第一章『勿忘草』 六節『申請書にサインを』
六節『申請書にサインを』
僕たちは、あの後アンセントワート先生に冒険課程参加の旨を伝えに行くため教員室まで走っていった。広い校内を五分ほど走ってようやく教員室のドアの前にたどり着いた。途中でアンセントワート先生と会わなかったのは、彼が教職員用の伝達通路を使ったからだろう。あそこには特別なパスキーがないと立ち入ることができない。今までに何人もの勇者たちが挑戦してきたが、強力な魔法と科学技術の前にことごとく失敗してきた。
僕たちがドアを開こうとすると、中からアンセントワート先生とモネ・アドニス先生が口論しながら飛び出してきた。正確に言うとモネ先生が飛び出してきてそれをアンセントワート先生がゆっくりと追いかけてきたような感じだ。
「どうしてそうやって、一方的に伝えることしかできないんですか!」
「生徒にどう伝えるかは、伝える教師本人が決めることだ。もっとも彼らにはほかの教員でも強い口調で言っていただろうがね」
「そういうところです! 全員を平等に扱うことこそが私たちの役割なのではありませんか?!」
僕たちに気づいている様子が全くない。アンセントワート先生は気づいているようだが、モネ先生は
目の前の敵に夢中で周りが見えなくなっている。僕たちのためにいってくれているのだろうがここまでくると少し引いてしまう。廊下のど真ん中だし、こっちまで少し恥ずかしくなってしまう。
「あ! おはよう君たち! なかなか大変だったようだね? でも宿題をやってこなかったのは君たちが悪いよ! これからは気を付けるようにね!!」
「は、はい。以後気を付けるようにします。」
「私じゃなくてアンセントワート先生に謝らなければね」
と言い後ろに立っているいかにも悪人顔をしたアンセントワート先生のほうに向きなおる。仕方ない。ここは謝っておくが吉だろう。まあそもそもは僕たちが悪いし。
「その節は本当にごめんなさい。そしてもう一方の件に関しては、受けさせていただくという形でお願いします」
謝っておくだけはやっぱり癪だったのでついでに裏拳を入れさせてもらった。さあどんな反応をするのだろうか。
「わかった。では学校長にそう伝えておく」
やはりというか、何というか予想のままの返事が返ってきた。この先生にはいつになっても勝てる気がしないな。
「え、ちょっと待ってくれない? それ冒険課程の話よね?? 今受けるって言った???」
「はい。僕と白亜で受けようと思ってます」
そう言って僕は白亜の目を見る。
「もちろん。もうこれ以上モネ先生に迷惑はかけれませんからね。俺たちも成長したんでね」
顔面蒼白と言った感じだ。小さくほのかに白みを帯びた唇から四字熟語が魂のように顔を出している。
「君たちそれが何なのかわかっているよね? 去年の四年生なんて受かった、というか…生き残ったの一人なんだよ? しかも…」
そこで先生は口をつぐむ。わかっている。教え子が目玉一つだけになって帰ってきたらどんな気持ちだろう。想像しなくても背中の毛がぞわっとなる。
「わかってます。」
白亜は何か言いたげな先生の言葉をさえぎって声を張って言った。廊下の奥まで通るような声で決意を示した。
「調子に乗るんじゃないよ。と言ってあげたいところだけれど。 私自身受けてほしいって気持ちが強く出ちゃった。そう私の力も言っているわ。本当に、不便なものね。自分にさえ嘘がつけないなんてね」
モネ先生は人の心が読める。詳しく言うと心の動きが解るそうだ。恐怖の感情が心埋め尽くしていく感覚や、幸せがすべてを満たす感覚、決意が固く結ばれる感覚が解ると言う。
そんな『水色』の所有者がモネ先生だ。アネモネのように鮮やかな色彩をそのまま性格に反映したような様々な一面を持つ先生だ。
「まあ、任せてください。俺一人じゃ特攻して終わりに立っちまうかもしれませんけど、レナグもいますし」
「たしかにね。成績優秀って言われがちの一夜漬けさんがね」
げええ。ばれている。やはりこの先生に隠し事は効かないな。もしかしたら、僕が忘れてしまったことすらもわかっているのかもしれない。
ここで空気を壊す一言。
「申請書にサインをしたまえ」
どこからか現れた二枚一組ほどの紙に目をゆっくり通していく。「冒険課程中のいつ、いかなる場合も自己責任で対応すること。一年三百六十五日間生き伸びること。以上二つが最低条件」という一文に、最初からわかっていながらも慄く。言葉一つ一つが鉄の塊のように重い。しかし最後の一文。米印の部分を見て全部が吹っ飛んだ。
「最低四人以上の小隊を組んで参加すること!?」
緊急事態というやつは僕たちをなめ腐っているようだ。こんなにも頻繁に出てきやがって。こっちの気持ちを考えろ!!
こんにちは、こんばんは。しらすおろしぽんずです。第六節お待たせいたしました。今回はあたらしいキャラクター、モネ先生が登場しました。実はモネ先生は一番最初に思いついたキャラクターの名前で、逆に主人公の名前は今できているどの設定よりも後にできました。そんな話があるモネ先生ですが、去年の冒険課程で多くの教え子を失ったことが明らかになりました。そう言った事実談や申請書の内容にかなり心が揺れ動いているレナグですが、目下の問題はあと二人の小隊員をさがすことですね。果たして誰を仲間として小隊に迎え入れるのかが気になりますね。
それでは、また。