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第二話 耐え忍ぶ

 

 アンネローゼ・フランク。

 それがわたしの名前だ。

 魔法大国ハルルカ王国の東ノルマン地方を治める男爵家の娘……だった。


 両親は二人とも災魔(レギオン)を討伐する魔法騎士で類まれなる魔力を持っていたから、子孫にも国に貢献することが期待され、貴族の地位を与えられた。男爵領は決して豊かではなかったけど、二人は一生懸命領地を治めて、領民からの評判は良く、王の信頼も篤かった。このままいけば男爵の身で近衛騎士に昇格するのではないかと言われていたくらいだ。


『トロイの悲劇』が起きるまでは……。

 あの悲劇が起きてからわたしは故郷も両親も、何もかもを失った。

 王家はわたしから男爵の後継者の資格を剥奪し、領地は取り潰しとなった。


 それだけじゃない。

 わたしの行く先々で事件や事故が多発し、災魔(レギオン)が出没するようになった。

 それ以来、社交界ではわたしのことを『災魔(レギオン)の娘』と呼んでいるらしい。


 侍女という身分を得てからも、わたしを揶揄する声は絶えない。

 行く先々の職場で色んな目に遭ってきた。


「あら。また粗相したのね、アンネローゼ」

「お疲れ様です。先輩方」


 今、奥様の部屋の前にいる同僚たちも大勢のうちの一部だ。


「奥様のお部屋も開けられないの? アンネローゼ」

「侍女失格じゃないかしら」

「扉も開けられないって。赤ん坊か何か?」

「仕方ないわよ。魔力がない能無しなんだから。そんなにからかうものじゃないわ。ねぇ?」

「……」


 そう、わたしには生まれつき魔力がない。

 魔力とは人間が生まれつき持つ生命エネルギーのようなものだ。

 自然のマナと統合してなんとかかんとか……わたしには関係のない話だけど、とにかく、魔力というのは生活に浸透しているほど大切なもの。何かしら便利な道具を使おうと思えば必ず魔力が必要になるし、魔法が使えない人間なんてありえない。


 ……わたしを除けば。


「まだ仕事が残っているので、失礼します」


 しょうがない、そんな風に生まれちゃったんだから。

 この人たちがわたしを虐めたくなる理由は分かるし、実際、彼女たちの仕事の足を引っ張っている自覚はある。ここで働かせてもらっている以上、甘んじで受ける覚悟だ。


「あ、じゃあこれもお願いできる?」

「え?」


 先輩の一人が洗濯物がいっぱい入った籠を手渡してきた。

 ほのかに漂う、薔薇の香り。

 風呂場の洗い物かな。

 こういうのは風呂場係の仕事のはずだけど。


「ついでにこれもお願いね」


 ぼとん、と小汚い布がバケツの中に落とされた。

 さっき水を替えたばかりなのに……。


「何よ、その不満そうな顔は」


 ぱちん。

 同じ侍女なのに、あかぎれもない綺麗な手が頬を叩いた。


「私たちはシグルド様をお迎えする準備に忙しいの。あんたみたいに何も出来ない人間に仕事を割り振ってるだけありがたいと思わない?」

「シグルド様、って」


 さっきエスメラルダ様が言ってた……。


「ルーク様のお兄様に決まってるでしょ。冷酷非道で血も涙もないって噂だし、ご機嫌を損ねたら私たちの首なんて飛んでいっちゃうんだから。大事な仕事は先輩に任せて、あんたは後輩らしく雑用でもしてればいいわ」

「……はい、分かりました」

「あ、そうだ。終わったら買い出しもお願いね」

「もちろん。あんたが溜めてる仕事もするのよ」

(どれだけ仕事を振るの!?)


 思わず悲鳴をあげそうになったけど、どうにか堪えた。

 屋敷全体の掃除にお風呂掃除、洗濯物、買い出し、魔道具の手入れ、その他色々……。既にお仕事を割り振られているのに、これ以上一人でこなすなんて出来っこない。


(はみゅ……でも逆らったらクビにされちゃうし……)


 わたしは頷く以外出来なかった。


「分かりました。頑張ってくださいませ、先輩方」


 にこやかに返事をしておく。

 波風立てたら余計に嫌がらせが増えるだけだし、わたしは魔力のない厄介者だ。

 先輩の言葉通りとは思わないけど、仕事が貰えるだけありがたいと思わなきゃ。


(それに……考えようによってはラッキーだわ)


 ロンディウム公爵家で働き始めてから三ヶ月。

 当主のルーク様に迫られたのはこれが初めてだけど、今後もないとは言い切れない。今はそっと距離を置いたほうがいいだろうし、口実が出来たという意味ではラッキーだ。


(頑張ろう。負けるな、わたしは騎士の娘なんだから──)



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