1話
十二月の風がビル街を抜け、都心の小さなレンタルスペースの窓を震わせていた。白い壁と長机があるだけの簡素な部屋。だが今日だけは特別な意味を持っていた。――一年前に亡くなった男性アイドル、翔真の命日。ファンサイトで知り合った五人の女性が、初めて顔を合わせることになったのだ。
最初に入ってきたのは、黒縁眼鏡をかけた女性だった。ノートとペンを抱え、緊張した面持ちで口を開く。
「はじめまして……ですよね。星屑です」
続いて、明るい声が弾む。
「わぁ、やっと会えた! 私はひまわり。翔真くんの笑顔に救われてきたんです。今日はお菓子いっぱい持ってきました!」
大きな紙袋からクッキーやキャンディを取り出し、机に並べ始める。
「私は炎。翔真は絶対にスターになる人だった! あんな形で終わるなんて、信じられない!」
拳を握りしめる女性に、場の空気が少し熱を帯びる。
「アーカイブです。翔真の公式サイトの更新履歴、全部プリントしてきました。SNSのスクショもあります」
分厚いファイルが机に置かれ、他の面々は思わず目を丸くする。
「……月影」
最後に入ってきた女性は、黒いコートを脱ぎながら短く名乗った。どこか影を帯びた雰囲気に、自然と視線が集まる。
最初はぎこちなかったが、すぐに「推し活あるある」トークで盛り上がり始めた。
「握手会の秒数、数えたことあります?」
「もちろん! 三秒って言われてるけど、翔真は五秒くらい握ってくれたんです!」
「えー、私のときは二秒で剥がされました!」
「それはスタッフのせいじゃない?」
「いや、絶対に彼は私にウインクしてた!」
「それは私にです!」
勘違い合戦が始まり、部屋は笑い声で満ちる。机の上にはお菓子とファイルとノートが並び、まるで文化祭の準備のような賑やかさだった。
しかし、星屑が静かに声を落とすと、笑いが止まった。
「……でも、翔真の死って、本当に事故だったんでしょうか?」
「えっ……事故じゃないってこと?」
「公式発表は“転落事故”でしたよね。でも、彼のSNSには不自然な空白があるんです」
アーカイブがファイルを開き、更新履歴を指差す。
「命日の直前、彼は“笑顔を守る”って書いていた。それが最後の投稿です」
「守るって……誰を?」
「ファンを、じゃない?」
「いや、もしかしてグループの仲間を?」
「それとも……」
炎が机を叩き、声を張り上げた。
「違う! 翔真は絶対に生きてる! あれは偽装だ!」
「えぇー! 陰謀論ですか?」
「だって、彼ほどのスターが、あんな簡単に……」
「いやいや、現実を見てください!」
「現実なんて認めない!」
議論は迷走し、再び笑いが生まれる。ひまわりは慌ててクッキーを配り、場を和ませようとした。
「はい、甘いもの食べて落ち着きましょう!」
「……こんな真剣な話の最中にクッキーって」
「でも美味しい!」
場の空気が少し緩んだところで、月影が口を開いた。
「……私、翔真と会ったことがあるんです」
その一言で、部屋は再び騒然となった。
「ええええええ!」
「どういうこと!?」
「ファンじゃなくて、関係者……?」
「いや、そんなはず……」
五人の視線が交錯し、沈黙が落ちる。翔真の死の真相は、まだ始まりにすぎないことを、誰もが直感していた。




