出逢い編
今日はお盆だ、先に掃除を手伝うため末の娘の望は実家に帰っていた。
望は、父の仏壇に向かい花を生けた。
「お母さん」
「なぁに?」
年老いた母、けれど若い頃は美しかったのだろうという面影は残っている。
父親似でキツイ顔立ちになった望は母の優しげな美しい顔立ちになりたかったなと思うことが多かった。
父の顔も悪くは無かったが、如何せんキツイ顔立ちなので怒っているように見られてしまう。
こうして見ると、いかにも怖そうな父と穏やかな母はどの様にして出会ったのだろうと望は気になってしまった。
「お母さんと、お父さんってどうやって出会ったの?」
「えぇ?」
照れ臭そうな母に、望はニヤニヤする。
「気になってさ、お父さんには聞きづらかったし」
「確かに、そういう事言う人じゃないしねぇ」
「でしょ?だからお母さんなら教えてくれるかなって…」
「そうねぇ…どこから話そうかしら…」
フフフと笑って、遠くを見るように話し始めた。
朔さんとは、私の仕事場で会いました。
私は当時保育士をしていて、朔さんは老朽化した園を直すために親方さんと一緒に来ていた見習いでした。
「おはようございます、棚田組です」
「はよーす、棚田組の月代です」
「っとに、挨拶はしっかりしろい!」
ゴン!と朔さんは小突かれていて痛そうに頭を撫でていた。
「ってぇ…」
と、子供みたいに親方さんに怒られてる朔さんを見て可愛いな何て思ってしまったの。
「えーっと、おはようございます。私は保育士の若崎です。よろしくお願いします、本日から園長は出張でいませんので、案内しますね」
「へい、宜しくお願いします」
「あっ…よ、よろしく」
とぎこち無い挨拶の朔さんが面白くて私は笑ってしまった。
「どうぞ、事務室が古くなっていて床の修繕と子供たちの部屋で幾つか直して頂きたくて…」
「分かりました、予め伺ってますので今日から取り掛かりますよ」
と頼もしい親方に私は安心した。
「ありがとうございます、何か分からない事があれば呼んでくださいね」
と、2人に言うと朔さんはじーっと私を見つめていて
「…あの?」
と声をかけると、
「あ、…その、…」
「?」
親方は朔さんの背中を軽く叩いて
「ハハハ、美人さんを目の前にして緊張してら。すいませんね、若崎さん」
と朔さんの首根っこを掴んでさっそく仕事に取り掛かり始めた。
「変なの…」
私は子供たちを迎えるために朝の仕事に戻った。
その日は夏で熱くて、私は親方と朔さんに飲み物とオヤツを持っていった。
「お疲れ様です、暑いと思うのでお茶とゼリーです。良ければ休憩しながらどうぞ」
と、お昼前の朝の一息にと差し入れをした。
「あざっす」
と、朔さんは受け取る。
「どうぞ…」
汗をかいて、鋭い目をした逞しい朔さんに一瞬目が奪われた、可愛いなんて思っちゃったけど…ちゃんと男の人だなぁ。
腕なんか筋肉質で逞しいな、なんてぼんやり考えていると…。
「あの?」
お盆を持って固まっていた私を不思議そうに見てる朔さん。
「あ、すいません…事務室の板がもう剥がされてるから…仕事が早いなぁって」
「ハハハ、体力が取り柄の奴がいるのでね。助かりますよ」
「そうなんですか、凄いですね」
「うぃ…っす」
「っとに、愛想ねーな。すいませんね、若崎さん」
「いえいえ、職人さんって感じで良いですね。大変だと思いますが、よろしくお願いします」
と、私はまた仕事に戻る。
けど子供達が普段と違う様子が気になるのか、仕事をしている大工さんの様子を見たくてチラチラと覗きに来ていた。
「かっこいいー」
「トンカチって言うんだよね?お家にあるよ!」
「力持ちだね〜」
と、子供達はキャイキャイ騒いでいる。
「こら、お仕事の邪魔しちゃ駄目ですよ?」
「牡丹せんせー、見て〜凄いよ!」
「床がないよ!」
「そうよ、今保育園の壊れた所を直してもらってるのよ。皆が安全に過ごせるようにね」
「すごーい!」
「だから、邪魔しないようにしてね?」
と話をしていると親方さんが
「大丈夫ですよ、危ないから離れて見てるんだぞ?」
「「「はーい」」」
と、元気な子供達の声。
朔さんは興味なさそうに黙々と仕事をしていた。
すると、一人の子が突然
「あのお兄ちゃん、何で髪の毛黄色いの?」
と言い始め、他の子も
「アメリカ人?」
「え?そっか、言葉わからないんだ」
すると、子供達は大きな声で朔さんに
「「「ハロー!!!」」」
と呼びかけた。親方はブフォ!と吹き出し、朔さんも笑い出した。
「朔、お、お前アメリカ人だったんだなぁ、ブハハハハハッ!」
「笑いすぎっすよ!ったくよ」
と、子供達に近づいて
「俺ぁ、アメリカ人じゃねーよ。これは染めてんだよ」
「え?お兄ちゃん白髪生えてるの?ママも白髪生えてるから染めてるよ」
「ハハハハ!」
親方さんは爆笑し、朔さんは項垂れている。
「俺はまだ若ぇよ、白髪はない」
「じゃあ何で染めてるの?」
子供達の無邪気な質問に朔さんは
「カッコいいだろ?」
と、ニカっと笑った。その笑顔が素敵で私は胸がドキドキした。
「そうだね、お兄ちゃん似合ってるよ!ヤンキーみたいだけど!」
「え?ヤンキーって何?」
「んっとね、ママがヤンキーは煙草吸ったりバイク乗ったり悪いことしたりするんだって!」
「じゃ、お兄ちゃんヤンキーなの?」
と朔さんは見つめられて
「もうやらねーよ、それに仕事の邪魔ばっかりしてると取って食っちまうぞ〜」
と、子供達にふざけて襲い掛かるとキャーッ!と言いながら子供達は退散していく。
「す、すいません…」
私は笑いを堪えながら子供たちを追いかける。
朔さんは、親方さんに笑われながら仕事へ戻って行った。
(意外と子供の扱い上手いわね)
何て朔さんを見て思った。
そうして毎日園の修繕で来るようになった親方さんと朔さんと話す機会も増えた。
「3時の休憩にどうぞ~」
と、私がいつもの様にお茶とオヤツを持っていくと
「あざっす」
と、朔さんが受け取る。
「ありがとうございます若崎さん、おい朔!お前は休んだらここの仕事やって夕方に帰れ」
「何かあったんすか?」
「他の現場で人手が足りないらしくてな、手伝ってくるからお前はここ任せるぞ」
「うぃっす」
と、親方さんは行ってしまった。
「忙しそうですね、それじゃどうぞ」
とお茶とオヤツを渡して仕事に戻ろうとすると
「わ、若崎さん…」
「はい?」
「その…、あの…俺明日の日曜が休みなんすけど…若崎さんは日曜休みですか?」
「そうですね、お休みです」
「あ、なら…一緒にでかけませんか?」
「え?」
「俺、洒落た場所も知らねぇけど…良かったら一緒にどっか行きませんか?」
と、真っ赤な顔で誘ってくる朔さんに私まで赤くなるのが分かった。
顔が熱い、けど嫌じゃない。
「…はい、私で良ければ」
「っしゃあ!」
と、朔さんはガッツポーズを取って喜ぶ。その姿が照れくさいけど可愛い。
「そしたら、明日の10時は?あの、待ち合わせは…えーっと…」
「そうですね、ここの近くの〇〇って喫茶店でも良いですか?」
「じゃ、そこで…」
「それじゃ10時に、喫茶店で」
「っす」
と、朔さんはペコリと頭を下げて仕事に戻っていく。
(わぁぁ!これってデートよね?どうしよう!)
と、私はその日朔さんが視界に入るだけでドキドキした。
夕方になり、朔さんは仕事を切り上げて片付けをしていた。
私はお迎えの遅い子達がまだいたので待っていた。
朔さんは、汗だくでタオルで汗を拭いながら私に近づくと
「また明日…お疲れ」
と、照れくさそうそう言うと帰っていった。
私は明日が待ち遠しいような、絶対緊張するとドキドキしながら朔さんの背中を見送った。
翌日、私は命一杯お洒落をした。お気に入りの水色のワンピースに白いカーディガンに白いサンダル、それから日傘をさして喫茶店に向う。
(変じゃないかな?)
気合い入れすぎ?それとも似合わない?
今更家に帰ってもう一度確認したくなったけど、時間もないとそのまま向う。
喫茶店に着くと、朔さんは店の前で待ってた。
「す、すいません!お待たせして」
「いや、来たばっかだよ」
と、吸ってた煙草を店の前の灰皿に捨てる朔さん。
「…行くか」
「はい」
私は朔さんと並んで歩く。朔さんは私を見ると
「いいな、ソレ」
「え?」
「似合ってる」
と、ぶっきらぼうに言い放つ。
「ありがとう…ございます」
嬉しくて顔がニヤける、ふと朔さんは私の日傘を取って
「持っててやる」
「え?いいですよ!」
「けど…折角だから側で歩きてぇ。それに若崎さんが傘持ってると、顔もよく見えないから…」
ヒョイッと朔さんは日傘を持ってくれて
「ほら、よく見える」
と、私を優しげに見下ろす朔さんにドキドキする。
「ありがとう…」
「どうって事ねぇよ」
と、朔さんは私が日焼けしないよう傘をさして歩いてくれた。
その日は水族館に行った。
「わぁ、凄いですねぇ」
「あぁ…何人前だろうな。デカいのは美味いのか?」
「フフフ、きっと沢山食べられますね」
薄暗い館内を2人でゆっくり歩く。
「あの、若崎さん…」
「はい?」
「牡丹って、呼びたいんだけど…いい?」
と不安気な朔さんに
「えぇ、私も月代さんじゃなくて…何と呼べばいいかしら?」
「朔ノ丞ってんだ、けど呼びにくいから朔って呼んでくれ」
「はい、朔さん」
「ぬぐぅ!」
「朔さん?」
「何でもない…」
朔さんは胸を押さえて壁にもたれ掛かっている。
「気にするな、行くぞ」
「はい…」
それからイルカのショーをやってるので見に行くことにした。
前の席が空いていたのでそこに座ることにした。
「お客様、濡れるおそれがあるのでこちらを」
と、係の人が前の席の人用に傘やカッパを渡してくれた。
「ふふふ、朔さんツンツルテンですね」
朔さんは背が高いせいかカッパで防ぎきれていない。
「そういう牡丹は、ブカブカだな。本当に同じサイズのカッパか?」
と笑っている。そうしてショーが始まる。
楽しく見ていたがイルカがプールに飛び込んだ瞬間予想以上に水飛沫を上げた。
「わっ!」
私は咄嗟に下を向いて顔が濡れないようにした。
瞬間、朔さんが私を抱きしめて傘で飛沫を防いだ。
「っぶねぇ〜、濡れたか?」
「い、いえ。大丈夫デス」
「良かった」
急に抱きしめられドキドキする、力強い腕で広い胸板に守られるなんて…心臓が持たない。
朔さんは、私を抱きしめたままじっと顔を見つめてくるから恥ずかしくてどうして良いか分からない。
見つめ合ったままだったその瞬間…
「もう一度、大きなジャ~ンプ!」
と飼育員のお姉さんの声。バシャーン!と水飛沫を今度は思い切り被ってしまった。
「「…」」
シーンと驚いて沈黙したあと
「フフ…」
「プッ…」
と、何だか可笑しくて笑ってしまった。
「濡れちゃいましたね」
「っとに、あのイルカめ…ま、しゃーねぇな」
と暫く笑いが止まらなかった。
水族館を満喫し夕方になる頃、私は朔さんに家まで送ってもらう事になった。
「今日は楽しかったです」
「俺も…、また日曜は休みか?」
「はい」
「なら誘う、次の日曜もどっか行こう」
「はい!」
こうして私と朔さんは何度もデートを重ねた。
会うたびに、知らなかった朔さんの事を知ってどんどん好きになっていた。
「牡丹、俺ちゃんと言ってなかったから…」
ある日朔さんは真面目な顔で私を真剣に見つめながら話した。
場所は、駅の近くの公園。
「?」
「結婚を前提に、俺と…付き合ってくれ」
朔さんは、そう言って指輪をプレゼントした。
「はい、…よろしくお願いします」
私は嬉しくてそう答えると、朔さんは私の左手の薬指に指輪をはめた。
「よろしくな」
そうして私に優しく、口付けをした。
その時の指輪は大事に未だに持っている。
朔さんとお付き合いする事になり、親方さんにも報告してくれると言うので会いに行った。
「朔なんかに、こんな可愛い彼女ができるなんてなぁ。何かあったらオジサンに何でも言うんだぞ?」
「はい」
「うるっせーな、大丈夫だって」
「本当か?本当は、牡丹ちゃんに惚れちまってた癖にウダウダしてっから俺ぁ気になってたんだぞ?」
「っとに、余計な事ばっかり…」
と、朔さんは決まり悪そうにしていた。
「ま、悪いやつではないんで。よろしくな牡丹ちゃん」
「宜しくお願いします」
親方さんは嬉しそうだった、朔さんを可愛がってるんだなと直ぐに分かった。
2人で親方さんに報告を済ませて歩いて帰る。
「何か、悪かったな。親方がはしゃいでて」
「そんだけ朔さんが可愛いんだよ」
「ハッ、薄気味悪ぃや」
と憎まれ口を叩くけど、顔は嬉しそうだ。
「朔さん…」
「ん?」
「あのね…私も朔さんを最初見たときから気になってたんだよ」
「そ、そうなのか?」
「うん、何か可愛いなって」
「俺が?眼つきが悪ぃって絡まれるのに?」
「うん、不思議だよね…」
「お前ぇの方が、よっぽど可愛いけどな」
「えっ…」
私は初めて可愛いなんて言われて驚いた。
「ありがとう、そんな風に言ってくれて」
「…ずーっと思ってた。初めて見た時からよ」
「嬉しい…」
「ぐっ!」
朔さんは胸を押さえて明後日の方向を向いている。
時々心臓に発作が起きたような行動をするのでビックリする。
「朔さん、これからも宜しくね」
「あぁ」
朔さんは優しげに笑って私の頭を撫でてくれた。
話し終えた牡丹はふぅと、一息ついた。
「とまぁ、こんな感じかしら?それから色んな事を2人で乗り越えて、結婚して子供ができて…朔さんと一緒だと幸せだったわ」
と、懐かしそうに牡丹は話した。
「へぇ〜、お父さんって意外とそんな所があるのねぇ」
「まぁ、滅多に可愛いなんて言う人じゃないんだけど…あの時は嬉しかったわ」
「口ではそんな言わないけど、お父さんはお母さんの事大好きだったよね…いっつもお母さんの心配したりお母さんが悲しそうにすると一生懸命何とかしようとしたり…」
「フフフ、そうだったわね。私って幸せね」
母と娘はお茶を飲みながら父の生前の話に花を咲かせていた。
そして、そんな2人の話を恥ずかしそうに聞いている人がいた。
(ったく、お盆だからって帰ってきてみりゃ…小っ恥ずかしい話ばかりしやがって…)
幽体になった朔ノ丞は、牡丹の話を聞いて身悶えるほど照れていた。
(今思えば、あの頃は若かったなぁ)
年老いた牡丹の顔を見て、朔ノ丞はフワリと微笑み
「今でもお前は、俺にとっちゃ可愛い嫁だ」
と、牡丹の頭をポンポンと撫でる。
「あら…」
「どうしたの?お母さん」
牡丹は不思議そうに辺りを見回している。
(あの人、帰ってきてるのかしら…)
「大丈夫?」
「あ、ごめんね望。大丈夫よ」
牡丹は姿が見えないが、そこに朔ノ丞がいるような気がした。
「本当に大丈夫?お茶入れるね、暑いから水分取らなきゃ」
と、望は母の体調を気遣い台所へと向う。
望が台所に行くと牡丹は仏壇に向かって
「朔さん、私あなたの事が大好きよ」
と微笑んだ。
その途端まだ暑いのに爽やかな風が部屋の中に入り込んで牡丹を包みこんだ。
「何時も見守ってくれてありがとう、朔さん」
それに答えるように、縁側に飾られた風鈴がチリーンと鳴り響いた。