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第三話 迷子に声をかけました

 

 ロンディウム公爵領の領都アレクサンドリア。

 公爵城を中心とした円形の城郭都市は王都に次ぐ大きさだと言われている。

 領都には大小さまざまな建物が並び、中央通りにはにぎやかな市場(バザール)が開かれていた。


「えぇっと、必要なのは人参(キャロット)、小麦粉、牛乳、チーズ……あとこんなにあるんだ……発注が間違っていたのかしら」


 私はメモを片手に歩いていた。

 夕焼けの光が通りをオレンジ色に染め上げ、酒飲みたちの声が騒がしい。


「すみません、カマンベールと、カンタル、エメンタール、三つずつくださーい!」

「あいよー」


 チーズ屋のお兄さんに注文する。

 普段、公爵家の食材は発注で済ませているけど、時たま足りない食材を私に買わせることがあるから、この店の女将とは顔なじみだ。今日店番しているのは息子さんかしら。わたしのことを物珍しそうにじろじろ見ている。


「あんた、そんなに持って重くないのか?」

「え?」


 私は自分の両手を見る。食材や飲み物やらで持ち物がいっぱいだ。

 普通の女の子ならもう肩がぱんぱんで持てないところである。

 ところがどっこい。わたしは騎士の娘である。


「大丈夫です。わたし、鍛えてますから!」

「なんで魔導具使わないんだ?」

「……ちょっと壊れちゃってて!」

「そうか?」

「はい!」


 チーズ屋さんでの買い物を終え、他にも三軒ほど回って帰路につく。

 こうなるともう手の中がいっぱいで、ちょっぴり前が見えないくらいだった。


「む」

「きゃ!?」


 目の前を横切った誰かにぶつかり、わたしは後ろに倒れそうになる。

 慌てて足を踏ん張り、荷物のバランスを保ってから、前の人に問いかけた。


「あ、あの。ごめんなさい。大丈夫ですか?」

「……」


 ひげもじゃの人がいた。

 口の周りが髭で覆われていて、髪の毛もすごく伸びている。

 目元が見えないし、森から出てきたと言われても信じそう。

 それなのに騎士服を着ているからチグハグな感じがすごい。


「……」


 ギロ、と伸び切った髪からのぞく黄金色の瞳がわたしを捉えた。


「……問題ない」


 ぼそぼそと掠れるような声。

 何だろう。すごくシャイな人なのかな。

 だから髪を伸ばしているし、ちょっぴり顔をそむけているのかも。


(でもさすがに怪しい、よね。身なりをちゃんとしたらいいのにな)


 周りの人たちもなんだか怖がって遠ざかっているように思う。

 賑やかな市場(バザール)は大勢の人たちが行き交っているのに、半径五メルト以内にいるのはわたしたちだけだ。


「おい、あれって」

「あぁ。あの化け物じみた魔力、間違いねぇ……あいつだ」


 ひげもじゃさんがきょろきょろと周りを見渡すと、市場の人たちがさらに遠ざかった。彼はため息を吐き、じ、とわたしを見つめる。


「……」

「? どうかされたんですか?」

「………………いや、なんでもない」


 ひげもじゃさんは地図を持っていた。

 そこの×印が書かれているところには見覚えがある。公爵家だ。


「公爵城ならこの道を左に行って、突き当たりの坂道を上がったところですよ?」

「左…………そうか。そうだったか」


 ひげもじゃさんは頷いた。


「感謝する」

「はい……あ、騎士さん、そっちは右です!」

「……………………ごほん。こちらに用があっただけだ」

「そうですか? もう用はいいんですか?」


 右に行こうとしたのにすぐに左に回れ右した騎士さん。

 まさか右と左を間違えるわけはないし……どうしたんだろう。


「いい。あとで行く」

「はい。それじゃあ」

「うむ。それでは」

「あ、もしよかったらわたしも一緒に──」


 荷物の向こうを覗き込むと、ひげもじゃさんはもういなかった。

 ずいぶん早い。何か急いでいるのかな。

 ひげもじゃさんが居なくなると市場の活気が戻って来た。


 ドン。


「はみゅ」

「おい、突っ立ってんじゃねぇよ。邪魔だ!」

「はひ! すみませんすみません」


 わたしは慌てて公爵城に引き返す。


(今日も一日一善。ふふ。騎士の娘らしく出来たかしら)


 魔力がなく、何もないわたしに出来ることは少ない。

 でも、だからこそ何気ない日常で人の役に立てればいいなと思う。

 それが故郷も家族も失った、わたしに出来る──唯一の償いだから。


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