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第二十九話 優しいだけの悪女

 

「俺からの花束だ。アンネローゼ、一番いい杖を選ぶように」

「一番……」

「アンネローゼ、無理しなくても──」

「兄上。淑女が花を選ぶ時は黙って待つのが男の甲斐性ですよ」


 ルーク様にそう言われた時、すっごく緊張した。

 わたしは侍女で、長らく人の前に立つことなんてしてなかったし、貴族院にも行っていないから魔法の知識もない。どの杖がどんな木材を使っているのか、魔力伝導率がどうだとか、考えても分からない。どれも、綺麗だなーで終わっちゃう。そもそもわたしは魔法を使えないから、どの杖を選んでも一緒なのよね。


 だけど……

 この杖選びを上手くやったら、ルーク様とシグルド様が少しでも歩み寄れるかもしれない。罪は罪。シグルド様はそう言っていたけれど、ちゃんと罪を償ったらやり直してほしい。別に人が死んだわけじゃないし、わたしがひどい目にあっただけだし。


(わ、あれは……)


 杖を選ぶ時、ひと目でこれだと思った。

 何本もある杖のなかで一番古臭くて、ちょっとお手入れが足りないやつ。

 ボロボロだけど、それでも凛と立っているところが気に入った。


 なんだかわたしみたい……っていうのは、ちょっとおこがましいかな。

 それはともかく、使われているということは便利だということだ。

 お掃除の仕事でも使いやすい道具はすぐにボロボロになってたし。


「そちらでよろしいのですか?」


 ニ―ナ様の言葉に迷わず頷いた。


「はい。皆さんご存知の通り、私には魔力がありません。私のような初心者が高級な杖を使うなんて恐れ多くて無理です。こちらの銀の杖なんて、とっても綺麗で憧れるのですけど……」


 わたしはエスメラルダ様のほうを向く。


「こういう良い杖は、エスメラルダ様のほうがお似合いかと思います」


 なぜかエスメラルダ様は愕然としていた。


「な、なんでそれを……」


 わたしは首を傾げた。


「ロンディウム領が魔法銀の名産地なので」

「……っ」


 男爵令嬢時代に知ったことである。

 ロンディウム家は独自の魔法銀をはじめとした魔法鉱石の鉱山を持っていて、国内産出量トップシェアを誇る。魔法鉱石の加工に関するさまざまな特許も持っているから、とんでもない権勢をほこっているらしい。


 それを運営している商会を補佐することこそエスメラルダ様の仕事だ。

 なら、銀の杖がエスメラルダ様に相応しいのは道理だと思う。


(わたしはこっちの杖のほうが良いわ)


 魔力の含まれていない純粋な銀は魔除けの効果を持つと言われている。

 ロンディウム家のお屋敷でも銀細工の装飾品があって、あれを身に付けたらわたしの不幸体質も変わるかなぁなんて考えて眺めたりもした。でもシグルド様は偶然だと言ってくれた。だからもう、わたしに魔よけは必要ない。


「この魔杖競技の主催者であるロンディウム夫人こそ、銀の杖を受け取るに相応しいです」


 ね? と笑いかける。

 エスメラルダ様は頬を引き攣らせた。


 ちょっぴり周りを見ると、わたしの意見に会場の皆様も同意してくれているようだった。


「確かに、エスメラルダ様なら納得だな」

「銀の杖に相応しい『華』もある。いいんじゃないか」

「元男爵令嬢だけあって見る目がある」


 ぶふッ、と誰かが噴き出す。

 ニ―ナ様だった。

 わたしは目を見開く。


(え?)


 嘘、シグルド様も? お顔を背けてらっしゃるわ!

 何がそんなに面白かったんだろう。別に笑うようなことじゃないと思うけど。


「……ごほん」


 そんなわたしの気持ちが通じたのか、シグルド様は咳払いした。

 居住まいを正し、挑戦的な視線をエスメラルダ様に向ける。


「素直に受け取ればどうだ、公爵夫人」

「……シグルド様」

「それとも何か、受け取れないような理由があるのか?」


 え? そうなの?


「そういう、わけでは」


 エスメラルダ様は素早く視線を走らせた。

 ううん、そんなに銀の杖が嫌だったのかしら。

 だけど最終的には頷いた。


「あ、ありがとう。アンネローゼさん。ありがたく受け取るわ」

「はい!」


 よかった。上手くできたみたい。

 シグルド様のほうを見ると、彼は「よくやった」と小さくお口を動かして頷いた。


 えへへ。褒められちゃった!





 ◆◇◆◇





「アレはお前の仕込みか、シグルド」


 嬉しそうに杖を取るアンネローゼを見ながら、ニ―ナ。

 シグルドは首を横に振った。


「俺は何もしていない。加護を与えていたから危険はないと判断した」


 巧妙に隠してはいたが、銀の杖には魔法が暴走する仕組みが組まれていた。

 既に魔力は充填されており、アンネローゼが杖を振るだけで暴発しただろう。

 おそらく死傷者出るほどの、かなりの殺傷能力がある形で、


「なら、アンネローゼ嬢はそれを見抜いたと?」

「おそらく違うだろう。本人の言葉通りだ」


 本心でエスメラルダに銀の杖が相応しいと思ったからだ。

 魔力伝導率が低いスギの杖を選んだのはも同じ理由だろう。

 百パーセントの善意で、彼女は罠が仕掛けられた杖をエスメラルダに渡したのだ。


(エスメラルダの狙いは分かり切ってる。アンネローゼを使って私の評判を落とし、ことを大きくしつつ、ロンディウム一族の中で自分たちの地位を確立しようとしたのだろうが……)


 残念ながら、アンネローゼには通じなかった。

 何の力も持たない、彼女の善性に悪意は打ち砕かれた。


(とはいえ、危険がすぐそこにあるのに気づいていないのも問題だな)


 自分の加護を授けてあるから危険はないとはいえ……

 万が一魔力抹消の異能持ちが彼女に近付いて危害を及ぼさないとも限らない。

 出来れば彼女にはこういった危険から縁遠い位置に居てほしい。


(今後は魔法の知識も教育したほうがいいか……?)


「……あの無邪気さが怖いよ。彼女が悪女と呼ばれないか心配だ」


 ニ―ナがしみじみと呟いた。

 シグルドは「分かってないな」と口の端をあげた。


「ああいうところがいいんだ」




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