったことを知られるわけにはまいりません。どうにかしてもらえませんか?」
『むむ、仕方ないな……』
背中の聖剣が納得したのか、なにやら唸り始める。
次の瞬間、自分が元々刺さっていた位置にそっくり同じようなものが出現していた。
「まあ、すごい」
『このくらいは余裕だ。魔王でもない限り見抜くことはできまい』
「魔王様には見抜かれてしまうのですか」
『我が天敵だからな!』
なんとも納得のいく答えである。
だが、ククルにとっては納得している場合じゃなかった。剣を偽装できても、背負っているこの状態をどうにかしないといけない。
ククルはしがないメイドである。こんな不釣り合いな剣など持っているわけにはいかないのだ。ククルは頭を痛めている。
「そういえば、私はそもそもここにどうやって入ったの? 鍵が閉まっていて、メイド長が持っているカギがないと入れないのに」
『我が呼び寄せたからに決まっているではないか。それにここはちょっと位相がずれておるゆえ、誰にも気づかれてはおらん。安心せい』
聖剣はこういうものの、ククルに安心できるわけがなかった。
『ええい、わがままだな。残念だが、聖剣の主となっては、我が剣身以上の距離を離れることは叶わぬぞ。常に我を持ち歩け』
「無理です!!」
とんでもないことを言われ、ククルは間髪入れずに叫んでいた。
自分の身長以上の距離を離しておけないということは、お風呂に入る時も常に持ち歩かなければならないということだ。そんなこと、普通のメイドであるククルが耐えられるわけもなかった。
『そうは言ってもな……』
「だったら、しばらくメイドとして生活できるようにして下さいよ。ああ、家族が飢える姿を見るのは勘弁だわ」
困り果てる聖剣だが、ククルの悩みははるかに大問題だった。
一家の長女として、家族を養っていかなければならないのだ。そのためには今の仕事をクビになるわけにはいかない。
魔王を倒せば聖剣の主から解放されるとはいっても、その後に待ち構えていることを考えるとそれもできない。非力なメイドであるククルには、もうどうすることもできない状況なのだ。
「メイドとして過ごせればそれでいいのに! 責任取ってよ、バカーッ!」
ククルはついに泣き出してしまった。
困った聖剣はとりあえず暫定的な対処を取ることを提案する。
それは、自身を誰からも感じ取れないようにすることで、今まで通りの生活を送れるようにするというものだった。
とはいえ、魔王に会えば見破られる可能性が高いので、絶対安全ともいえない。だが、暫定的な案としてククルは受け入れることにしたのだった。
魔族であるコボルトと聖剣という奇妙な関係が、今ここに始まったのだ。




