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第四話 心の強度

 

(それにしても……)


 夜の光が整えられた石畳の道を照らしている。

 麟光石の街灯に照らされながら、わたしは公爵城への道を歩いていた。


(シグルド様ってどんな方かしら……やっぱり怖いのかな)


 なにせあのルーク様の兄上である。

 確かにルーク様は眉目秀麗ですごく整った顔立ちをされているけど、女癖が悪くてすぐ使用人にちょっかいを出そうとすることで有名だ。エスメラルダ様もそのことがあるからピリピリしていらっしゃるんだろう。まぁ、被害者のわたしに八つ当たりするのはさすがにやりすぎだと抗議したいけど……。


 とはいえ、だ。

 シグルド様がどんな方であろうと、たぶんわたしと接点を持つことはない。

 ああいう高貴な方のお客様のお相手は上級侍女の務めだ。


 上級侍女は元令嬢だったりすることが多いし、貴族の所作についても熟知している。時には貴族に見初められて玉の輿に乗る人も居て、それ目当てに侍女をやっている人もいるのだし、わたしみたいな魔力なしは食堂に近付くことすら許されないはずだ。


「エスメラルダ様のこともあるし、今日は大人しくしておこう」


 またぞろルーク様に捕まったら今度は何を言われるか分からない。

 いや、言葉だけで済めばいい。

 もしもクビが飛んでしまったら、わたしは明日をも知れぬ身になってしまう。


「暗くなってきた。そろそろ──あら?」


 道の端に倒れている酔っぱらいの人を見つけた。

 夜も暗いけど、この道は公爵城に続いているからあんまりよろしくないと思う。

 憲兵さんに見つかったら捕まっちゃうので、わたしは荷物を置いて近付いた。


「あの、大丈夫ですか?」

「あぁ……大丈夫だ」

「どうかされたんですか? 公爵城へのお客様ですか?」

「いや、あんたへの客だ」

「ほえ?」


 いきなりだった。男の人がナイフを突き出してきた。

 銀色の刃は月の光に反射して私の視界に映る。

 まっすぐ心臓を狙う一突きだった。

 わたしは咄嗟に反応した。


「は?」


 不審者さんの肘を掴んで逆方向に投げ飛ばす。

 相手の力を利用した反撃に、不審者さんは壁にぶつかって呻いた。


「ビックリしました。いきなりナイフを出すのは良くないと思います」

「……!?」


 不審者さんは慌てたように立ち上がった。


「貴様、なぜ」

「わたし、こう見えて騎士の娘ですから」


 ふふん。お父様とお母様が生きていた頃は護身術を教わっていたんだから。

 もちろん、魔法が使えないわたしは騎士になれるほど強くなかったけど……。


「あなたが悪い人なら捕まえちゃいます」

「ふ、ふふ。予想外だったが、無能に何が出来る」


 不審者さんが懐から杖を取り出した。


(魔法……! 使わせる前に倒さなきゃ……!)


 わたしよりも不審者さんのほうが早かった。


「《拘束せよ》」

「ぎゃ……!」


 駆け出そうとしたわたしの全身を鎖が縛り上げる。

 がんじがらめになって口も塞がれた私は前のめりに倒れた。

 がつん、とおでこを打つ。めちゃくちゃ痛い。泣いちゃいそう。


「やれやれ。まさか反撃してくるとは思わなかった。本当に女か、お前」

「んぐ……!」


 まずい。

 声が出せない。不審者さんがわたしを見下ろしてる。

 身を捩って逃げ出そうとするけど、背中を踏みつけられた。


「どうした。騎士の娘なんだろう? 反撃してみろ」

「……っ」

(反撃出来るならしてるわ。でも、やっぱりわたしじゃ……)


 魔力のないわたしは不審者さんの魔法の前に手も足も出なかった。

 護身術を習っていたと言っても、こうして一瞬で無力化される程度なのだ。


 ……本当、やんなっちゃう。


 どうして、わたしなんかを狙うんだろう。

 男爵家の財産なんて残っていないし、わたしを殺したところで喜ぶ人なんていないのに。


「……本当に魔力がないんだな。お前、なんで生きてるんだ?」

(………………なんでだろうね)


 お父様もお母様も死んだ。

 わたしのせいで死んだ。わたしのせいで故郷は滅んだ。

 だってわたしは魔力のない、神に呪われた女だから。


「悪く思うなよ。俺も仕事なんでな」


 確実に殺すためなのか、不審者さんがナイフを振り上げた。

 その切っ先には魔法の風が纏っている。

 切れ味をよくする魔法を見て今更ながらに実感が沸いて来た。


「ふふ」


 思わず、口元に笑みが浮かんだ。


(あぁ……やっと終わるんだ)


 ずっと騎士の娘として気高く在ろうとしてきた。

 お父様とお母様の娘に恥じないように、自分から死を選ぶなんて出来なかった。


 でも、わたしだって人間だ。

 辛いことは辛いし、いじめは悲しいし、苛々したり、怒ったりもする。

 なんでわたしばっかりこんな目に遭うんだろうってずっと考えてた。


 お父様、お母様。ごめんね。

 ……でもわたし、もう疲れちゃった。


 本当は二人と一緒に、わたしも死んじゃいたかったんだよ。

 故郷が滅んだあの日……

 わたしだけが生き残ったあの日から、そればっかり考えてた。


 精一杯抗った結果殺されるなら、二人も文句言わないよね?

 向こうで会ったら、なんていうかな。


 今、そっちに行くからね……。



 ──その時だった。



「邪魔だ」



 不審者さんが吹っ飛んだ。

 背中から重みが消えたわたしは呆然とする。


「大丈夫か」


 おそるおそる手に力を入れて、身体を起こした。


「あなたは……さっきの」


 わたしが道を教えて別方向に行こうとした、件のひげもじゃさんだった。

 ひげもじゃさんはわたしの手を引っ張って抱き起こしてくれる。


「あ、あの。さっきの人は……」

「心配ない。既に無力化は済んでいる」

「……今の一瞬で?」


 見れば、道の壁でぐったりしている不審者さんがいた。

 光の鎖でぐるぐる巻きにされている。この人の魔法だろうか。

 わたしはちっとも敵わなかったのに……すごいな、この人は。


「怪我はないか?」

「あ、はい……えっと、ちょっとおでこがジンジンするだけで」

「見せてみろ」


 頭から倒れたときの怪我だ。

 あまり気が進まないながらも、白色の髪をかきあげる。


(あれ……? 不気味だーとか……言わないの……?)


 何か言われるかと思ったけど何も言われなかった。

 ひげもじゃさんの髪から覗く、黄金色の瞳がわたしの額をじっと見ている。

 あの、そんなに見られるとさすがに恥ずかしいのだけど……。


「……ひどい有様だな」

「はみゅ? え、えっと、そんなに痛みはひどくないので」

「そっちではない」


 ひげもじゃさんはため息をつく。

 続けて、彼は人差し指と中指を合わせてわたしの額に当てた。


 ぽう。と優しい光がわたしの額をじんわりと温める。

 あれ? これって、もしかして……。


「私の加護を与えた。傷は治るし、二、三日は持つだろう」

「わぁ……ありがとうございます。ひげもじゃさんは、貴族なんですか?」

「ただの騎士だ」


 ひげもじゃさんは言葉少なに頷いた。

 なぜだかわたしのことをじっと見ている気がするけど……気のせい?


「なんともないか?」

「何がですか?」

「……いや、いい」


 ひげもじゃさんは顎髭を撫で、


「私はこの男を引き渡してくる。君は……」

「あ、あの。えっと、ひげもじゃさん、公爵城に用があったのでは?」

「そうだが」

「なら、ひげもじゃさんは行かないほうがいいかと……誰か呼んだほうがいいです」

「なぜだ」

「また道に迷うと思います。方向音痴さん……ですよね?」


 ひげもじゃさんは黙り込んでしまった。

 あぅ……ちょっと気にしてることだったかしら。

 そうだとしたら悪いことをしてしまった。


「ならば信号弾だ」


 ひげもじゃさんは杖を空に向けて光を撃った。

 ひゅ~……どん!

 花火みたいな光はすぐに弾けて消えるけど、どこかで警報が鳴ったような気がする。


「これで憲兵隊が来るだろう。私はここで待つから、君もさっさと行け」

「え、でも……事情聴取とかは?」

「要らん。私がいる」

「そうですか……なら、お願いしますね」


 ひげもじゃさんは頷いた。

 あんまり遅くなると料理長や侍従長に怒られちゃう。

 事情聴取が嫌とかじゃないけど、そっちのほうがわたしにとっては死活問題だった。


「それじゃあ、ありがとうございました」

「あぁ。また後でな」

「……後で?」

「こっちの話だ、気にするな」

「そうですか。では」


 よく分からないけど、もしかしたらわたしが公爵城で働いていることを知ってるのだろうか。そうだとしても、貴族みたいに加護を使えるお客様をわたしがもてなすことはないけど。シグルド様の従騎士さんかな……でもあんなにひげもじゃだし……わたしは公爵城への道すがら、空を見上げた。


「お腹空いたな……今日はパンが一個あればいいなぁ」


 いつの間にか暗雲は晴れている。

 星々の煌めく空が、なぜだか今日は眩しかった。


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