第16話 メイドコボルトと聖剣の押し問答
聖剣が提案した作戦を、ククルは必死に拒んでいた。
一体どんな作戦かというと、魔王城に聖剣が魔法で生み出したククルの偽者を残し、ククルは先日訪れた街に脱出するというものだった。
聖剣の能力であるならば、実に精巧な偽者を生み出せるという。
ところが、純粋な魔族であるククルは、それを必死に拒んだ。どうしてかというと、やはりそれが露見した時が怖いからである。
自分の処遇はもちろんのこと、コボルトの村に残してきた家族が心配だからだ。いや、最悪の場合、村全体が滅ぼされかねない。それを思うと、ククルが安易に聖剣の作戦に乗れるわけがないのである。
なにせ、自分の行動がそのままコボルト族全体の問題につながりかねないのだから。
魔王に忠誠を誓い、さらに仲間想いなククルにとって、到底受け入れられる提案ではなかった。
「聖剣の魔法って、魔王様に出会ったら見破られたり、解除させられちゃったりするんでしょ? 無理無理無理無理、絶対無理!」
ククルは自分の部屋の中で、足をじたばたとさせながら悩んでいた。
『むぅ……。そこまで必死に拒否をされると、さすがに我も悲しくなるな。歴代の持ち主には、そのような者がおらんかっただけに、さすがにショックというものぞ』
「それは、今までは人間の主ばかりだったからでしょ。私は見ての通りのコボルト族なんだから」
聖剣は凹んでいるぞと訴えてみるも、ククルにはまったく通じないというものである。
さすがにここまではっきりと拒否され続けては、聖剣もやむを得ないと考えるようになってきた。
『仕方ない。今は無理強いをするのはやめておこう』
「本当……?」
ため息をつきながら、ひとまず諦める姿勢を見せた聖剣に対して、ククルは疑いの目を向けている。
『本当だ。だが、主は我の主。我には聖剣としての役目がある。ゆえに、いずれは環境を整えて、主には我の提案を受け入れてもらいますぞ』
「うげぇ……」
そのククルに対して、まったく諦める様子を見せない聖剣である。そのために、ククルは少女としてはしてはいけない表情と言葉遣いを出してしまっていた。
いくら全身毛むくじゃならなコボルトとはいっても、乙女らしからぬ態度である。
当面は、魔族としての責務と聖剣としての役割とがぶつかり合い続けることになりそうである。
こんな日が続くのかと思うと、ククルは思いっきり落ち込んでしまう。
「はあ……。こんなことでいつまでも悩んでいたくないわ。早くこんな剣、どっかに投げ捨てちゃいたいわ」
『それは無理ですな。我の主として選ばれた以上、どんなことをしても、一定距離以上離れれば主の背中に戻るようになっていますからな』
「こんなの呪いだよう……」
聖剣の言い分は、まさに呪いといってもいいものだった。
これ以上はもう平行線でどうしようもないと感じたククルは、もうこれ以上の話をする気力を失っていた。
「もうやだ……。私はもう明日に備えて寝るから、話しかけないでちょうだい」
『むぅ……。仕方ありませんな。主の健康が一番ですから、今日のところは引き下がりましょう』
ククルの健康第一ということで、ククルの愚痴に従い、このあとは聖剣はひと言も話しかけることはなかった。そのおかげか、ククルはどうにかしっかりと休むことができたのだった。
ところが、それから数日後のことだった。
ククルは、再びメイド長に呼び出されていた。
「へっ? またあの街におつかいですか?」
「はい、その通りです。魔王様が直々にあなたに頼まれた用事ですので、断ることはできません。すぐに準備をして出かけて下さい」
「ええー……。いくら魔王様のご命令でも急すぎませんか?」
「何か文句でも?」
メイド長から魔王の命令を聞かされたククルは、かなり表情を歪めてしまっていた。
しかし、そのメイド長から鋭い視線を向けられた上でこういわれてしまえば、ククルは全身の毛を逆立てて硬直するしかなかった。とてもではないが逆らえないのである。
「しょ、承知致しました。すぐに支度を致します」
耳としっぽを力なく垂らしたククルは、メイド長から伝えられた魔王からの命令に従い、先日訪れた街へと再び向かうことになったのである。
魔王城を出発したククルは、渡された命令の紙をじっと眺めている。
『主、またおつかいですかな?』
「ええ、仕入れる内容は前回とほぼ同じってところだわ。でも、一体何の目的で仕入れるのかしらね」
聖剣に尋ねられたククルは、質問に答えながら、命令の内容に疑問を感じていたようだった。
『それは理由はひとつですぞ』
「どういうこと?」
『人間たちの視察、これ以外にはありえぬというものだ。我が今まで戦ってきた相手も、人間の中に紛れながら情勢を探ってきましたからな』
「なるほど。つまり、この買い物リストはあくまでもついでっていうわけか」
『そういうことですな』
ククルは聖剣の語った内容にとても納得がいったようだった。
「でも、私は魔族だから、魔王様の命令は絶対。だから、理由を知ったからとはいってもやり遂げるわよ」
『承知しておりますとも。主は主の思うように行動すればよいのです』
「あら、やけにすんなりそんなことをいうのね」
『主の気持ちは変わらないでしょうからな。我なりの譲歩というものです』
「ふーん……」
ククルと聖剣はちょくちょくと会話をしながら、以前も通った道を進んでいく。
そうして、街も近くなってきた頃だった。
この調子なら、もう一日もあれば到着できる、ククルがそう思っていたところに、思わぬものが耳に飛び込んできた。
「キャーッ!」
女性の悲鳴だった。
この声を聞いたククルは、なぜか反応してしまう。
『主?』
「放ってはおけないわ。急ぐわよ」
ククルは声のした方向へと無我夢中で走り出していたのだった。




