2話
月影の「翔真と会ったことがある」という告白で、部屋の空気は一瞬凍りついた。炎が机に身を乗り出し、声を張り上げる。
「どういうことだよ! 俺たち――いや、私たちがどれだけ会いたくても会えなかったのに!」
月影は視線を落とし、言葉を選ぶように答えた。
「……偶然、街で。ほんの一瞬だけ。でも、彼は確かに私に声をかけてくれた」
「ええええ!」ひまわりが叫び、持っていた紙袋を落とす。
「それ、夢じゃないですよね?」
「夢じゃない。彼は“寒いから気をつけて”って……」
「優しい……!」ひまわりは胸に手を当て、うっとりした。
炎は納得しない。
「そんな偶然あるか? いや、あるかもしれないけど……でも、俺たちがどれだけ待っても会えなかったのに!」
「私たち、です」星屑が冷静に訂正する。
「はいはい、私たち!」炎は慌てて言い直し、笑いが起きた。
緊張が少し緩んだところで、アーカイブが分厚いファイルを開いた。
「皆さん、翔真のライブのペンライト、覚えてますか? 色の論争がすごかったですよね」
「覚えてる!」ひまわりが身を乗り出す。
「青が公式カラーって言われてたけど、翔真は赤を見て笑ってたんです!」
「いやいや、緑を振ってた人に手を振ってた!」炎が反論する。
「それは偶然じゃない?」星屑が冷静に突っ込む。
「いや、絶対に彼は私にウインクしてた!」ひまわりが主張する。
「それは私にです!」炎が即座に返す。
机を挟んで勘違い合戦が始まり、笑い声が絶えない。月影も思わず口元を緩めた。
「……彼は、誰にでも同じように優しかったんだと思う」
「そうそう!」ひまわりが頷く。
「でも、それが彼の強さであり、弱さでもあったのかもしれない」星屑がぽつりと呟く。
場が少し静まる。だが炎がすぐに声を張り上げた。
「いや、弱さなんてない! 彼は絶対に生きてる! 俺たちを試してるんだ!」
「私たち、です」星屑がまた訂正する。
「はいはい、私たち!」炎が笑いながら言い直す。
アーカイブがプリントをめくりながら言った。
「皆さん、グッズの保存方法ってどうしてます? 私は全部クリアファイルに入れて、湿度管理もしてます」
「えらい!」ひまわりが拍手する。
「私は額縁に入れて飾ってます!」炎が胸を張る。
「それ、家族に見られてない?」星屑が呆れたように言う。
「見られてる! でも誇りだから!」炎は笑う。
「私は冷蔵庫に貼ってます」ひまわりが小声で告白すると、全員が一斉に突っ込んだ。
「なんで冷蔵庫!?」
「だって毎日見るから幸せなんです!」
笑いが再び広がる。だがアーカイブは真剣な顔でファイルを指差した。
「実は、翔真の最後のライブのセットリスト、少し不自然なんです。いつもならアンコールで“未来へ”を歌うのに、その日は歌わなかった」
「えっ、それって……」星屑が眉をひそめる。
「彼は何かを伝えようとしていたんじゃないかって、私は思うんです」
ひまわりが目を潤ませる。
「“未来へ”って、ファンへの約束みたいな歌だったのに……」
「だからこそ、彼はまだ生きてるんだ!」炎が机を叩く。
「いや、それは飛躍しすぎです」星屑が冷静に返す。
議論は二転三転し、笑いと涙が交錯する。月影は黙って聞いていたが、やがて小さく呟いた。
「……彼は、最後に私に“笑顔を守る”って言ったんです」
全員が息を呑んだ。
「それ、SNSの最後の投稿と同じ言葉……」アーカイブが震える声で言う。
「偶然じゃない。彼は本当に、私たちに何かを残そうとしていた」星屑が静かに続ける。
部屋の空気が変わった。笑いの余韻の中に、翔真の影が濃く立ち上がる。五人は互いに顔を見合わせ、次に語られる秘密を待っていた。




