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この作品には 〔ガールズラブ要素〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

Too sweet to solo

作者: 黒和散

魔法使いと冬の行事がテーマの企画!

気付いたらGLになってた・・・。


 凍り付いた海を乗り越えて、息が詰まるほどの雪が吹き荒れる朝。

 ガタガタとうるさく喚いていた窓枠も、とうに埋もれて沈黙してしまった。

 静寂が訪れたのは喜ばしいが、しかし外の明かりが差し込まないというのは不便でもある。

 呆れ混じれのため息で、魔法を一つかけてやる。

 

光を灯せ(ル・ヴィデ・ライタ)


 言葉は朝凍みに白み、ほどなくしてぼんやりとあたりを照らす。

 なんてことはない、初歩の日用魔術だ。

 簡単な照明程度にしかならないが、それでもないよりはマシなのである。


「エリーゼ様なら、太陽だって喚び出せるのに」


 そう、師と仰ぐ人物に思いを馳せる。

 偉大なる大魔導士、エリーゼ。

 彼女が使役する精霊の中には、星に宿る運命すら左右してしまうほどの力を持った者もいる。

 本来であれば軽々しくその名を呼ぶことすら憚れる人物なのだが、日常に麻痺してしまった常識を取り戻す魔法はまだ見つかっていない。

 

 そんなエリーゼは、しばらく留守にすると言って出て行ったきり帰っていない。

 かれこれ1週間は経とうかとしているのだが、一向に音沙汰はないのである。

 

「今日もお勉強、ですわね」


 家に一人となればすることもない。

 生憎と外に出て雪原を駆け回るような体力を持ち合わせていないレヴィは、そろそろ日課にもなりつつある魔術の学習に取り掛かることにした。

 

 一昨日自分で焼き上げたクッキーをかじりながら、教本をぺらぺらとめくる。

 この本を買う前から知っていたことだが、座学は本当につまらない。

 

 魔術は経験的に発見されてきた。

 そう、魔術理論などというものは後付けなのである。

 体系化もなされていない、ただの事実の羅列。

 それをありがたがるのは老人くらいのものだが、しかし制度を築き上げるのもその老人たちである。


 初等魔導士の試験までは実技が伴えば省略できるのだが、流石に官位相当となる中級魔導士以降はそうもいかない。

 魔術の構成要素、魔法陣の特性、魔法学の発展の歴史、魔道具の製法、エトセトラ、エトセトラ。

 一体そんなものが何の役に立つのか、歴史上の魔導士達は魔素の存在すら知ることなく土に埋まっていったのだ。


「土に埋まっていった、かぁ」


 そこまで考えて、ふと思う。

 土に埋まった魔導士はその後どうなったのだろうか。

 いや、普通ならば死体が一人でに動き出そうはずもないのだから土に埋まったままであろう。

 

 しかしである。

 高名な魔導士の墓を暴き、その功にあやかろうといった輩は現れなかったのだろうか。

 その知見や経験に限らず魔術師の骨や肉といったものですら、何らかの魔術の触媒として活用できたのではないか。

 

 魔導士達の冒険や活躍を謡った童話は星の数ほどあるのに、どうして彼らの死後については誰も語ろうとしないのだろう。

 その事実に至ったものは何故、それを誰にも伝えようとしなかったのだろう。

 得体の知れない薄ら寒さが背筋を伝う。

 

「私には関係ないわね、大丈夫」

 

 原始的な恐怖を無理矢理に振り払い、無心に教科書をめくる。

 それだけでは足りず、這い回る思考を追い出すように闇雲に文を読み上げていく。

 

 ラヴェル系の魔術は高度に簡略化された魔法陣のみを要求するという点で優れ、その他同系統の魔術と比べ――。

 

「随分と大きな独り言だな」


 不意に真横から声がかかる。

 吐息すら感じられるほどの至近距離からもたらされたそれに、カッと頬が染まるのを感じる。

 

「エリーゼ様、帰ってたなら一言かけてください」

「だから今そうしただろう」

「そういう意味じゃないです」

 

 突然現れてびっくりしたでしょう、という苦情だったのだがエリーゼにそれは伝わらなかった。

 時空すら操る大魔導士にとって、物理的な距離などあってないようなものなのだ。

 

「それで今回はどちらに?」

「カカオの実を採取しにライオルまでね。もうすぐヴァレンタインだろう?」

「最近特に寒いですから、ココアに使ってもいいですしね」

「ああ、私もそう思っていたところだ」


 相変わらずだなこの人は、と苦笑する。

 行者に頼んだって構わないのに、他人と関わるくらいならば自分で足を運び手を動かしてしまうのだ。

 それが彼女の美徳ではあるのだが、決して慎ましさとは表現できないものだった。

 

 変わらないのは内面だけではない。

 豊満な肉体から伸びるしなやかな肢体。覗く雪のような肌。

 確かな自信と妖艶さの両方を湛えた瞳。

 

 何故、エリーゼは3000年以上変わらぬ姿のままなのだろうか。

 残っている膨大な量の資料のいずれにも、今の彼女と相違ない美貌が記録されている。

 彼女は、エリーゼは一体……。


「気になるのかい、レヴィ」

「えぇ、勿論です」


 エリーゼが他人の思考を覗き見するのはいつものことだ。改めて驚くようなことでもない。

 聞くまでもない、と毅然とした態度を返してしまうのも無理ないことだ。

 彼女には、分かりきったことを敢えて質問することで他人をからかう悪い癖がある。

 いや、からかっているのではなく彼女なりの会話術なのかもしれないが。


「だが答えてはやれん。一応盟約に基づいて秘匿するべしとなっている内容なんだ」

「エリーゼ様も約束守れたりしたんですね」

「はっはっは、流石に命が懸かってるものでな」

「エリーゼ様の魂を縛れるなんてどれだけ強力な契約なんですか」

「いや、私のではない。だから如何ともしがたいのだよ」


 へぇ、と意外に思ってすぐに、言いようのない感情が込み上げてきた。

 悔しさと失望と、肌を焼く焦燥を綯い交ぜにしたような、そんな感情。


「背中に人間を抱えるの、億劫じゃないですか?」


 先ほどとは打って変わって控えめな態度で問う。

 

「いいや全く。寧ろ愛おしいくらいだね」

「そうですか」


 嘘だ、と思った。

 自分はエリーゼのお荷物なのだ。

 師弟という関係に甘えて彼女から離れられない自分という存在は、確かにエリーゼの足枷となっているのだろう。

 

「私は必要のない嘘はつかない人間だよ、レヴィ」

「そういえば前にもそんなこと言ってましたね、エリーゼ様。ではこのあいだエリーゼ様が」

「おっといけない、用事を思い出した」


 突如として吹き荒れた嵐の存在に気付いたのだろう、杖を握る手に込める力を強めたエリーゼだったが――

 ローブの裾に添えられたレヴィの手に気付き、観念したように杖先を下ろす。


「それは必要な嘘なんですか?」

「身を守るためには必要だった。だが遅かったな」

「ふふふ、流石は私のエリーゼ様です」

「そうだろう、そうだろう。私は偉大なる大魔導士なのだ」


 なるほど、それなら私に出来ることはーー


「暖かいココアを淹れてきますね。それにクッキーも焼いたんですよ、食べてください」

「ああ、頂こう」


 ただこうして貴方の傍らに居ることなのだろう。

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