彼との出会い
石川くんと出会った日のことは、よく憶えている。ピンとして、サイズもこれからのことを考えて大きめに作ったのだろうと予想できる学ラン姿。入学して間もない彼が、中庭で、一人で弁当を広げているところに、僕が出くわしたのだ。当時、僕は教室が好きではなくて、弁当を食べたあとはよく中庭を歩いていた。そこに、彼がいた。彼は目が合うと、すぐに逸らして、握り飯を小さく齧った。見られたくなかったのかもしれない。でも、僕も僕で教室にいたくないのもあって、ほとんど毎日、中庭に出向いては彼と出くわした。話してみたいとは思っていた。もしかしたら、彼も僕と同じように、教室が好きではないのかもと、そんな風に思うようになっていたからだ。
ある日、彼は弁当を食べていなかった。不思議で、つい声をかけてしまった。
「今日は食べないんですか」
彼はその言葉に気づくと、少し笑って、ぽつりぽつりと話してくれた。
「たまに、ここらで会いますよね。……母が急病で、弁当の用意ができなくて」
そのとき、ちくちくと心が痛んだことも憶えている。彼の腹が、大きな音でぐるぐると鳴ったのだ。彼は腹を抑えて、顔と耳を真っ赤にしていた。そこで、購買で何かを買うという選択肢がないのだと気がついた。そんな後輩を放ってなんかおけなくて、僕は購買までパンを買いに走った。
「これでよければ、食べて」
僕がパンを差し出すと、彼は目を真ん丸にさせていた。だけどそのうち、「いいです、大丈夫です」と首を横に振るのだった。きっと、僕が隣にいると食おうにも食えないのだろうなと感じて、僕は半ば強引に彼の手にパンを押しつけてから教室に戻ることにした。
石川くんは義理堅い男だった。翌日、僕がいつも通り中庭に向かうと、僕を待っていたかのように彼が立っていたのだ。こちらを見つめる目がまっすぐで、そのときになって彼がきれいな顔立ちをしていることを知った。
「パン、ごちそうさまでした。美味かったです。おれ、一年の石川春生っていいます」
彼は、きれいに折ったパンの袋を制服のポケットから取り出し、見せてくれた。少し照れたような表情が、可愛いと思った。
「あの、パン代、返します」
僕は彼が、制服の胸ポケットから何かを取り出そうとするのを、慌てて止めた。お金だとわかったからだ。しかし、はなから代金なんて請求するつもりはなかったし、僕が勝手に押しつけたようなものなので、本当にいらなかった。彼は戸惑っていたし、僕も戸惑った。そこで思いついたのが、パン代の代わりに、話し相手になってもらうことだった。彼はそのきれいな形の目を瞬かせて、それから頷いてくれた。
その日を境に、僕は彼……石川くんと会話をするようになった。僕が自分の家の話をすると、彼も少しずつ教えてくれるようになって、僕らは似た環境に置かれているのだと知る。そのうち、一緒に下校するようにもなった。そうなると、友人の少ない僕にとって石川くんは、話をわかってくれる唯一の人になっていった――。