誰かの為に
「はぁ〜、今日のご飯も美味かった!」
さっきまで食していたご飯の感想を、誰に言うでもなく放つ。返事や反応は、無い。
それはさて置くとして、だ。
中断していた勉強の復習をしなければいけない。
母さんが全魔の天才と呼ばれてるって事を思い出した訳だし、この世界での魔術についてを復習しておくのもいいかもしれない。魔術は戦闘や実力に直結するから、理解を深めるに越した事はないだろう。
この世界には、どうやらマナが存在しているようなのだ。それは自身の内部にも秘められていて、そして自然に存在してもいると考えられている。それを行使して魔術を行使するのが、一般的に言う魔術とされる。
魔術を行使する手段としては主に2種類に分けられている。それが、詠唱と写紋。
詠唱とは、脳内で魔術を構成して魔術を行使するというもの。俺は魔術を習い始めた頃、物語などでたまに見られるような口での詠唱が必要なのかと思ったりもしたが、どうやらその必要はないらしい。が、戦闘をしながら構成を間違える事無く完成させる必要があるので、学園等での訓練や実践が必須だ。
一方で写紋はというと、実際に魔術構成を魔術陣という形で書き起こす事で魔術を行使する。この方法は、主に大規模魔術や魔術構成が難解で戦闘中などには行使が難しい魔術の行使時に用いられたりする。都市の結界を張るだとか魔物の大群に対して行使する殲滅魔術が、分かりやすい例かもしれない。ただ、脳内で魔術紋の構成をして魔術行使する事も可能らしい。だいぶマイナーな方法ではあるらしいけど。
魔物については……今はいいか。魔術の方が覚える事が多いから、魔物については今度復習する事にしよう。
気を取り直して、魔術の方に頭を切り替える。一応、詠唱の派生として無詠唱が存在する。これは、詠唱の工程を端折る手段。仕組みとしては、行使する魔術に対する詳しい知識と、その魔術のイメージを具体的に浮かべる事によって詠唱より早く魔術を行使出来るというものだ。これを会得するには、魔術についての非常に深い理解と柔軟かつ効率的な思考能力が求められる。
また、詠唱と写紋を組み合わせてみたらどうか?という誰かの考えから、詠紋という分類もある。が、これは戦闘というよりも生活環境の改善や研究の方面で繰り広げられている分野でもある為、この分野を踏んでいる人は、戦闘時は全員詠唱か写紋の片方しか用いない。
で、母さんの称号でもある全魔の天才に関する箇所は…っと、あった。
魔術の分野では、ある一定のラインに達した者を天才と呼称する事がある。その種類は3つに分類されていて、無詠の天才と創紋の天才、そして、全魔の天才である。名称が長い事もあって、順にタイプ・アラン、タイプ・ディミオ、タイプ・マギと呼ばれる事も。他の呼び方も個々人であったりするけど、これは省略。キリがない。
…面倒だし、略して復習するか。イディオフィアは省略していいでしょ。
一定のラインに達すると一言で言っても、そのラインは高水準だ。アランは無詠唱を3つ以上完全に会得した者がそう呼ばれ、ディミオは魔術紋を新たに3つ以上創造した者が呼ばれ、オゥラは詠唱と写紋、詠紋の資格を持っている者が呼ばれる。資格はまた細かい分類があるけど、そこまで重要度は低いかもしれない。魔術の教師資格や研究所に所属したい人がしる必要がある事だし、省略しようっと。
と、魔術についての大体の基礎はこんな感じだったっけ。
こういう知識は、手に入れた本や母さんが持ってる資料とかをベースに母さんに頼んで教えてもらっている。母さんから課題を課されている訳でもなく、復習を強いられている訳でもない。寧ろ、自主的にしている。俺は昔から、どうも好奇心が旺盛らしい。自分で気付く事はなかったけど、父さんと母さん両方に言われた時があった。そこから、自分は好奇心が強いと自覚するように。
思い返してみると、確かにそうなのかもしれない。母さんから教わったり、本や資料を見て想像する瞬間は、それはもうドキドキする。人間や精霊以外にも、獣人や星人という人種までいると言うのだ。紙だけでは知り得ない情報や体験が、母さんや父さんの話からも聞いて取れる。
冒険に出たい。父さんの事を抜きにしても、そう思い始めるのにそこまでの時間は掛からなかったように感じる。
自分の力で依頼をこなし、人との繋がりを増やし、色んな知識を得ていく。果てには、自分だけの思い出や経験。想像するだけで、身体が動き出してしまいそうで。
「……よし」
決めた。俺は、冒険に出る。冒険に出て、色んな事を知りに行こう。経験しに行こう。そうと決まれば、まずは。
◇
「父さん、母さん。俺、冒険に出たいんだ」
夕食からそれなりに時間が経って、日も落ちた頃。俺は2人を呼んでそう話を切り出した。俺の真剣な顔から何か汲み取ったのか、2人の表情もいつものような優しげあるものではない。それに加え、どこか張り詰めたような空気を感じる。
俺がそれから何かを発する事もなく、かといって2人から話を切り出される訳でもなく。数刻、また数刻と流れる時間。その一瞬一瞬が、どうにも永く感じて仕方ない。緊張から滴る汗の感覚が、事細かに理解出来る。
そんな沈黙を破ったのは、やはり父さんだった。
「薄々、そんな気はしていたさ。お前の実力も分かってるし、今更止めようとも思ってない」
驚いた正直、「流石にまだ早いだろ」とか言われるものだとばかり。
「だけどな、1つ。聞きたい事がある」
俺の思考を遮るように、父が続ける。
「お前は、どうして冒険者になりたいんだ?」
俺が知る限り、最も難しい問いだ。父さんや母さんと違って、長く生きたと言える訳でもない小童な俺。まだ経験という経験もさほどしてなければ、確固たる意思すらもままなってない。
何故なりたいか。父の背中に憧れて。即答出来る。
しかし、それはあくまで他人任せな答え。きっと、「俺を抜きにした時、どうなんだ」と返されるのがオチだと思う。熱弁すればいいのかもしれない。けれど、冒険者になると言った俺は、果たしてそれでいいのか?
だから、告げた。俺の、ちっぽけな意思を。
「広い世界を、この目で見たい。この足で踏みたい。この耳で聴きたい。それで、俺は誰かの為に寄り添える人間になりたい。」
剣を振るう度に、戦う事を知った。知恵を得る度に、興奮を知った。父を追う度に、人の為に生きる姿に感銘を受けた。母に教えを乞う度に、人に教え説く事の意味を知った。
剣も知恵も、時には武器にでも凶器にでもなる。それを、2人に教わった。それに、自分の向上と破滅にも繋がる事も。
それを、自分だけで消化するのは嫌だ。誰かと高め合って強くなりたい。そして、誰かの為に自分の知っている事を教えたい。それが果たして、この世界でどうなっていくのか。俺は、それが見てみたい。
「…成長したな、ティセロ。俺を理由に冒険に出ると思っていたぞ」
「それもある。でも、それじゃあ覚悟が伝わらないと思ったから」
「自慢の息子ね、あなた」
「だな!これじゃあ文句の付けようが無いな!」
我が家に、笑いが溢れる。いつもの、温かい空気が広がっていく。
…うん、この方がずっといい。