7話 初めての家族旅行
(まぁ!まぁ!まぁ!!素敵ですわ!!)
昼食だけはしっかりと摂ったジェスに連れられ、オーラン家を出発した馬車の中。
猫のミーアは、カミラのお膝の上に置かれたカゴの中で、お父様との初めての旅行に胸をふくらませていた。
カミラがカゴに大きな布をかけてくれたので、取っ手の膨らみからこっそり頭を出す事が出来たミーアは、馬車の窓から王都の賑わいを眺めていた。
(こんなに沢山の人がいたなんて!まあ、あれはお店かしら?食べ物って、こうやって売っていたのですね!)
ミーアは見たこともない外の様子に大興奮。
昨日の外出は夜だった為、ミーアは事実上、これが生まれて初めての旅行だった。
(すて……き……はぅ)
しかし、体の軽いミーアはカゴの中でポンポンと揺らし続けられ、気分が悪くなってしまう。
「ミャー……」
「おい、そいつを黙らせろ!耳障りだ!」
ジェスが怒鳴る。
気持ち悪さからついつい出てしまった鳴き声が、お父様の気に触ったようで、慌ててカゴの中で丸くなるミーア。すると今度はコロコロと転がってしまう。
カミラが心配そうにカゴを覗いた。
「大丈夫?ミーア」
「ミャー」
(大丈夫ですわ!)
必死に爪を立てカゴの底にへばりつくミーア。
「次、鳴いたらカバンに詰めるぞ!覚悟しておけ!」
死んじゃうじゃん、それ。
ジェスの本気の言葉にカミラは眉根を寄せた。
それからも揺らされることしばし。お日様が傾き始める頃、ようやく馬車は止まり、御者が王都の外門に着いた事を知らせて来た。
「旦那様。今日はもう外に出んほうがいいらしいです。魔物の群れが近くまで来ているらしいんで」
ジェスはチッと舌を鳴らすと、いいから出せ!と御者を急かす。しかし、次には王都の門を守る衛兵が馬車の窓を叩いた。
「クソっ忌々しい」
守衛に言った言葉を、魔物への罵倒だと捉えられた人の良さそうな守衛は「まったくだ」と眉をひそめ、ジェスに戻るように伝える。だがジェスは、すぐ近くに、先に進もうとする馬車があるのを目ざとく見つけ、指さし言った。
「何故あの馬車は止められんのだ?」
「え?ああ、あれはこれから野営地に行き、騎士団の飯の支度やら医療行為やらする騎士団管轄のものですわぁ。あれが出るとは、騎士団も苦戦していなさる様ですなぁ」
「ふん!我々から巻き上げた金で贅沢に暮らせておるんだ。もう少しマシな働きをして貰わんとな」
ジェスのその言葉に、守衛は卑下るような笑みをみせると、野営地へと命懸けで赴く者たちに激励の言葉をかけにゆく。
その背中を見たジェスは、すぐに行動を開始した。
カミラの膝の上からカゴを引ったくり、走り出そうとするその馬車の荷台へと投げ込んだのだ。
「ミーア!!」
こんな時だけ素晴らしい素早さを見せるジェスを追い、慌てて馬車から降りようとするカミラ。
だが、ジェスはカミラを張り手ひとつで黙らせ、馬車の中へと蹴り込んだ。自分も直ぐに馬車に乗りこむと、きっちり扉を閉める。
「出せ!!戻るぞ!!」
御者はその剣幕に慌て、馬にムチを入れた。馬車は方向を変え、街へと戻る。
馬車の中、カミラの頬を叩き、黙らせる事数回。馬車の床に這いつくばって啜り泣く赤毛を気分よく踏みつけると、ジェスはスッキリとした気分で今日の宿を探すのだった。
◇◇◇
魔王も住むと言われる月海の森。
その鬱蒼とした森とノースティアラ王国との境に小さなその町はあった。
宿場町デルべルシア。
馬車で半日程のその町は、王都を訪れる者の最終停留所として、10建ほどの宿屋を中心に、ごく最近までは、かなりの賑わいを見せていた。
だが、度重なる魔物の出現に恐れ、旅人は減る一方。追い討ちをかけるように森から魔物が溢れ出たとの報告で、町の住人の殆どは町を捨て、残った数人の住人も皆、避難を余儀なくされていた。
まるで廃墟のようになった町に、王宮騎士団はこの数日停留していた。
「すまない、来るのが遅くなってしまって。皆、大丈夫か?」
フィンとルービーは副長オルスからの応援要請を受け、すぐに用意された馬に乗ると王都をでた。だが、間に合わなかったのか、隊はデルべルシアに戻って来ていた。
軽くレンガを積み上げただけの防壁の中、疲れ、レンガ道にだらりと座る団員の中には怪我をしている者も多い。
副長オルスの話では、騎士団は街道付近に現れた大量のオオカミ型の魔物を討伐していた。すると、突然魔物が肥大化し、暴れだしたという。呼び寄せられるかのように更に魔物は増え続け、小隊ひとつじゃ手に余ると、王都に早馬を走らせ、騎士団総隊長を呼ぶ事態となったようだ。
「総長――!俺らは大丈夫だ。奥を見てくれ!」
顔馴染みの兵が町の中心を指す。
これで大丈夫と言えるか?
フィンとルービーは視線を合わせると馬を降り、怪我人の様子を見ながら隊長を探した。
町の中心地、噴水を囲む広場の横。
本部として借りている宿屋の前に古参の隊長は蹲っていた。フィンらに気付くと、そのまま力なく片手をあげる。
「総長、申し訳ない!本当なら俺らだけでどうにか出来たものを、ちと手こずっちまって」
どうやら立てないらしい。
「足と腕をやられたか……手当は?」
駆け寄るフィンの言葉に隊長はハハハと笑った後、キリリと顔を引き締める。
「応急処置は済ませた。……ルービーもすまんな」
「構わん。お前らが死ぬと困る」
ルービーは、隊長の足に手を当て、ないよりマシだ、と苦手な回復魔法をかけながら、ため息をついた。
(本当はちっとも構わなくはないがな……。だが、自分のせいでこいつらが死んだとなると、きっと優しい美亜は悲しむだろう)
ルービーはそうやっていつも、全ての事に手を抜けず、真摯に耳を傾けてしまうのだ。
眉を顰めるルービーに、隊長はふっと顔を和らげると、隣で膝を着く庶民派の王太子に報告を始めた。
「だいたいはオルス副長から聞いてるだろ?急に魔物が増えてな。それも統制の取れた動きで襲ってきおって、こっちを分断してきたから、逃げ帰るしか無かった。不甲斐ない」
「よく逃げられたな。あいつらは最近、人間を餌だと思っている節がある。厄介だ」
「ああ、死人はでてない。……運が良かった。森の方に何かあったのか……多分、あれは魔王だな。気まぐれに現れおって!」
隊長は地面を蹴る。
「魔王……」
苦しげに呟くルービーを訝しげに見ると、フィンは隊長を労う様に背中を叩いた。
「大変だったな。今日は直ぐに休めるよう、手伝いを呼んだ。治療師も来るから安心しろ。明日は一旦王都に帰還するぞ」
「ありがてぇ……」
今日はちゃんとした飯が食える。
隊長は安堵の声をあげた。
日暮れは近い。
フィンが負傷した兵に労いの言葉をかけて回っている横で、ルービーは、吸い寄せられる様に森を見つめていた。
「統制……。そんなの出来るのって、あいつしかいないだろう」
(フェリベール……お前なのか?)
魔王フェリベール。
勇者の自分がこうして転生したように、彼もまた転生したのだろう。しかし、過去二回の似て異なる世界での遭遇では、彼は魔物を率いて人間を襲うような奴ではなかった。