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結婚編


あの世をフラフラと散歩していた俺は、腰掛けて楽しそうに話をしている夫婦を見つけた。

「こんにちわ」

と、あちらの旦那が声をかけてきたので俺も

「こんにちわ」

と挨拶を返した。天国は平和だが同時に物凄く暇だ。

穏やかで不変で眠たくなる。

だからなのか、誰かと会うと挨拶をして話しかける人が多い。

「良ければお話しませんか?」

と、あちらの奥さんにも言われて暇な俺はその夫婦の元へ向う。


「初めまして、私は山野内竹蔵です」

「私はハツ美です」

「俺は月代つきしろ朔ノさくのじょうです」

自己紹介をして、のんびりと話を始めた。

「私達は事故で一緒に亡くなりましてね、夫婦で一緒にこちらに来たんですよ」

とハツ美さんが言うと、竹蔵さんが

「朔ノ丞さんはお一人で?」

「俺は先に死んじまったので、妻が現世にまだいますね。たまに蓮池から覗くんですが元気そうです」

「そうでしたか、奥様がお元気で何よりですわ」

と、ハツ美さんは穏やかに話す。

何だかホンワカとした夫婦だなと俺は思った。


山野内夫婦と家族のことをアレコレ話していると、ハツ美さんは

「朔ノ丞さんは、どうやって奥様にプロポーズなさったの?」

と目をキラキラさせて聞いてきた。

「えぇ?」

と、俺が固まると竹蔵さんも

「是非お聞きしたいですね」

と聞いてくる、ホンワカした夫婦に断わりにくくて俺は少し悩んでから口を開いた。

「何も面白くない、ありふれた話ですよ」

俺はあの頃の記憶を手繰り寄せながら話し始めた。



牡丹と付き合い始めてから2年、俺は結婚を考えていた。

「はぁ…」

俺は一人暮らしの狭い部屋に置かれた小さいテーブルに置かれた指輪を見て溜め息を吐く。

(何て言えばいいんだよ…?)

プロポーズの言葉が思いつかずに悩んでいる。

しくじる訳にはいかない一世一代の勝負に俺はウジウジとしていた。

牡丹に断られたらと思うと胃が痛くなり、動悸がする。

こんなに俺は意気地のない男だったのかと自分が嫌いになりそうだ。

当たって砕けろ何て牡丹相手には無理だ、砕けたら立ち直れない気がする。

気の利いたセリフも、女が喜びそうな洒落た事も出来ない俺と付き合ってくれる優しい牡丹…思い浮かべるだけで可愛いとか愛しいとか、絶対に手放したくないと思うのに…

(何で結婚して欲しい一言が出てこないんだよ!俺は!馬鹿か、俺は!)

と、狭い部屋で自分にイライラしていた。



そんな気持ちを抱えたまま牡丹とデートの日、俺は持ってきた結婚指輪を握りしめて今日こそはと意気込んだ。

(絶対に…言う!)

そう思っていると、

「朔さん、待った?」

と牡丹が手を振りながら駆け寄ってきた。

「別に(可愛い…)」

花柄のワンピースに日傘をさしてる牡丹、俺は牡丹の手から日傘を取ると

「行くぞ」

と声をかける。デートの時は牡丹の日傘を俺がさしている。

背の低い牡丹が日傘をさすと顔が見えづらいし、日傘を理由に側を一緒にぴったり歩きたいからだ。

「いつもありがとう朔さん」

と牡丹は俺を見上げながらニコニコしている。

「別に」

見上げてくる顔が可愛くて、思わず見入ってしまう。

(くそ、いちいち可愛いんだよ!)

と毎度思う。


その日は2人で映画を見たり、買い物をしたりした。

「ねぇ、朔さん。このワンピースどうかしら?」

と、胸元が大胆に開いた薄紫のワンピースを俺に見せた。

「…それは止めとけ」

「あ…やっぱり、似合わないよね」

「違う、その…」

「いいの、困らせてごめんね。意見が聞けて良かったからワンピースはまた今度にするね」

「だから、違うって!もっと、大人しいもん着とけって意味だよ。んなもん着なくてもいいだろ、ワンピースなんて腐る程あんだろうが。

(似合うけど、そんなに胸の開いた物は着てほしくないだけなんだよ!)」

「たしかにワンピースが多いから、たまには違うものでも良いわよね…」

と、少し牡丹はションボリしていた。

「やっ、…その、ごめん」

「ううん、朔さんは思ったこと言ってくれるから助かるの。私が似合うと思ってても違うことあるし、私あんまりセンスないから。前もね、ショートパンツが流行ってた時に私も着てみたんだけど…何だか周りの目線が痛くて…似合わないのに着てると思われてたのかなと思ったら恥ずかしくて…」

「ショートパンツ?」

「うん、でももう着ないよ。似合わないし」

(あんな白くて綺麗な足を晒してたのか?!馬鹿か?何て危機感がないんだ!!)

俺は少しイラッとした。

「もう着るなよ、んなもん」

「…うん」

牡丹の顔を俺はその時見れなかった、後々こういう事が積み重なって最悪な展開になるとも知らずに。


その日も結局指輪を渡せず、何度かデートを重ねるが俺はその度に指輪を持ってデートに行くことになった。

(今日こそは、今日こそは言うぞ!)

最近はいつもこうやってる気がする…。

「朔さん、いつも早いね。ごめんね待たせて」

牡丹がやって来た…今日は日傘をしてなくてツバの大きな帽子でピッタリしたハイネックにノースリーブだった。

(…何かエロいぞ、これは駄目だ!)

俺は牡丹を凝視していると、牡丹は

「今日はいつもと変えてみたの、パンツ履くこと少なかったから…どうかな?」

「あー…(問題はパンツじゃねぇ!上のハイネックのピチピチのノースリーブだろ!!)」

「…変かな?」

「なんつーか…なんか羽織れ(変じゃねぇ、可愛いのは変わらねぇ!けど!!そんな服着たら邪な目で見られる事があるだろうが!!)」

「う、うん。ごめん…可愛いかなと…思ったんだけど」

「…ほら」

「?」

俺は自分の羽織っていた柄シャツを牡丹に羽織らせて

「朔さん?」

「…その、今日は日傘は?いいのか?(可愛いんだよ!お前は悪くねぇんだよ、俺が嫌なんだよ!つーか、そんなツバのでかい帽子だと顔がよく見えねぇだろうが!!)」

「いつも朔さんに持たせてるから、悪いなと思ってて…日焼け対策なら帽子でも良いと思ったの」

「そうか…別に傘ぐらい気にしてねぇけど(どちらかと言うと相合い傘の方が良かった…)」

「うん…でも、悪いし。行きましょ?」

と牡丹が言うと、俺たち二人は歩き出した。


その日は、何だか凄くギクシャクしていて俺の言葉一つ一つに牡丹は

「ごめんね…」

と気まずそうに謝ってくる、俺も素直に牡丹の事を褒められりゃいいのに、本当に可愛くて大好き過ぎて言葉が詰まる。

牡丹が可愛いのなんて俺の中では当たり前すぎて、一緒に居てくれるだけで嬉しくて笑っててほしいのに、謝らせたり気まずくしてその日の俺は最悪だった。


帰り道、牡丹に

「次、いつ会える?」

と聞くと牡丹は

「あの…暫く研修とか実習生の受け入れとか保育園の夏祭りの準備で忙しくて…しばらく会えないかな」

「それって、どんくらい?」

「………朔さん」

「ん?」

「本当は…仕事が忙しいのは本当なんだけど…私いつも朔さん不機嫌にさせちゃうから、だから私ね朔さんと付き合うの自信が無くなっちゃって」

「俺は別に怒ってねぇよ」

「あ、うん。そうだよね…ごめん」

「っ!だから、謝んなよ!!」

「!」

牡丹は俺に怒鳴られてビクッとしていた。

「あ…」

俺は咄嗟のことで吐き出た言葉が戻らないのに口を右手で塞いだ。

「悪い…牡丹」

「ううん。いいの…私が勝手に自信なくなっちゃっただけだから朔さんは悪くないよ。…けど、暫く距離を置きたいの」

「は?」

「私、このまま朔さんと付き合ってて良いのか今分からないの。だから、考える時間がほしい」

「考えるって…(まさか、別れる…?無理無理無理無理!俺はお前と結婚したいのに…)」

「朔さんは悪くないよ、私の我儘でごめん…」

牡丹は俺が貸していた柄シャツを脱いで俺に返した。

「シャツありがとう…本当に一方的でごめん。考えてちゃんと返事するから…」

と、牡丹は悲しそうに笑って去って行く…。

その背中を見ながら俺は頭が真っ白になった。

(嫌だ!嫌だ!行くな!!)

俺はとっさに牡丹を追いかけて後ろから抱きしめた。

突然抱きしめられた牡丹は驚いて

「え?」

と言葉をもらす、俺は抱きしめながら

「行くな!!結婚してくれ!!」

と牡丹に言うと、牡丹は驚きの顔から悲しそうな顔になり

「…今は、聞きたくなかったな。ごめんね朔さん…、ちゃんと私なりに考える時間がほしいの」

「…」

俺の腕からスルリと牡丹は抜け出して去って行く。

「嘘だ…ろ…」

牡丹は振り返らず遠くに行き見えなくなった。

俺はその後の記憶がないフラフラしていて、気づいたら家にいた。

(愛想尽かされちまったのかな…)

俺みたいな男、嫌になっちまったのかな。

何で素直に牡丹にいつも言えないんだよ俺は…。

後悔しかない、ちゃんと牡丹に俺の本音を照れずに話せていれば良かったのに…。


それからの俺は屍のようだった。

「朔、大丈夫か?顔が土気色だそ」

「大丈夫っす」

親方にも心配された、同僚にも

「おい朔、ハンマー逆だぞ?釘抜きの方で釘打てねぇ

だろ」

「あ…」

「どした?大丈夫か?」

「大丈夫、俺は…大丈夫だ」

とふら〜っと仕事をしていた。


仕事の帰りに遠くに祭りの明かりが見える。

そういえば花火大会今日だったよな、本当は夜誘うつもりだったのにな。

「はぁ」

俺はいっつも上手く言えない、相手が傷ついてるのに気づかなかったり謝るタイミングを逃したり。

(俺ってこんな情けない男だったのか…)

とどんより落ち込んでいると…


「お姉さん、大変そうだね〜手伝うよ」

「いえ、結構ですから」

と牡丹の声がする、右手の反対側の道で牡丹が男数人に囲まれていた。

「そんな大荷物じゃ大変だよ、俺等手伝うからさ。その後飲みに行こうよー」

「お気になさらず、平気ですので…」

「何か怖がっちゃって可愛いんだけど、お姉さん!」

「困ります!」

「こまりますぅ〜って、可愛すぎぃ。俺等と来てよ!絶対に楽しませるからさぁ」

と、男が牡丹の肩に手を乗せたとき…


気づいたら俺はダッシュしてその男に飛び蹴りを食らわせた。

「うわぁぁ!!」

男は綺麗に吹っ飛んで壁にぶつかる。

「テメェ何すんだよ!!」

仲間の男が突っ掛かるが

「あ゛ぁ゛?誰だテメェ、誰の女にちょっかいかけてんだ?踏み◯すぞ?」

とそいつの胸ぐらを掴んだ。

「えぇ?」

頭が真っ白になりソイツの胸ぐらを掴んだまま持ち上げて投げ飛ばした。

「いってぇぇ!!」

「来いよ、ホラ」

すると飛び蹴りを食らった方が俺を見て周りと何やらヒソヒソ話していた。

「あの、もしかして月代さんですか?」

「は?気安く呼んでんじゃねぇよ、誰だよお前ら」

「あああ、あの、月代さんの女って知らなくてぇぇ!」

「だから?」

「だだ、だから!その、すいませんでしたぁ!」

「知らねぇよ、馬鹿か?」

俺が思い切り腹を蹴飛ばそうとすると

「朔さん!!」

と、牡丹が後ろから抱きついてきた。

「…私、大丈夫だから!」

と泣きそうな顔をしている、その瞬間に怒りが萎んで怖がらせたくなかったのにと真っ白になってた頭が牡丹のことで頭が一杯になった。

「…ごめん」

俺はこんなつもりじゃなかったのに…余計に嫌われただろうなと息が苦しくなった。

「失せろよ、どっか行け!」

と男達に言うとソイツ等はどこかへ逃げて行った。


俺は魂が抜けたみたいになった。

牡丹が遠い、ぼんやりして頭がハッキリしない。

「朔さん…」

「怖がらせてごめん…ハハハ…嫌だよな。こんな奴…」

「違うよ!ただ…いつもと違ったから…」

「いいんだよ、俺みたいな奴…今までゴメンな」

「待って!」

俺は牡丹の声を振り切って走り出した。

もうこれ以上嫌われたらどうして良いか分からない。

(くそ!くそ!くそ!)

息が苦しい、滅茶苦茶に走ってこのまま心臓なんか止まれと思った。

(本当は、ずっとずっと…一緒にいたかったのになぁ。俺のせいで…駄目になった)

楽しかった記憶が過ぎるたびに苦して、結婚したいなんて数ヶ月前まで浮かれてたのが嘘みたいだった。


それから、牡丹から電話があったけど決定的な別れを言われるのが怖くて電話を取れなかった。


俺は仕事に打ち込んだり、友達と飲みに行ったり予定を沢山入れて忙しくした。

そうしてなきゃ一人で部屋にいると牡丹の事ばっかり考えて、阿呆みたいに涙が出てくるからだ。

俺って牡丹がいないとこんなに弱かったのか…。


深酒をしてふらふらで家路を歩く。

「ったく、飲み過ぎたぁ。明日ぜってー二日酔いだろコレ…」

と、家の前につくと

「…朔さん」

と、泣いてる牡丹が部屋の前で立っていた。

「…(夢か?違う、現実だ)」

「あのね、私…」

別れ話か?牡丹の口からそんな言葉聞きたくない。

「いーんだよ、俺のことなんか気にすんな…タクシー呼んでやるから帰れよ」

「帰りません!!」

と、牡丹は泣きながら怒鳴る。牡丹がこんなに怒っているのを初めて見て俺は固まる。

「話を聞いて!お願い…」

牡丹はボロボロ泣きながら

「距離を置きたいなんて言ってごめんなさい、私から言ったくせに…本当に、朔さんに嫌な思いさせてごめんなさい。私、朔さんを不機嫌にさせてばっかりだったから…嫌われちゃうと思ったの、怖かったの…」

「牡丹は悪くねぇよ…」

「けど…怒ってたでしょ?」

「違う、俺は…牡丹が好きだから、可愛いとか思ったり他の男に変な目で見られるのが嫌だったんだよ。隙だらけだから心配でイライラして…俺の心が狭いから嫌な思いさせて…俺もゴメン」

「…ヤキモチ?」

「っ!そうだよ!自分が可愛いの自覚しろ、馬鹿か!隙だらけで他の男に目ぇ付けられたらどうすんだよ!」

すると牡丹も泣きながら怒った。

「朔さんの方が馬鹿だよ!私が好きなの知ってるくせに、勝手にヤキモチ妬いて不機嫌になって!!私悩んだんだよ!」

「俺だって悩んでたよ!お前と結婚してぇのに、距離置こうって言われて!喧嘩して嫌われたと思って…」

「だって、あのタイミングでプロポーズされも!」 

「分かってるよ!焦ったんだよ!察しろ!」

「我儘!不機嫌男!」

「鈍感女!」

俺達はお互いの気持ちをぶつけて、言葉を出し切ると興奮してて肩で息をしていた。


「あのー…もう少し、静かに喧嘩してくれませんか?」

ふと気づくと、隣の男が俺達を見ながらドアを少し開けて注意した。

「「すいません」」

「いえ、お願いします」

とパタンとドアを閉めた。

俺達は見つめ合って

「部屋はいる?」

「…うん」

と静かに気をつけながら部屋に入った。


冷静になると大声で恥ずかしかったな。

牡丹も気まずそうだ。

「俺は…牡丹が好きだ」

「私も」 

「仲直り、してくれるか?」 

「うん」

「それから、今は酔ってるから…後ほど…その…」 

俺は押入れの奥に押し込んだ指輪を出して

「コレを、改めて送らせてほしい」

「うん…」

牡丹は俺にギュッと抱きついて 

「朔さんに、プロポーズ前にお願いしてもいい?」

「ん?」

牡丹が俺をまっすぐ見る目にドキドキする。

「あのね、口にしないと分からないから…ちゃんと何かあったら言ってね?」

「おう…わかった」

「それから、前みたいに怖い喧嘩はもうしないでね?朔さん刑務所に入っちゃうよ…」

「もうしない…ゴメン」

「後ね…私、やっぱり朔さんと離れてる時寂しくて好きだなって改めて思った」

「その、…俺も…牡丹がいないと駄目だった」

「うん」

「愛してる…」

「私も…愛してます」

久しぶりにキスをした。温かくて、思い切り抱きしめた。もう絶対に離さないと互いに抱きしめ合って幸せだと思った。


「…もう遅いから帰るね」

「え?」

「明日も仕事だから」

と牡丹が言う、帰したくない。

「遅いし、泊まったら?」

「仕事の準備とかあるから」 

「もう少しいろよ…」

と、俺は酔ったふりで牡丹に甘える。仲直りしたばっかりですぐ離れるのは寂しい。

「もう…朔さん」

「駄目か?」

「ちょっと、いきなり…そんな…朔さんが可愛い」

「いいだろ?」

「我儘」

「我儘でいい、牡丹が甘やかしてくれるなら」

「っ…!もーっ、ずるい!ちょっとだけですよ?!」

と真っ赤な顔で俺を甘やかす牡丹に心地良くなる。

結局、朝早くに俺は牡丹を家まで送ることになった。


後日、俺達は紅葉を見に来ていた。

並木道を散歩しながら、もう秋だなぁと見ていた。

「あのよ…」

「なぁに?」

牡丹が俺を見つめる。俺は側に居てくれるのが嬉しくてその頬を撫でた。

「やっぱり可愛いな…」

「えっと…」

牡丹は頬に触れた俺の手に自分の手を重ねる。

「…ちゃんと聞いてろよ?何回も言わないからな」

「はい…」

「…愛してる。結婚してくれるか?」

「はい。これからも宜しくお願いします」

と飛び切りの笑顔で答えてくれた。俺は無言で指輪を出して牡丹の左手の薬指にはめた。

「綺麗…」

「安もんだぞ…」

「コレがいい、ありがとう」

2人でまた並木道を歩く。まっすぐ続く並木道、時折お互いの顔を見て話をしながらユックリ進んでいく。

「結婚式はどうする?」

「朔さんタキシードって顔じゃないから和装にしよっか?」

「どういう意味だよ」

「えー?けっこう顔が厳ついから…」

「んだよ、俺は…牡丹はドレスが似合うかなと思ったのに」

「本当に?」

「あぁ」

「じゃあ洋装にする?」

「やっぱ俺はタキシード嫌だな、絶対ぇ笑われる」

「なら朔さんは和装で私は洋装にしようか?」

「んー、…どっちも見たい」

「悩んじゃいますね」

「まぁ、2人で決めたら良いんじゃねぇの?俺達のペースでよ」

「そうですね、これからずっと一緒だし」

と嬉しそうに指輪を見つめる牡丹の横顔が目に焼き付く。

俺はきっと、一生この瞬間を忘れないと思った。



俺が話し終えると、山野内さん夫婦は

「若い頃を思い出すわねぇ」

「本当」

と二人はニヤニヤしている。俺は何だか恥ずかしくなって

「ハハハ、つまんねぇ話ですよ。そんじゃ俺はそろそろ行きますね。またどこかで」

「えぇ」

「お話してくれてありがとうございます!」

と、2人と別れた。

(あの頃は若かったなぁ…)

天を仰ぎ見ながら、指輪を眺めていた牡丹を思い出す。

「綺麗だったなぁ…」

ポツリと溢れた言葉は宙に消える。



「もう秋ねぇ…そろそろ紅葉の時期かしら?」

現世では年老いた牡丹の左手にはあの頃の指輪がずっと輝いていた。


よく後悔する主人公です。

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