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雪の下に咲く  作者:
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告白


昼休憩、教室の窓から、校庭を見下ろす。誰もいないし、特に何かを見ているわけでもない。ただ、石川くんのことが頭から離れないから、気を紛らわせたかった。

一昨日、中庭に行くと、やはり石川くんがいた。前の日のことを、謝りたかった。一晩考え、僕が無神経な振る舞いをしてしまったのだと気ついたからだ。だけど石川くんは――一人なんかじゃなくって、クラスメートか友達と思しき男子生徒と一緒だった。笑っていたのだ。僕と一緒のときには見せない、少なくとも僕は見たことのない、屈託のない笑顔だった。なぜだか、心に粗くざらついたヤスリでもかけられたように、削られていくみたいな錯覚に陥った。そのあと、僕は何も言わずに、いいや、何も言えずにその場を去った。石川くんは僕には気づきもしなかっただろう。

女々しいことに、僕が好きだったんじゃあないのか、あの言葉は嘘だったのか? もしかしたら、あれは芝居で、僕だけがばかみたいに悩んでいるのではないかと、そう思ってしまった。

石川くんの告白以降、僕らは会話をしていない。不思議と、顔を合わせることすら減った。学校内で見かけることはあっても、話はしない。僕の心の拠り所だった石川くんは、いまや僕の悩みの種でもある。僕はもうすぐ卒業するし、学校で石川くんに会えるのは限られていく。焦りもあった。このまま石川くんと話すことができないまま、離れることが怖い。

胸が、苦しい。どうして石川くんのことばかり考えてしまうのか。何となく、理解はしていても、認めるのが怖い。自分の感情に嘘ばかり吐いてきたような僕だけれど、辛いものは辛い。


昼食をとったあとも、中庭に向かう気分にはなれない。一昨日みたく、石川くんと彼の友達らしき人が一緒にいたら、きっとまた苦しくなる。

ああ、石川くんもこんな感情だったのだろうか……?

 気がついたときには、校庭を見下ろしていたはずの僕は椅子から立ち上がっていた。走って向かうはいつもの中庭だ。もし彼がいても、石川くんが一人だとは限らない。だけど、なぜか衝動的に、彼に会いたかった。

……石川くんはそこにいた。一人で、いつもの場所に、花壇の広いところに弁当も広げずに座っていた。無性にほっとして、だけどそれと同じだけ緊張していく。


「石川くん」

僕の声は震えてしまう。その声に気づいて、こちらを振り返った彼は、いつも以上に物悲しげな雰囲気で、じくじくと心が痛んだ。石川くんと目が合ったのは一瞬だけだった。合わせようとしないのだ。気まずいのかもしれない。だがそれは僕も同じだったから、無理に目を合わせることはせず、彼の横に腰掛ける。内心、逃げられたらどうしようと思っていたので、彼の方から喋ってくれたのはありがたかった。


「もうじき、卒業式ですね」

静かな声が呟くように言う。


「……そうだね」

「卒業したら、会えなくなりますね」

ちくんと胸は痛んだが、石川くんは「会わなく」ではなく、「会えなく」という言葉選びをした。まだ僕のことを好きでいてくれているのだと思えて、心の中が火照ったように熱くなる。


「そんなことないよ、会おうと思えばいつだって――」

僕がそう返せば、石川くんは溜め息混じりに「思わないでしょう、先輩は」と小さく笑う。

「……なんで……」

なぜ、そんな言い方をされなくてはいけないのか、わからない。僕は一昨日も石川くんに会いに行った。だが石川くんの方が別の人と一緒だったために声をかけることができなかっただけ。さっきみたいなことを言う石川くんの気持ちが僕にはわからないように、きっと石川くんも僕の気持ちなんかわからないのだ。わかってもらえないのは、こんなに辛いものなのだと、改めて実感する。


「よく平気でそんなことが言えるね、きみは」

僕は座っていた花壇から立ち上がり、石川くんを睨みつけた。ああ、どうしてだろう。ちゃんと睨んでいるのに、石川くんの顔が滲んで歪んで、はっきり見えない。悔しくて、柄にもなく拳を強く握り締める。


「あの日から、僕はおかしくなってしまったのに」

ぼろぼろと、僕の目元から涙が溢れ出してしまう。情けない、泣いてしまった。だけどそのおかげで、石川くんの表情を見ることができた。目を見開いて、その代わりに唇は引き結んでいる。僕は土砂のように流れる言葉を我慢できなかった。


「僕の頭の中は、石川くんでいっぱいになってしまったのに」

また、涙が目に溜まっていく。僕はおかしくなってしまったのだ。石川くんのことしか、考えられなくなってしまった。この感情の意味には薄々気がついていた。だけど、認めるのが本当に怖かった。しかしこうなってしまうと、認めざるをえない。

溜まった涙を制服の袖でゴシゴシと拭うと、一瞬、切ない顔をした石川くんが視界に映る。だけど、彼はすぐに自嘲気味に笑う。


「じゃあ、おれと寝られますか。添い寝じゃないですよ」

そういうことに疎い僕でも、さすがに意味がわかって、顔が、耳が、カアッと熱くなっていく。


「で、でも」

それっきり、言葉が見つからなくて、僕がただ間抜けに口をぱくぱくさせていれば、彼は「ほら、やっぱり」と俯く。僕も泣いているはずなのに、また石川くんを泣かせてしまうんじゃあなかろうかと、心配になる。だから――。

 俯いた石川くんの頬を両手で包み、僕はそのまま口づけた。「誰かが見ていたら」とか、そんなことより、いまは彼を泣かせたくない一心で、キスをしたのだ。僕も石川くんも、唇が緊張で力が入って硬い。それに、少し濡れている。


「……これくらいなら、僕にだってできるよ」

 顔を離し、僕が小さく言えば、真っ赤になった石川くんは、なぜか泣き出してしまった。彼があまりにも泣くので、焦って、どうしたものかとあれこれ考えて、親が子にするときのように、石川くんを抱き締めてあやすことにした。おかげで、僕の方の涙はすっかり止まっている。顔はいまだに熱いままだけれど。

石川くんはヒックヒックと泣き続ける。もしかしたら、キスなんかしたらいけなかったんじゃあ……と心配になって、彼の表情を窺おうと身体を離す。すると、石川くんは無言で僕の首に腕を巻きつける。ああ、離れない方がいいのか。そう思うと、彼が無性に愛おしく感じて、僕は石川くんのさらさらした髪を指で梳かした。


「ねえ、石川くん。僕にはできないことも多いんだ。それでも、石川くんが認めてくれるなら、きみと一緒にいたい。つまりね、好きなんだ、石川くんのことが」

 眉を寄せて囁いた僕の腕の中で、石川くんが何度も頷く。

 僕は石川くんのことを知っているようで知らない。でもそれは、これから知っていけばいい。きっと、そうなのだ。

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