スタートラインは輝かしく
俺の旅は、ここで終わり。
……という訳では無く。オヴディさんの説教と、一発の拳骨で事なきを得た(?)。因みに、拳骨をもらってからそれなりに時間が経ったものの、未だ痛みもたんこぶも引く気配がない。オヴディさんの実力を、こんな機会で実感したくなかったものだ。
今、俺は王都の市場にいる。チオンさん達は、討伐報告をしにギルドに向かっていった。俺もすぐにギルドに行こうかと思ったが、「せっかく初めて王都に来たんだから、王都を見て回りたい!」という好奇心の誘惑に負けてしまい、こうして王都を見て回っているという訳だ。別れ際に「次はねぇからな?」というオヴディさんの一言は、決して忘れないようにしないと。あの感じ、次は本気で殴られかねない。流石に、自分の身体は可愛いからな。まだボロボロに傷付ける訳にはいかない。
そんな事はさて置いて。
王都は、夥しい程に活気で満ちていた。澄み渡る蒼色の空に、煌々と照り輝く熱星。その鮮やかな蒼と光が、あちらこちらの家々を美しく照らしている。豪華な装飾を施した建物が多い事もあって、一層都市の賑やかさや生き生きとした雰囲気を醸しているように思う。
今いる市場には、あちこちに広がる露店。どの店も、活気がある。市場を往来する人も、何を買おうか悩む客も、誰かに商品を売り込んでいる店主も。あるべき市場の姿が、そこにはあった。
新鮮だ。そう思わざるを得なかった。遠巻きに見える食材も水々しそうに見えるし、首飾りや指輪といった装飾品も、アロンとかで見るソレよりもずっと煌びやか。
ギルドに行く用事がなければ、ここだけで何日潰せるだろうか。
「とと、そろそろギルドに向かわないといけないな」
街の景観や活気に目を奪われて、幾分かの時を経てようやく正気に戻る。ここに来た本命は、ギルドなのだ。急がないと。
◇
「ここが……ギルドか」
大きい。まず、そう思った。
ギルドとは、簡単に言えば冒険者の仕事の提供場。冒険者のレベルに応じて、仕事を提供する為の場所。その為、ギルド自体は割と色んな場所にあったりする。その方が、都合がいい場面が多いとの事。
蛇足ではあるが、アロンにもギルドがあるにはある。しかし、冒険者の新規登録を行っていない程には小規模。ギルドは、各ギルドの規模によって業務が変わっていたりする。
セウンディルのギルドであればクエスト受注や低位な素材から高位素材までの買取、新規登録、昇級試験などのおよそ全ての業務を担っている。アロンの方は小規模なので、クエスト受注と別ギルドからの依頼確認、ある程度の素材買取だけを業務としている。
補足として、ギルドには王護部と民護部という区別がある。この2つの違いは、大きなものが1つ。それは、(原則)依頼主が国か民か。
王護部は主に、国に関わる重要性の高い依頼を取り扱っている。分かりやすい例を挙げるなら、自国の王族護衛だろうか。他にも色々あるのだが、それは追々。
民護部の方はというと、言ってしまえば王護部が担当しない依頼諸々を担うギルド。迷子探しや素材収集、魔物討伐等々……挙げればキリがない。
「入るか」
建物の前で立ち尽くしているのも、迷惑だろう。考えていても仕方ない、そう思った俺はギルドの中に入っていく。
いつぞやかに入った事のあるアロンのギルドとは違い、入口のドアすら大きく、しっかりとした構造になっている。
中に入ると、これまた驚きだ。
市場で感じた活気などは最早比べる気になれず、ソレを幾分も上回る程に活気づいている。人間や獣人、精霊もいる。それに、獣人や精霊と一括りに言っても、様々な見た目の人がいた。どことなく、”自分がメイニィにいるんじゃないか”と錯覚してしまう。
そんな関心を押し殺しきれずに、俺は受付に向かった。想像していたより広く、入り口から受付に行くまでそれなりに距離がある。周りの人は、俺に気を留める事もなかった。これだけの人がいるなら、人1人新しいのがいても、といった事なのだろうか。
「お疲れ様です!今日はどんな用で来たんですか?」
受付に着き、話し掛けられる。ここでまた長い間1人の世界を繰り広げても仕方ないので、手短に要件を言う。
「冒険者になる手続きをしに来ました」
「新規登録の方ですね!少々お待ち下さい!」
そう言って、受付の奥に消えていく。
……それはそれとして、少しだけ居心地が悪い気がする。周りの、特にゴツい男の冒険者達からの視線が痛い。恐らく、今応対した人は受付嬢の中でも人気なのだろう。ここに限らず、大抵のギルドにはそんな話題が事欠かない。アロンのギルドにだって、そんな人はいた。
それ自体は別にいい。誰が誰を気に入ろうが、誰に想いを寄せようが、個人の自由。が、それを圧だの殺気だのに乗せてくるのは、止めて欲しい。もとより、あの人を狙ってるだとかは無いのだし。
…いや、俺がひよっこだからこそか?「あんな冒険者になりたて、ましてや今からなろうって奴が!」とかそういうのか?だとしたらもっと止めてくれ。
「お待たせしました!まずは冒険者とギルドの仕組みについて、お話しますね!」
いつの間にか戻っていた受付嬢に、そう言われる。時間は、それ程経っていないように感じるけど。
そんな思考を置き去りに、冒険者についての説明がされる。母さんや父さんに教わった事がほとんどだったために、真新しい説明らしいものはなかったように感じる。
要は、こうだ。冒険者とは、自身の実力に合った誰かの依頼をこなす、便利屋のような職。その実力というのは、階級で表される。下から軽鉱、純銅、純銀、純金、金剛、輝晶、極輝晶。昇級するための試験は、金剛までとされており、輝晶以上はギルドや国家、王族、階級審査官の推薦によって昇級可とされている。
ギルドについても、おおよそは学んだ通り。このギルドは民護部であり、王護部はまた別の場所に位置している事やギルドの業務とされるもの全てを担っている事など。強いて真新しいと思うのは、国からの緊急依頼が出される事があり、その報酬は国から支払われる事だろうか。
父さんの時代は王護部と民護部の業務区別がハッキリ為されていた事もあり、少し驚いた。
また、魔物についての研究などもこの王立ギルド(セウンディルのギルドの呼称)で行っているらしく、魔物に関する図表や資料のレプリカを借りる事が出来るらしい。それと、新種の魔物の登録等についても取り扱っていて、新種登録をした人には別個で報酬が支払われるそうだ。
「こんな感じです!何か質問はありますか?」
「いや、大丈夫です」
分かりましたと一言言われたと思えば、机に出された数枚の紙。見た感じ、登録の為の用紙だろうか。
「では、こちらに必要事項を記入して下さい!」
ざっと見ても、中々の項目量。有事の本人確認にでも使うのか?アロンでは新規登録をやっていなかった手前、偶然にでもこの紙をこれまで見た事などなかった。その為、比較他のギルドとの比較なんて出来たものじゃない。そう考えつつ、紙にどんどんと書き込んでいく。
「…?ここも記入するんです?」
「はい?…あぁ、種族の欄ですか!そうですね、お願いします!…用紙の保管に役立つんですよ、コレ」
成る程、そういう事か。恐らく、書類やこうした用紙を種族別に別けて保管しているんだろう。何せ、ここは王都のギルド。冒険者の登録数だって、何処と比べても桁違いだろう。そう考えれば、この項目で別けるのは合理的に思う。
そんな思考をしていると、いつの間にか記入が終わっていた。「ありがとうございます!」という声と同時に、また奥にはけていく。
……忙しい人だなぁ。
「はい!クウェロテさんの登録が完了しました!こちらをどうぞ!」
そうして渡されたのは、階級を示すプレート。首にもぶら下げられるように、紐が付いている。プレートの色と同時に、この紐の色も階級によって変わるらしい。偽造対策とかか?しっかりしているな。
それにしても。
「…冒険者、なったんだ」
俺は、もう冒険者なんだ。父さんやチオンさんと同じ、冒険者。例え実力や経験が少ないとはいえ、憧れていた冒険者に、俺はなったんだ。
興奮が、湧き上がる。それに反比例するように、実感がてんで薄れていく。視界に映る何気ない景色が数段明るく見えるのは、何なのか。
早く誰かの為にクエストをこなしたい。色んな人と闘って、経験と実力を積みたい。知らない事を知りたい。見た事の無い景色を見たい。いつか追い越したいと思っていた父さんの背中を、超えたい。
見えない、そして届くかも分からないゴールに、いつになく心が弾んでいた。