第一章『勿忘草』 二節『登校』
二節『登校』
学生寮から学校までは少し距離が離れている。さらに通学路が時間帯によって浮き出ていたり、沈んだりしている。
というのも学校が浅い湖の上にあるからだ。透き通った青色の水を湛えたその湖は、永遠に続くかのように地平線の遥か彼方へと、その水面を揺らしている。と、まあそんな理由から寝坊にはかなりのリスクが伴う。
「通学路もさ、もっと高い橋とか造りゃいいのにさ。わざわざ水に入ってまで登校させなくてもいいのになぁ。 そう思わねぇかレナグ? お前もこの前『このバカげた通学路に対して何も思わない学校を恨んでやる』とか本気で言ってたじゃん」
この普段おとなしい性格で常識人な僕がそんなことを言った覚えはないが、これには僕もごもっともである。しかし、この学校に物申したいことはそれだけではない。ただその中でも、特に問題なのは学校のサイズだ。
ここは広い。
とにかく広い。
広大という言葉も意味をなさないほどに。
その広さは一大陸分の面積にも及ぶ。というのも、僕たちが通っている学校、『サンスベリア近衛訓練学校』は、超精鋭兵である近衛兵の養成を目的とした学校だ。数多の種族が蔓延るするこの世界で最も重要な機関の一つである。そのため訓練施設、学生寮はもちろんながら、最上級学年用の特別施設が広過ぎるのだ。
本校舎に関しても海上の城のような外観で花崗岩でできた壁は壮麗な雰囲気をまとっていて普通の学校とは比べ物にならないスケールである。
「このバカでかい学校が他大陸に手足を伸ばさないだけでもありがたいと思え」
「うげえ、そんなの考えたくもない。これ以上の課題はもう受け付けてないね。だいたい作戦科や一戦
なんて必要なのか? 己の筋肉と心で脅威を打倒してこその近衛兵なんじゃねえの?」
「この脳筋が。そんなんだから、追試はあるわ、課題は増えるわ、挙句の果てに俺に押し付けるわで。そのせいで俺の課題にまで影響が出てんのわかってんのかお前」
「あれお前の課題そのせいで遅れてんの? 押し付けたやつとっくの前に終わったって言ってなかったっけ?」
「押し付けたって自覚あったのかよ。」
確かに昨日のことについては記憶があいまいだ。しかしだからと言って、このままこいつの愚行に付き合ってはいられない。
そんなことを考えながら水しぶきを立て歩いているといつの間にか校門の前まで来ていた。その鋼鉄でできた荘厳な城門はいつも通り開いている。そこからは地面が水から石畳に変わり幾分か歩きやすい。歩きなれた校内を進み木と石の装飾が施された廊下を歩いていく。
「どけよ、下級生。邪魔だ」
そう言って後ろから肩をぶつけてきたのは大柄であるはずの白亜を軽く超える身長のいかに不良そのものの恰好をした男だった。そして、残念なことにこんな時何も考えずに突っかかっていくのが白亜だ。
「え? そちらですよね、その無駄にでかい肩をぶつけに来たのは」
失礼さを隠していそうで全く隠していないこの姿勢に感服する。
「んん~? 無色が何言ってやがる。俺様はサルファーイエローの所有者だ! てめえらとは一味も二味もちげえんだよおお!」
どうやら三年の生徒らしい。しかも色が発現しているとか。本当だろうか。自然と変な汗をかいてしまっていた。しかし実際問題ここからどうするか。人と関わるのはなるべく避けたい。ここは穏便に――
「おい、お前朝っぱらからうっせえぞ」
いつの間にかその男の横に立ってい白亜の低い声が周囲の一メートルほどもある太い柱を揺らす。
「んだよサルファーイエローって。聞いたことねえぞ」
「ああ? んだてめえ? ぶっ殺されてえのか!? 無色のくせ――」
ガッっと鈍い音がしたと思ったら音斬は石畳の上に泡を吹いて倒れていた。『色』が発現しているとはいえ白亜に殴られたのだ。想像もしたくないがかなりの重症だろう。
「誰が無色だ。『白』の所有者なめんじゃねえよ。こちとら生まれつき『色』がついてんだよ」
ここぞとばかりに練習していたであろうセリフを並べる。
まあ無理もない。本来なら十七歳から十八歳にかけて発現する『色』が生まれつき発現していたのだから自慢したくもなるだろう。僕は…まだ発現していない。ので少しうらやましくも思うがこればかりはどうしようもない。『色』は個々が誰しも持っているがその発現については、努力などの後天的なものに全く依存しないその人自身が生まれ持つ才能なのだから。
「また喧嘩したな、おまえ。今回ばっかりはモネ先生も庇いきれないんじゃないの?」
「いいや、今回もおれは悪くないね。相手が勝手に吹っ掛けてきたんだ」
あいつのために言ってやっているのに反論されては腹が立つ。日ものっぼてきて時間も無くなってきたので、ここは痛いところを突くとしよう。
「そんな言い訳したってな、お前偉そうに『んだよサルファーイエローって。聞いたことねえぞ』とか言ってたよな。お前の『白』だって色って呼べるのか怪しいぞ?」
「なっ!? ふざけんじゃねえ。そ、それにお前はまだ『色』だって発言してねえくせに。しかもな、白って言ったって結構種類もあんだぞ」
「さっきの誰かと同じような口調になってますけどぉ」
普段やられてばかりなので言えるときに言っておかなければと思いいっきに畳みかける。
「だいたいな、学力も実技も『色』の力だけに頼ってる脳筋のお前に比べたら断然上なんだよ」
「ぐっっ! 負けました」
「よろしい」
こんな喧嘩をして一件落着と言えたらよかっただろうがそうはいかなかった。
「君たち、近頃の三年生の間では床に伏して泡を吹くのが流行っているのかね?」
この独特の粘り気のある声。アンセントワート先生のご登場だ。
こんにちは、こんばんは。しらすおろしぽんずです。第一節だけでなく第二節まで読んでいただき感動です。今回はいかがでしたでしょうか。第二節目からはレナグたちの世界にもっと入り込めるような内容がどんどん増えてきて書いている側としてもとてもワクワクしてきました。その気持ちが皆様にも伝わっているとうれしいです。第三節もかけてきているのでまた近いうちにお会いできるのを楽しみにしております。では。また。