0.ラディカは自業自得の果てに処刑される
…大略
大陸随一の大国、フラン・ガロ王国屈指の大貴族、フラン家の長女、ラディカはマジモンの悪役令嬢であった。
本当だ。彼女は本当にゴミカスのクソ外道であった。その害悪具合は絶大で、ダイオキシンやスギ花粉はおろか、差別や戦争よりも疎まれる、彼女はこの世の安寧のために消えてなくなるべき女であった。彼女は死んで当然の女であった。
…そこまで言うほどなの?疑問に思ったろう。
どれほどの外道か?では、彼女が今までにしでかした悪行を"簡単に"書き連ねてみよう。
民衆が不作に苦しむ飢餓の時期にも、税を着服して作った金で、気の向くままにドレスや宝飾、芸術品に家具を大量に買いまくり、また、豪勢なパーティを毎夜に開き、明け暮れた。
夕食に出されたスープのスパイスが気に入らないと言って、「鼻が利かないのなら家畜の餌でも作ってろ」と、担当の調理メイドの目の前でスープを皿ごと床にブチ撒けた。更に、「私を不快にさせた責任を取れ」とメイドに迫り、果てに、メイドには割れた皿と撒かれたスープの上で全裸土下座をさせた。皿の破片で裂かれた肌から垂れる血と、スープと、メイドの悔し涙が混ざり合う様子を見て、彼女は笑い転げた。追撃で、土下座するメイドの後頭部に向かってグラスを投げつけたりもした。そしてまた大笑いした。
馬車での移動中、道に飛び出した浮浪児を轢いてしまった際、急いで応急処置をしなくてはと慌てる御者を見て怒り狂った。御者の尻をヒールで蹴り上げて、「パーティーに遅刻させる気か」、「ボロ雑巾が馬の蹄鉄に巻き込まれただけのことで私を煩わせるな」と怒鳴った。結局、「私に異見するならお前の家族を殺す」と脅されて屈した御者は、命令に泣きながら応じて、怪我に苦しみ身体をうずめて衰弱する浮浪児をその場に放置し、轢き逃げるように馬車を走らせてしまった。後日、御者は反抗的だからとの理由で彼女により解雇され、更に、不敬罪を理由に都市から追放された。最終的に、御者は家族と共に、街の外で野垂れ死んだ。
気まぐれでスラム街に訪れ、おもむろに小銭を地面にばらまいては、小銭に群がる浮浪人共を、まるでパン屑に群がる鳩でも眺めるかのように面白がった目で観察をした。たまに気分転換で、集まってきた浮浪人のうちの何人かを捕まえて、その場で護衛に処刑させた。いきなり切り伏せられて、意味を理解できずに苦しんで死んでいく彼らを見て、彼女は嘲笑った。死んでも拾った小銭だけは必死に手に握っている彼らの様子を滑稽に思って、噴き出さずにはいられなかった。
勉強は嫌いだが、良い学位を持たないのはプライドが許さなかったので、大学に金を掴ませて、自分に学位を授与させた。ただ、年毎の学位授与者には、質の保持のためだとか言って人数制限が設けられていたようで、彼女が横入りをした結果、何年も真面目に勉強を続けてきた学生の一人が落第をしてしまう"事故"が起きてしまった。その後、学位授与式の際に、落第した学生に当然の恨み言を呟かれた彼女は、ムカついたので侮辱の罪で彼を逮捕した。そして、裁判官に圧力をかけて、裁判を即決させた後、問答無用で彼を牢獄にブチ込んだ。
…以上が、ラディカが今まで行った悪行の"簡単な"紹介である。正直なところ、彼女の悪行は網羅しようと思うとキリがない。
誰が苦しもうが、知ったことではない。痛みを痛みと思わない。自分さえよければ全て良い。何故なら、自分にはそう振る舞っても良い地位と権力がある。
そう考えて、疑いもしないラディカは、いつもわがままで、地位と権力を最大限に悪用して大暴れをする、この世で最も理不尽の権化であった。満場一致で正義のために死ぬべき存在であった。
…腐っていたのはラディカだけではない。彼女が所属するフラン家そのものもまた、腐っていた。
彼女の父や母、祖父母はおろか、先祖までもが自分勝手でわがままで、彼女のように悪行三昧であった。家族ぐるみの毒牙は、時に政治的な悪影響を及ぼし、フラン・ガロ王国全体に不利益をもたらすことすらあった。
たとえば、最近もフラン家は国の足を引っ張っていた。
国は今、未曽有の危機に直面していた。突如として、魔族が大陸への大規模な侵略を開始したからであった。
国は、挙国一致でこれに立ち向かう必要があった。しかし、税収を軍事費に割かれたら、自身らが与れる金銭的恩恵が減るのではないかと危惧をしたフラン家は、国家存亡の危機を乗り越えるための政策に騒ぎ立て、猛反対をし、なんとこれを廃案に追いやってしまった。
そのせいで、フラン・ガロ王国は魔族の危機に晒されているというのに、未だ無防備であった。そのために、町々は破壊されるばかりであった。
フラン家はもはや国の癌でしかなかった。"最上の者"としての役目をまるで果たそうとせず、ただ私利私欲のために行動する彼らを、誰も尊敬しなかった。人々も、国も、どころか、草木すらも、フラン家を嫌っていた。
…しかし、迷惑なことに、彼らは私利私欲を更に満たすための、権力拡大の努力だけは決して欠かさなかった。
最近で言うと、彼らは、厚顔無恥にも王家との政略結婚を考えていた。フラン家の誇れる娘ラディカ…、あの地上に咲いたゴミクソめしべを第一王子の隣に据えることで、彼女を次期王妃にしようと企んでいた。
だが、第一王子には既に婚約者がいた。『ナパレ』とかいう、芋臭い田舎領主の娘がそれであった。身分差のある彼らは同級生で、神学校在学中に非常に奇妙なキッカケで仲良くなり、更に偶然に偶然が重なり、末に男女の親交を深め、あれよあれよとロマンスが紡がれ、気がついたら婚約の話にまで至っていたのだという。その様は、まるで恋愛物語の主人公たちのようであったという。
当然、フラン家はこれを快く思わなかった。彼らは、ナパレの家族を人質に取り、脅すことで彼女に圧力をかけて、彼女自らに婚約を破棄させる計画を企てていた。そうして空席となった席に、ラディカをねじ込もうと考えていた。
ラディカ自身も計画にはノリノリであった。自らの家の権力が拡大することは非常に良いことだと考えていたし、何よりも、高貴で美しい自分ではなく、堆肥で汚れて悪臭のする畑女が第一王子の隣にいることが許せなかった。
第一王子と結婚することで、自分は更に輝いて、自由になるのだとワクワクして、胸を夢と未来で一杯にしていた。ラディカは計画の成功を、つまりナパレに不幸が訪れることを心待ちにしていた。
…しかし、計画は計画のままに終わった。
ラディカの妹、フラン家の次女であり末っ子のレジティが、計画の何もかもを王家に告げ口したからであった。
彼女はフラン家の一員でありながら、今まで一切の悪事に手を染めたことはなく、また傲慢も高慢もなく、ひたむきに勉学と信仰に励む、素晴らしい精神性を持つ娘であった。彼女は不良一族のフラン家的には的外れでおかしな子であった。
彼女は非常に優秀であった。彼女は自身の力で学び得た知見と、神学校の友人たちとの交流から得た社会の一般常識を以て、自らの家を批判的に観察した。観察して、やはり、現在のフラン家が悪の枢軸であり、正されるべきであると結論付けていた。
そのために、レジティはいつも家族を侮蔑の目で見ていた。そんなようだから、家族は皆、彼女を嫌って、彼女を差別的に取り扱った。
彼女の生活は悲惨であった。彼女は日常的に、食事を用意されなかったり、自分の部屋を汚物で汚されたりした。風呂を冷水にされたりした。家の外に追い出され、朝まで閉め出されたりもした。15歳で成人した後も、彼女は苦しむばかりであった。独り立ちを望む彼女が自らの努力で用意した大学の学費を、家族によって無断で散財されたために、進学できなくなった。また、彼女が、大学進学の代わりに勤め先を見つけてきた際には、「独り立ちをしようだなんて生意気だ」と罵られ、知らない間に勤め先に圧力をかけられ、果てに自主退職をせざるを得なくなった。
彼女はいつも悔しそうな顔をしていた。悲しそうな顔をしていた。しかし、そんな彼女の顔を見るたびに、家族は嗤っていた。嗤って、そしてまた彼女をいじめるのであった。
だから、レジティが家族に見切りをつけ、裏切ることは至極当然の結末であった。ただ、家族がこれを予見できなかったのは、家族に「どうせあの子は大したことなくて、何もできやしない」と、誤算と慢心があったからであろう。
…計画を知った王家、特に第一王子は怒り狂い、フラン家を凌ぐ強権を発動させ、即座にフラン家の全員を反逆罪として捕らえた。
裁判は即決で最高刑を下して終局した。フラン家は何も抵抗できなかった。
何故なら、裁判が開かれた瞬間、レジティが皆の前に、フラン家が今までに強権をもって隠匿してきた悪行の数々の記録と、物的証拠を叩きつけたために、余罪が浮上しまくったからだ。単体でも死刑が望まれるような悪行が幾つも綴られたそれと、裏付ける証拠を見た皆が、死刑で決まりだと納得したのであった。加えて、レジティが裁判の以前に、自らの足でフラン家の支持者や他の有力者を回り、フラン家を粛清するメリットを伝え、説得をしていたこともまた、この結果をもたらした要因であった。裁判中、誰もフラン家の味方をしないどころか、敵に回っていたのであった。そして、フラン家は悔しい顔と歯ぎしりをする以外、何もすることができずにいたのであった。
皆の望み通り、フラン家の全員には死刑が下された。それも翌日の公開処刑が下された。
そうして、レジティによるフラン家への復讐は完璧に成功したのであった。
…裁判の翌日、死刑の当日、断髪され、ボロ布を着せられ、手足に枷を付けられ、目隠しをさせらているラディカの前にレジティは現れた。
檻の鉄格子を隔てて、最期の会話が行われた。
暗闇の中で、いつ自分の死が訪れるのかと恐怖に震えていたラディカは、レジティの話しかける声を聞いた途端、固まった。
そして次の瞬間、レジティに対する怒りを爆発させた。
「レジティ…、レジティ…、レジティィィィィィィィィ!!!!!!!!!!!!!!」
喉を破裂させんばかりの叫び声が牢屋の中に響き渡った。しかし、それだけであった。ラディカの怒りは理不尽で、哀れな怒りであった。決して正義の怒りでなく、自業自得であり、だから実現はしなかった。
「哀れね、お姉様。そんなにもみっともない姿に落ちぶれて。死までも迫っているというのに、未だに自らの行ってきた罪を理解して懺悔できないなんて。」
レジティは冷めた声色でラディカを逆撫ようとした。しかし、彼女は堪え切れなかった。
ラディカには見えなかったことだが、レジティは牢屋の姉を見た瞬間から悦楽の笑みを浮かべずにはいられなかった。浮足立つというか、遂に姉をどん底に落としてやり、逆に自分は解放されたのだと、姉の哀れな姿を見て、改めて自身の復讐は成功したのだと理解したレジティは、この時、非常に浮かれていた。
だから、声色は、頑張って冷静を振る舞おうとしても、つい愉悦の混じった甲高いものになってしまって、ダメだったのだ。
ただ、それが逆に、冷ややかな声で話しかけるよりも、ラディカの精神を逆撫でることに成功していたので、結果オーライと言えよう。
そしてレジティの煽りはまた続く。
「お姉様。哀れで情けなくて自業自得なお姉様。…最期に私に言いたいことはございますか?何でも仰ってください。もし、それが"お願い"なのでしたら、聞いてあげてもいいですよ?」
ラディカは奥歯すら欠けんばかりに歯ぎしりをした後、滅茶苦茶な勢いで答えた。
「レジティ…!あんたは絶対にブチ殺してやる…!!フラン家の裏切者…害虫…劣等のクソ野郎…、一生呪って殺してやって…、ぐちゃぐちゃの豚の餌にしてやる!!!!!」
「…」
「…ぷっ」
レジティは思わず噴き出して、爆笑してしまった。
可笑しさから、しばらく腹を抱えて笑った後、笑い涙を細い指で拭って、一息をついて、肺を落ち着かせて、改めて姉に問いかけた。
「一生って、お姉様の一生はもうすぐ終わるじゃありませんか。それと、私への"お願い"は『そんなこと』でよろしいのですか?そんな『絶対に叶うはずのないこと』で…?何かこう、最期に食べたいものとか、読みたいものとか、会いたい人とか、そういうものを仰ったらどうです?そういうことなら、叶えて差し上げますよ?」
「黙れ…黙れ…!絶対に殺す!!!殺してやる!!!!!たとえ死んでも、蘇って殺してやるからぁ!!!!!!」
「…殺す!殺す!殺す!殺す!殺す!ころ…、こりゃ…」
「…コロシテやるッ…!……ァ、…ころす、…ころッ…、…ころす…、こッ……、ァ………」
あまりに喉に力を入れ過ぎたために、ラディカの叫び声は段々と枯れて、弱弱しい呻き声に変わる。
涙を流し、身体を縮こまらせ、うわ言のように妹への呪う。その姿は、実に哀れで、かつての彼女の行いを振り返った上で見てみると、滑稽で嗤えるものであった。
「ふふっ…。クズ人間のクズらしい最期の喚きを見られて、私はとても満足です。…お父様やお母さまはではこうはいきませんでしたからね。彼らったら、すっかり腑抜けて、消沈し切っちゃって、『私が悪かったから許してくれー』とか『愛する娘よー』とか、ひたすらにつぶやくだけで…。まぁ、この期に及んで、そんな身勝手なことをのたまう彼らの愚かな様もまた、面白くはあったんですがね…?でも、お姉様はそれ以上に面白いものを見せて下さいました。ありがとうございます。」
一通り話し終えたレジティは、改めて起立をする。
そして、姿勢は正したまま、礼儀正しく、格式高いお辞儀を深々として、姉に最後の挨拶をした。
「それではお姉様。ごきげんよう。そして、永遠にさようなら。」
遂にレジティはラディカの前から姿を消した。
最後に牢屋に残ったのは、ただ、ラディカの微弱な唸り声と、レジティへの強烈な怨念だけであった。
…そうして、ラディカはギロチン刑に処された。
フラン・ガロ国の首都、シテの中央広場にて、民衆の歓喜の中、首を真っ二つにされ、頭と胴体を分けられて死んだ。
ラディカ以外の皆もそうなった。彼らは死に絶えた。
第一王子の隣で処刑を見届けていたレジティただ一人だけを残して、ウジ虫共はこの世から排除された。
フラン家は滅んだ。
…はずだったのに、これでハッピーエンドでおしまいだったのに、何故かそうならなかったのは、誰とっても予想外で、誰もがガッカリしてしまうお話。
残念ながら、この物語の主人公は、健気で聖女で聡明で努力家のレジティの方ではなく、癇癪もちで能無しでプライドが高い人間性クソ女の人型粗大ゴミのラディカの方である。
この物語は、ギロチンで首をはねられたのにしぶとく生き残ったプラナリア女のラディカが、誰からも歓迎されない、誰も成功を願わない復讐を果たすべく、世界と人々の想いの中をゴキブリみたいに縦横無尽に駆け巡る、冒険と成長の譚である。