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4話 スタンリー・ルービーは誤魔化したい

「ルービー。お前、昨夜、何をしたのか覚えているかい?あの舞踏会は君のお相手を探す為のものだったんだよ?お前が、月下の乙女にしか興味ないって言うから国中の乙女を集めさせたと言うのに……」

 王太子フィンは、自身の執務机の前に、幼なじみでもある宮廷魔術師のルービー・スタンリーを立たせ、説教していた。

 

「はい。何か問題でも?」

 ルービーは美しい銀糸の髪をサラリとかきあげると、アイスブルーの瞳で、目の前で面白そうにニヤけるフィンを不満げに睨んでいた。


 フィン王子は自分と同じ17歳でありながら、既に国の軍を任されている切れ者だった。

 見事な金髪にトパーズの瞳。天使的な容貌である彼は、王太子であるのにも関わらず、剣の腕と人望で騎士団長の座を手にしていた。

 

「会場に着いた途端、いきなり衛兵相手に大暴れしたそうじゃないか」

 フィンの言葉にルービーは目を泳がせた。

「……気のせいです」

 ルービーは正直過ぎて、誤魔化すのが恐ろしく下手だった。

 

 ミーアという娘に乱暴した近衛相手に、ひとしきり大暴れした後、我に返ったルービーは、ひとまず心を落ち着かせる為、何事もなかったかのように舞踏会に参加した。

 だから、問題はなかったはず。

 

「気のせいだと?……まあ、あれは演習という事で片付けたからいいけど。その後、庭園の隅で猫の泣き真似をしていたと聞いたぞ?」

 

 ルービーは落ち着きを取り戻した後、どうしてもあの娘の事が気になり、城中を探しまくった。

 しかしその時には、既にあの娘の姿はなく、庭の片隅で自分の愚かさに咽び泣く事となった。

 

 夜明け近くまで、みあみあ……と泣く、我が国最強の魔術師に、うるさいと注意できる者など、誰もいなかった。

 

「あれは……演習です」

 さっきそう聞いた気がする。そう思いながら、ルービは必死に誤魔化した。

「何の!?……まあいい。で?何があったか、僕には教えてくれるよね?」

「それは……」

 

 ルービーには前世の記憶があった。

 その一番古い記憶の中に、美亜はいた。


 

 ルービーのその時の名は渉。

 病床でおぼろげな意識の中、渉は美亜が猫になったのではないかと、疑っていた。何故なら、美亜が姿を消したあの日から、ずっと窓の外に、その白猫はいたから。

 でも、体は動くことなく病に蝕まれ、渉は天に召され……そして、女神様に出会う事となったのだ。

 

 渉は美亜との再会に全ポイントを使うと言い、女神様は渉のその希望を叶える条件を、時空の魔女を倒す事とした。

 時空の魔女、リリファの悪事が目に余っていた女神様は、本人のたっての希望もあり、渉を魔女退治の勇者として転生させる事にしたのだ。

 

 しかし、美亜は、なかなか転生しなかった。

 その為、渉は何度か転生を繰り返していたのだった。

 勇者の基本スキルなのか、ポイントアップに加え、女神の祝福で、有り余る魔力を持って生まれ変わった渉は、これまで2度転生していた。

 

 だが、リリファを追い、勇者としてこのファンタジー世界に放り込まれた渉だったが、過去の転生では美亜は見つからないし、派手な動きのない魔女は、見つけるのに大変苦労した。見つけても、魔女はすぐにトリップしてしまう。

 さらに渉の頭を悩ませた問題は、世界に勇者と魔王がセットで配置されてしまう事だった。

 

 1度目の転生では、美亜と魔女を探す旅をする道すがら、魔物を倒して生計を立てている内に、勇者である事がばれ、人々に討伐を渇望され、仕方なく魔王と戦う事になり……相打ち死亡。

 2度目は、再び復活した魔王と対峙するも、魔王も転生者だったと知り、このまま退治してしまうのもどうかと思い直し、前世の一方的な攻撃を謝罪。

 打ち解けた所で、今度は、円満解決を理解出来ない人間の手にかけられ……死亡。

 

 渉は、すっかり人嫌いになってしまった。

 

 その事は渉にとっては些細な変化だったのだが、今世の親友はそう思ってはくれなかったらしく、迷惑にも、自分の為にこの役職を与え、更にはお相手をも探そうと頑張ってくれるのだ。

 

 だが、ルービーにとってもフィンは唯一とも言える大切な友人だ。自分の全てを話し、頭がおかしくなったのではないか、と疑われるのは耐えられない。

 だが、黙っていることも出来なくて。

 ルービーは探している人がいる事。それが月下病患者である可能性が高い事を、ポロリと吐いたのだった。

 

 結果、国あげての大舞踏会がセッティングされ、ルービーは、王太子によって用意されていた騎士団の衣装を着せられ、ギラついた令嬢達の中に放り込まれたのだ。

 


「なあ、ルービー。もしかして見つかったんじゃないかい? お前には世話になっているし、教えてくれたら手を貸すよ? かなり取り乱していたようだし、ろくに手も打ってないんじゃないか?」

「その事でしたら心配ご無用です」

 

 立ち直ったルービーに抜かりはなかった。

 招待客名簿を調べ、ミーアという娘がオーラン伯爵家の娘だと分かると、すぐに、スタンリー家で最も有能な執事に面会を打診するよう、指示を与えていた。

 

「え――。そうなの? ちゃんと贈り物はしたかい?そうだな、今度はお茶会でもひらこうか?……夜の特別なお茶会も悪くないね。ふふっ、そういえばオリバー家の娘も月下の乙女だったね」

 フィン王子は、思案する。

 

 この度の舞踏会では、月下病患者の人権を守るその働きかけに、フィン王子の人気が爆上がり。第1王子ではあるが、妾の子供であるフィンは、実力主義であるのこの国の、国王の地位に、また1歩近づいていた。

 

「オリバー家は魔物討伐への理解度が低く、兵を出すのを渋ってますしね。娘のためとあらば、大人しく従うようになるでしょう」

 フィンの隣で次の討伐支持を待っていた、騎士団副隊長オルス・ローエンも厳つい顔で頷く。

 

 しかし、ルービーは口をパクパクし、顔を青くしていた。

「贈り物……そうか……」

「え?ルービー、まさか君、恋文のひとつも送ってないなんて事、ないよね?」

「恋文……」

 ――しまった!

 

 ルービーは確認を急ぎたいが為に、業務的な対応になってしまっていた事に今更気づいたのだ。

 何たる失態。これは急ぎ面会を果たし、その後、とびきり甘やかしてあげるしかない……ふふふ。

 先ずは休みだ。と、ルービーはニヤけた顔をそっと手で隠すと、フィンに向き合う。

 

「その……生涯を共に生きたい女性が見つかりましたので、少しお休みを頂けませんか?」

 ルービーは柄にもなくちょっと照れながら、いきなり休み希望を出した。

 

 ルービーの脳内では既に、美亜と手を取り合い、憎っくき時空の魔女を打ち倒すというハッピーエンドが、お花畑バージョンで展開されていた。

 

「「……え!?」」

 しかし、目の前の王子は、驚きに瞳をカッ開いていた。

 

 ルービーが不定休を申し出た事など、今まで1度もなかった。結婚云々という前に、浮いた噂すら耳にした事もない。探し人も、淡い一目惚れか何かだと思っていたのだ。

 

 フィン王子は驚きに、持っていたティーカップを落とし、側に控えていたお堅い副騎士団長は、脇に抱えたヘルムを落とした。

 

 室内の異変に気付いた、近衛兵が部屋に駆け込み、部屋の外で次の謁見を待っていたヨボヨボの老神官が、非常事態かと慌て、腰を抜かした。


 最強の魔術師様が何かに取り憑かれたらしい!

 

 ルービーはあれよあれよという間に、聖女の住む神殿へと連行されて行ったのだった。

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