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6話 執事たちの思惑

 話は少し戻り――舞踏会の次の日の昼前の事。

 ジェス・オーランは執事アルバートによって、文字通り叩き起された。

 

「何事だ!!儂が眠い事くらい、鈍い貴様でも分かるだろうがっ!!」

 ジェスがベッドに横になったのは明け方近く。それを数時間しか経ってないこんな時間に起こすとは!万死に値する!と、ジェスは執事に枕を投げつけた。

 

 アルバートはそれを軽く受け取ると、ピシリと言い渡す。

「旦那様。申し訳ございません。スタンリー家の使いの者がいらしております。何時でもいいと仰られたのですが、陽の上がる前から待っている者をこれ以上待たせるのも失礼かと思いまして」

「スタンリー家……昨晩からだとぉ!?何故、もっと早く起こさん!!」

 ジェスは跳ね起き、客間へと急いだ。


 オーラン家で最も豪華な客間で待っていたのは、仕立ての良い執事服を来た、無愛想な使者様だった。

 ソファーには座らず、外を眺めていたらしい彼は、暑くもないのに汗をかきながら部屋に入って来たジェスに、鋭い流し目を送ると、ソファに座り長い足を組んだ。


 ジェスはこの不躾な使者の前に座ると、大量の汗の染み込んだ、ぐるぐると固そうな髭に埋まる丸顔を向ける。

「お待たせして、大変申し訳ない。スタンリー公爵様の従者の御方とお聞きしたのですが……?」

 オレンジ色の髪を後ろに撫で付け腕を組む執事は、どう見ても20代前半の若者だった。

 

(この男、ベテラン風に見せてはいるが、まだ若そうだ。これなら相手にできるだろう)

 ジェスは少しだけ胸を撫で下ろす。だが、男の態度は威圧的で隙がなかった。

 

「スタンリー家筆頭執事、グレソンと申します。お時間を取らせ申し訳ございません、オーラン殿。早速ですが、まずはこれを」

 そう言い、グレソンは、かけていたメガネをクイッと上げ、どう見ても申し訳なさそうではない態度で、持ってきた包みを、テーブルの上に置いた。

 同時にオーラン家執事の手がスっと伸び、邪魔なティーカップが横に引かれ、包みが開かれる。

――執事アルバートとグレイソンの視線が絡む。

 

(飲み物の出てくるタイミングといい……オーラン家執事……デキるな)

 グレソンはその一瞬で頭を巡らせる。

 

 こんなにデキる執事がいると言うのに、何故か、この屋敷の扉は全て半開きだった。この部屋の窓も然り。まるで、猫が自由に出入り出来るようにと、気を使われているかのようだ、と。


 一方ジェスは置かれた包みを見て、冷や汗を流していた。その包みにくるまれていたのが、女性物の靴だったからだ。

「……これ……は?」

 グレソンはジェスに、視線を戻す。

「ミーア嬢にこれをお返しする様にとルービー様より賜りました。更には、御伝言を。――直ちに話し合いの席を設けてくれ、との事。私は都合の良い日を聞くまで帰って来るなと言われ、今の、今まで、待たせて頂いた次第でございます」

 

 ひっ……ミーアめ。靴を投げつけるとは!決闘を申し込む様な真似を!

 これは、いよいよヤバくなったとジェスは頭を抱える。

 それを量るように無表情に眺めたグレソンは、

「所で、ミーア嬢と、今、お会いすることは可能でしょうか?」

 と、ほんの少し体を乗り出した。

 

 グレソンの主、ルービー様は、昨晩ミーア穣を見た途端、冷静さを欠き、攻撃を仕掛けたと言う。その場にいなかったグレソンは、ミーア穣が一体どのような娘なのか、1度見て確かめたかった。

 

「い……いや。昨晩は遅かったから、まだ起きてはおらぬだろう。今から支度となると……」

 ジェスは目を泳がせる。果たして今ここに子猫を差し出したら、自分の首は無事に着いているだろうかと。

 

「待たせて頂いても?」

「……え?」

 オーラン伯爵は滴る汗を更に量産した。

 ほぉ――なるほど、都合が悪いという訳かとグレソンは目を細める。

 

 先の調査で、オーラン家が月下の乙女を持つもののみが受けられる国の補助を、長年受け取っているは分かっていた。だがミーアなる娘が社交界に顔を見せた事はない。加えてこの屋敷には猫の気配がある。

 ミーア穣は昼間、この家で猫として生活している可能性が高い。


 魔物に襲われるようになって4年、国力が落ち、国全土が不景気の波に飲まれようとしているこの頃、月下の雫を買い与えない貴族が出てきているのは仕方ない事だと思う。でも、だからこその国の補助金だ。

 補助金を受け取っているにも関わらず、月下の雫を買い与えないとなると、それは不正行為だ。

 

 だが、そうせざるを得ない程……娘が恐ろしく凶暴だという事なのだろか。このイノシシのような男の娘だ、どのような猛獣なのか……!

 グレソンの想像は膨らむ。

 

 ――父がスタンリー家執事であった為、ルービーとは兄弟の様に育ったグレソンは知っていた。

 いかなる時も冷静なルービーだが、舞踏会から帰宅し、闇雲にミーアと言う娘について調べた後の彼は、どこか夢を見るような、恐ろしい笑みを浮かべていた。

 そう、これは……。

 ルービー様が骨のある敵を見つけた時に見せる表情。

 ルービー様はミーア穣を敵と認識しているに違いない。ミーア穣にどのような危険性があるのかは分からぬが、余程恐ろしい伯爵令嬢に間違いない!

 

 グレソンは盛大な勘違いをしていた。ルービーは人嫌いになってから長い間笑う事がなかった為、顔面の筋肉の使用方法に若干の支障をきたし……上手く笑えなくなっていたのだ。


「これ以上お待たせする訳には!そ……それにですね、本日はこれから出掛ける予定がございまして……」

 グレソンの想像は他所に、ジェスは必死で逃げ道を探していた。

 

「今から、ですか?」

「え……ええ。上の娘に子が出来まして、妻は様子を見に先方の屋敷に滞在しておるのですが、そろそろ迎えに行かねば……」

 嘘ではない。ただ、それが1ヶ月後の予定だっただけで。

 オーランはミーアを捨てたい一心で、予定を前倒しにした。

 

「ほう、それにミーア嬢もご同行する予定ですと?」

 娘を逃がすつもりか、とグレソンは家族という厄介な絆に眉間に皺を寄せる。

「え、ええ!ミーアも……勿論ですとも!」

 ジェスは大きく頷いた。

 それを見、グレソンは腕を組む。

 

 確かに、上の娘に子が出来たという事実は調査により確認済み。だが、その嫁ぎ先は王都より3日はかかる距離。旅支度をしている様子もないし、出発するには些か遅い時間だろう?

 

 しかし、こう言われてしまえば、悔しいが、引くしかない。

 グレソンはため息をつくと、スーツの内ポケットから予定を書き入れるであろう大層なノートを取り出す。


「では、王都に戻られてから、という事で。帰宅は何日のご予定で?」

「は……20日後になります。まだ延びる可能性も……」

 グレソンのこめかみがピクリと動く。

「では、きっかり20日後にまた来させて頂きます。ええ、帰っておられなくても問題ありませんよ。外の馬車で、い、つ、ま、で、も、待たせて頂きますから」

 

 ひえ――!!

 ジェイクは逃げられない事を悟った。


◇◇◇


「ミーアは何処だ!!連れてこい!!」

 スタンリー家の馬車が門から離れるのを窓から確認したジェイクは、腕を振りアルバートを急かせた。

 何がなんでも今日中に、捨てに行かねばならんのだと。

 

 アルバートは頭を下げながらも、ミーアの危機を感じ取り、何とか出来ないかと考えを巡らせていた。扉や窓を少し開け、お嬢様が薬も与えられてない可哀想な猫である事を暗に主張したのも彼だった。

 気付いて貰えただろうか……。いや、今は急ぎミーア様を隠さねば!

 

「お父様!今のはスタンリー様の馬車ではなくて!?」

 だが、ノックもせず飛び込んで来るプリシラ穣。その腕の中には、白い子猫がしっかりと抱えられていた。

 なんだかんだと言いながらも、プリシラは猫が好きなのだ。それが姉のミーアだという事に結び着いていないのは残念だが。

 

「それをかせ――っ!!アルバート、カゴを持て!!」

 プリシラの腕の中でウトウトとしていたミーアは、ジェスの毛むくじゃらの手で乱暴にひったくられ、あっという間にカゴに詰められてしまったのだった。

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