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この作品には 〔ボーイズラブ要素〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

好きという暴力-壊れてしまった恋の話-【完結】

作者: 時貴みさご

※BL作品です。

日向(ひなた)! 好きです! 俺と付き合ってください!」

 

 晴夏(はるか)は下校中いきなりその言葉を放った。

 

「は?」

 

 俺は素で返した。

 

「だから、好きだから付き合ってください!」

 言葉だけ取れば、とても青春チックで等身大な高校生活の一部だと言えるかしれない。でも、それは全く成立しない。

 それは。

「お前、男だろ」

 その一言だ。

 なんで男同士の幼馴染に告白されないといけないんだ。

「百歩譲って、お前、俺に彼女いんの知ってるだろ」

「でも、現に俺と一緒に帰ってるじゃん。彼女放っておいてさ」

「それは梨花(りか)が部活で時間が合わないからだ」

「待ってない段階で甲斐性なしだって言ってんの」

「俺と梨花の問題であってお前には関係ねえだろ」

「振られてしまえ、この甲斐性なしが」

 晴夏は言い放つ。

「大体、なんで急に……」

「ずっと前から想ってたんです!」

「バカ、声でけえんだよ」

「そして、進展はどこまで!?」

「……」

 進展も何も、なんで幼馴染に報告しないといけないんだ。……まあ、確かにキス以上のことはやってないが。

「え、もうそこまで手ぇ出したの?」

「してないって」

「俺はまだ『何』してるのか言ってないわけですが」

「くっそうるせえな」

 思いっきり揶揄われてしまった。引っかかった自分も悪いんだが……。

「とにかく、俺は好きで梨花と付き合ってるんだ。お前にとやかく言われる筋合いない。今のはノーカンにしてやるから、これ以上踏み込んでくるなよ」

 梨花は俺を選んで、告白してくれた。その気持ちを尊重したい。

 でも、晴夏は笑っていた。俺は、なぜ晴夏が笑っているのかが分からない。奇妙な違和感を感じた。


 俺と梨花が付き合い初めて3ヶ月くらい経った頃だった。どちらかが言うでもなく、梨花は俺の家でテスト勉強をしていた。問題集を見ながら、お互い分からないところを教え合う。温かい空気だった。

 ふと、目が合う。

 そのまま吸い込まれるようにキスをした。

 俺はそっと、梨花の肩に触れて力を入れる。

 その時だった。

「……ごめん、やっぱり無理」

 梨花は俺から目を逸らすと俺の手をゆっくりと払う。

 ちょっと早まりすぎただろうか?

「……私ね、晴夏くんが好きなの」

「……え?」

 何を言っているのか分からない。

「日向、いつも晴夏くんのそばにいるよね。それが羨ましくて……。そこに私が入りたかったの」

「だったらなんで、晴夏に告らなかったんだ」

「晴夏くん、ずっと日向のことしか想ってないから。あの瞳には勝てないよ」

「それにね、日向といても、その向こうに晴夏くんを感じるの」

 梨花は少し悲しそうに笑った。

「……だから、ごめんね。私から言っておいて」

 梨花は広げてあった参考書を閉じる。


 こうやって、俺はあっさり振られてしまった。


「ウェーイ負け組確定!」

 次の日俺が教室に入ると、晴夏は俺に寄ってくる。

「バカ、声でかいんだよ、いちいち」

 というか、昨日の今日でなんで知ってるんだ。どんな情報網をしてるんだろう?

「これで俺が入り込む隙ができたわけだ」

 楽しげに言うが、その確信めいた言葉が刺さる。

 俺はそれが引っかかった。


 それはいつも通り晴夏と二人で帰路についていた時だった。

「なあ、俺んちでテス勉しない?」

 晴夏はなんでもない風に言う。いちいち断る必然もないので、俺は頷いた。

 俺の家と晴夏の家は斜向かいだ。小さい頃から家族ぐるみの付き合いがある。

 晴夏の母親に言添えて、晴夏の部屋に上がり込む。


 その時だった。


 いきなり強い力で突き飛ばされる。

 晴夏はそのまま覆い被ってくる。肩を押さえつけられて上手く動けない。晴夏の力が強すぎて振り払えない。

「ちょ、っと」

「ねえ、自分のこと好きって散々言ってるやつの部屋にのこのこ付いてくる意味分かってる?」

 その表情に俺は凍りついた。見たことのない、心の深いところを射るような瞳。……怖い。俺は本能的にそう思った。いつもの、晴夏と全く違う雰囲気。

「……ずっとそういう目で見てたのか?」

「そうだよ。ずっと、俺のものにならないかなって思ってた。梨花ちゃんの事も知ってたよ。俺に取り付く島もないから諦めて、日向落としに行ったのもね」

 なんで、そこまで知ってるんだ。こいつは俺のこと、どこまで知ってる? 背筋がひやっとする。

「ねえ、分かったでしょ? 俺は『本気』だよ。日向の事全部知ってるし、邪魔なやつは早めに退場してもらわないとね」

 晴夏は歪んだ笑みを浮かべながら、俺を抱きしめる。その体温が熱すぎて、俺はジリジリと焼かれていく。

 この気持ちは何だろう? 恐怖と、そうではない何か。……俺の皮膚の、もっと奥まで燃やされていく。一方的に。

 でも、俺はそこに何故か『安堵』を覚えてしまった。世界にたった一人、俺の事を、俺より知っている人物。黒焦げになった、炭だとしても、何度も何度も、火をつけていく。


「なんでも、するから……」


 俺を強く抱きしめながら言う。


「梨花ちゃんとできなかったこともね」

 耳元で囁かれてぞくっとする。その吐息は熱かった。


 また、強く抱きしめられる。


「『好き』ってね、百回言ったら誰だって落ちるらしいよ」

 本気だか、そうじゃないのか、分からない声で言う。


 もう、いいか、と俺は『幼馴染』を手放す。

 俺より俺を分かってくれる。それがどんなにドロドロした沼のような感情でも。

 沈んで仕舞えば楽になる。


「好きだよ。俺は何度でも言うから。他には何も要らない」

「言ってもいいけど、デカい声で言うなよ」

 晴夏は吐息で笑った。

「じゃあ、日向はカウントしてて」

 皮肉な事を言っているのに、本気で言っているのも分かる。

 そのまま、流れに絆される。

 

 俺は思考を手放した。

 

 幼馴染なのに、崩れていく関係。だからこそ……幼馴染じゃないと分からない。


 本当はこんな絆じゃなかったのに。


 どんどん、沼に飲まれていく。晴夏は俺の一番柔らかい部分を喰む。

 俺も、晴夏の心の底に潜っていく。


 この執着と独占欲は『共依存』だと言えるのかもしれない。

 俺は、晴夏がいないと生きていけないし、晴夏も俺がいないと生きていけない。

 曖昧になっていくお互いの『境界線』……アイデンティティまで揺さぶられることすら快感を覚える。


「好きだよ」

 晴夏は汗にまみれながら囁く。肌越しに。

「……百回目」

 俺はそれを呪文のように唱えた。

「知ってる」

 俺はこの時の晴夏の表情を一生忘れないだろう。

 快楽と、痛みと、独占欲。


 『好き』という言葉は強い。愛じゃない、そのもっと先にあり、ずっと変化し続けるもの。


「好きだよ」


 もう、どちらの声かも分からない。

 それは百回を超えていく。


 呪いのような言葉で、俺と晴夏は二人だけの世界を作っていく。誰にも、入る隙なんてない。


 誰にも、理解できない、理解されない。


 俺たちは、二人きり、沼に沈む。



 

 END 

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