エピローグ
今日はミーアの学園入学の日。
ミーアは学園長様の来客室のソファーにちょんと座り、プルプルと震えておりました。
お向かいには、学園長のディディエラ様が、ものすごい眼力でミーアを上から下までミーアをスキャンしております。
「ミーア・オーラン……一応そう言う事になってるのですね。分かりました。では、ここではミーアさんと呼ばせて頂きましょうか。ミーアさん、少々信じかねますが、この書類に書かれた年齢からすると、高等部1年となります。しかし、学力検査では、ほぼ0点。まさかとは思いますが、字が読めないのでは?」
ミーアは緊張でカチンと凍りついてしまい、声が出てきません。
でもそこは、ミーアの隣に座る見目麗しいご婦人が、落ち着いた様子で弁護してくださいました。
「ミーアは読めないのではなくて、書けないのです。ついでに言いますと、検査そのものの意図を理解しておりませんわ。その辺を詳しく教えなかった、試験官の説明不足ではないですか?」
このお方はフィン様の母上エレ様。ルービー様の口利きでミーアの後見人を申し出てくださった、とても頼もしいお方です。
エレ様の指摘に、ディディエラ様の眉がピクリと動きます。
「試験官は私です。分かりました、アルビーの推薦でもありますし、入学は認めましょう。しかし、まずは文字の練習を。初等部からですね」
しかし、エレ様は頷きません。微笑んでおられますが、目が笑っておりませんの。ミーアは冷や汗が出てまいりました。
「初等部!?高等部からで問題ありませんわ。ディディエラさえよろしければ、フェリベール様がミーアの個別授業をしたいと申し出ておりますの。ついでに、他の子供の授業も見てもいいと……」
「フェッ……フェリ……」
フェリベール様の名前が出た途端、何故かディディエラ様が取り乱し始めました。まるで少女の様に頬を染め、口に手を当て目をうるませております。
「フェリベール様ですって!?……キャ――ッ!!なんて事!テラに知らせなきゃ!!」
しかしエレ様は、とても冷静にディディエラ様を見ておられました。
「……テラ?どなたですの?」
その言葉に、ディディエラ様はハッ!と正気に戻られ、ピシリと姿勢を正しました。
「テラは同じ趣味を持つ友人です。……失礼致しました。仕方がありませんね。では、高等部1年からで。それでは学科は?何か得意な事は何かございますか?」
ミーアは背筋を伸ばし答えます。
「お掃除ですわ!後はおまじないを少々……」
「なるほど」
ディディエラ様は明らかに残念そうな顔をされました。
「清掃は勉学とは一切関係ありません。おまじないとやらは、どういったものでしょうか?手短に説明を」
どこか投げやりです。
すると、エレ様は得意気に、ミーアの背中を押しました。
「ミーア、見せて差し上げて。その方がよく分かって頂けると思います。……そうね、私を元気にして見せてちょうだい」
「はい!」
ここでエレ様をガッカリさせる訳にはいきません。ミーアはすぐに手の中にお花を咲かせると、エレ様に差し出しました。
それを見たディディエラ様は、また、何かに取り憑かれたように、1人であたふたとされ……。
「ちょっ、ちょっと!!何それ!?……コホン。失礼いたしました。ミーアさん、後でその花を提出する様に。え?ちょっと待って、まさかそれってこの間の、浄化魔法の結晶……キャ――!!」
気が付けばミーアは、促されるがままディディエラ様より支給された制服に、袖を通しておりました。
「ミーア、良かったですわね。フィン達と同じ校舎ですわよ。でも、学科は別になってしまいましたね?」
来客室を出てすぐ、自分の事の様にはしゃぎ始めるエレ様に、ミーアはとても誇らしげに答えます。
「はい!エレ様、今日は本当にありがとうございました。特別専門学科ですって!何をする学科なのでしょうか?」
「そうね。国家機密を隠蔽する為の学科じゃないかしら?フェリベール様が顧問ですし、楽しみですわね」
その時、廊下の向こうから大きく手を振るお二人のお姿が見えました。フィン様とルービー様です。
後ろに沢山のファンを連れてのご登場に、お二人の人気の高さを感じずにはおられません。それも仕方ありません。お二人ともお仕事帰りの騎士団の制服姿ままで、とても神々しいのですから。
「ミーア!!その制服!無事入学出来たんだね?おめでとう!」
フィン様はそう言い、ミーアに駆け寄り、頭を撫でて下さいました。ルービー様も可愛いと頷いて下さり、ミーアはとても嬉しくなります。
「はい!フィン様、ルービー様。ありがとうございます」
「学科は何学科かな?」
フィン様の問いには、ルービー様に抱き込まれたミーアの代わりに、エレ様が答えて下さいます。
「高等部特別専門学科の1年生ですわ。ディディエラは余程フェリベール様がお好きのようね」
「特別専門学科?また増えたのか……あ、母上。まだいらっしゃったのですね?」
「まあ、我が息子はつれないのね。でも、来て良かったわ。とても面白いものが見れたのよ?」
フィン様がエレ様に軽口を言うのは、とても微笑ましい光景です。
それから皆で図書館に隣接する学生カフェに移動し、1番端っこの小さなテーブルを囲みました。
「エレ様、突然の申し出を受けて頂き、ありがとうございました」
ルービー様が改まってお辞儀をすると、エレ様は気さくに微笑まれます。
「ええ、お易い御用よ!でも、どうしたの?オーラン家が御家硬直だなんて」
「ああ、それは自業自得なんだけど、思いの外、早くてね。グレソンも予想外だったらしくて……」
そう言い、フィン様はルービー様に目配せされました。ルービー様は何故か、ミーアをお膝に乗せて両耳を塞ぎました。
「グレソン?スタンリー家の執事様ね。ふふっ、あの子、何やったの?」
オーラン家ジェスは、ミーアを売った事により、毎月100万ルークスを手に入れる事となった。毎月、まとまった収入がある!ならば、少々使い過ぎても問題だいないだろう。オーラン家の面々は喜び勇んで金を使いに使いまくった。
だが、その数日後、スタンリー家より、資金援助打ち切りの手紙が届いた。理由は、ミーアの資産に手を出した為。
ミーアに資産など無いと言い張るジェスに、グレソンに言い放った。
「ミーア様はルービー様より贈られた衣服や宝飾品について、全くご存知ではありませんでした。そして、それらを、オーラン家ご令嬢、プリシラ様が身につけていらっしゃっるのを、先日確認致しましたので、今回の処置とさせて頂きました……ざまぁみろだ」
グレソンの言葉に、ジェスがガックリと項垂れたのは言うまでもない。
「あの子、本当に面白い子ね。ところで、今日はアルビーが国の主だったもの達を集めたようですけど……森の中に新たに出来つつある魔物という生態系の事かしら?」
「いえ、それは冒険者たちが喜んでいますので、そのままに。実は昨日、私宛に手紙が届きまして……」
昨夜、フィン宛に届いた手紙は副隊長オルス・ローエンからのものだった。中には3枚の紙が入っており、その事について、本日、王を交えての臨時会議が開かれたのだ。
オルスは、彼らしいきっちりとした書面で、まずはリリファに関する報告書を書いていた。
それによると、リリファとオルスが隣国のどこかに転送されてしまい、魔物に遭遇。傷付いたオルスを助ける為、リリファが魔力を失った事が書かれていた。
2枚目は、なんと、退職願いの書類で、そして3枚目には、近状報告として、驚くべき事に、オルスとリリファが結婚した事が書かれてあったのだ。
「これは、オルスに退職金を持って行かないといけないな。それに、結婚祝いも、だ」
このお言葉で、アルビー王がリリファの事をオルスに一任すると分かり、ようやくオルスとリリファの捜索が打ち切られる事になったのだった。
「まあ、随分と寛大な処置ですのね」
エレ様は少し不服そうにそうおっしゃいました。
「これも、月下の乙女問題が解決していたからこそでしょう。オルスの人柄は父上も買っておりましたしね。まあ、敵対するよりも飼うが安し。これで円満解決ですよ」
エレ様もフィン様の、少し怖いお言葉に納得したようです。
「そうね……あの人の判断なら仕方ありませんわね」
「お兄様――!!」
その時、遠くから嬉しそうに駆け寄る男性がいらっしゃいました。とても可愛らしい男性です。
「お兄様、こんな場所に隠れて何を……って失礼しました、エレ様。まだいらっしゃったのですね」
奇しくもフィン様と同じ事を申されるのは、アレン王太子様、フィン様の弟君です。その態度には少しトゲがある様に思われます。
「まあ、私が学園に来るのがそんなに嫌なの?アレン様、心配なさらずとも、用事が終わりましたら帰りますわ」
「アレン、急いでるのではなくて?何事かい?」
不穏な空気を払拭する様に、フィン様がアレン様に問いかけます。
「あ、はい。母上から、今、魔術学科の実習をしているから、ミーア様もお連れしなさいって言われて探しに来たんだけど……もしかして、こいつが?」
「こいつ?」
今度はルービー様がピクリと体を固くしました。
「アレン?」
フィン様はアレン様を窘める様に厳しいお顔を向けます。しかし、アレン様はわたくしに向かって、ビシリ!と人差し指を突きつけます。
「お兄様。僕はお兄様の話を聞いて思ったんだ……こいつはお兄様の想い人には相応しくないとねっ!僕は決してお前の事を認めないぞっ!!」
「「え?」」
この言葉にルービー様とフィン様が見事にハモられました。
「まあ!そうなの?フィン。知らなかったわ!!」
「いや、母上、そんな……!ルービー!違うからっ!!誤解だって!!」
焦るフィン様。どうやらアレン様はフィン様を困らせているご様子です。それならばお助けしなければいけません。
「ミーア嬢……いや、ミーア!俺と勝負だ――!!」
アレン様は言い放ちます。何だか分かりませんが、挑発されておりますわ。ここで頑張らねば、ミーアの男が廃ります!
ミーアは立ち上がった。
「分かりましたわ!受けてたちましょう!!」
「ミーア!?君まで!?」
『さて!本日の演習の最後を飾るのは、なんと!アレン・ティアラ!謹慎が解けたばかりの、王子様だぁ――!そして、その対戦相手は……ミーア!?――何と!本日入学したばかりの噂のニューフェイスです!フィン王太子を巡って入学早々、アレン様とぶつかったらしいぞ!ルービー様の心境は如何に!?』
舞台は円形演習場。沢山の生徒の熱気で、会場は湧きあがっていた。
「ミーア!!ぶっぱなしてやるのよ!!」
観客席で一際大きな歓声をあげるのはカミラだ。ミーアの危機に、グレソンやアルスターも駆け付けていた。
「ミーア、今日は好きにやっていいぞ!許す!!」
周りのご令嬢はそれに負けずと叫ぶ。
「フィン様はみんなものですわ――!!アレン様!頑張って――!!」
「そんな小娘にフィン様を取られてたまるもんですか!!やっつけておしまい!!」
恐ろしいまでの怒声の中、賞品?のフィンは競技場の隅で諦めたように、ルービーを見た。
「ルービー、危険だと思うんだけど……本当にいいのか?」
「問題ない。ミーアがそうしたいのなら全力で守るのみ」
「そうか……。本当に、どうしてこんな事に……」
「では、始めるぞ。2人、前に!」
レフリーは冒険者風の男……先程会議を終え、面白そうだと学園に足を運んだお忍び中の王だ。その隣で面白そうに眺めているのは、黒ローブ姿で、悪目立ちしているジャッジのフェリベール。観客席からのディディエラの視線が熱い。
「ルールの勝敗は戦いの技量。互いを倒す必要は無いという事を前提とする!――では、始め!!」
『アルビー国王が手を下ろした――!!スタートです!!アレン選手、詠唱を始めます!!』
「乾きし空気よ、太陽を求め……」
ブツブツと呟くアレンの前でミーアは人差し指を立てた。
「着火!」
『お?ミーア選手の指先には小さな火が着いたぞ?』
「……更なる熱へ……」
「まずはとろ火からですわ――!!」
アレンの詠唱が終わらぬうちに、ミーアは地面へと指を付けると、自分を中心に円を描いた。すると、火は瞬く間にミーアの周りに丸く広がり、まるでガスコンロの炎の様に安定した魔法陣を描いた。
「……火よ!塊となり己に従え!!」
アレンが叫ぶ。
「強火!!」
ミーアが両手を上げた。途端に魔法陣は火力をあげた。
「火球!!……え?」
瞬間、アレンの大きな火球はゴオオ――と燃え上がった業火に、吸収されていた。
『おおっ――と。凄いぞ!!床から炎が躍り出たァァ――!アレン選手の火球が呑まれて、見る影もありません!!』
「くそっ!同じ属性魔法を使うとは!!」
弱火に戻った火の魔法陣の真ん中で仁王立ちするミーアに向かってアレンは詰め寄る。
「フッフッ。ミーアもお料理魔法が使えるようになったのですわよ!」
「ふっ。だが、俺は水魔法も使えるんだっ!2属性が使える魔術師はこの国でアルスターと俺しか……」
「消火っ!!」
ミーアが叫び手を上げると、アレンの頭上に、どばぁ――!!と、恐ろしい量の水が降り注いだ。
『おっと!突然の水魔法に、アレン選手は濡れ鼠だ!!』
「何すんだよ!俺がまだ話してるのに!!」
アレンは地面を蹴る。
「アレン様、お召し物が焦げてらっしゃいましたわよ」
「何!?」
「大丈夫です、乾かして差し上げますわ!――乾燥!!」
「うわぁぁぁ――!!」
突如つむじ風がアレンを取り巻いた。
『おお――!!アレン選手の周りに物凄い風が渦巻いております!これは、確実に乾くでしょう!!』
「やめろぉぉ――!!」
その叫びに風はやみ、アレンはクルクルと回りながらふらつくと、膝をついた。
「アレン。降参するか?」
アルビー王が半笑いで声をかける。だが、アレンは立ち上がり更なる詠唱を始めた。
アレンはこれでも純粋な王家の血筋なのだ。その潜在魔力はこの国随一だと言っても過言では無かった。
「乾きし空気よ、太陽を求め、更なる熱へと近付きたまえ。火よ!降り注げ!!」
『おっと!アレン選手、諦めが悪いぞ!!』
紡がれる詠唱は全体攻撃のものだ。アレンの実力を知るフィンは慌てた。
「アレン、よせ!!皆に火球を浴びせるつもりか!!」
急ぎミーアに駆け寄ろうとする。だが、ルービーはその腕を取り、フィンを止めた。
「ルービー!何故!?」
「大丈夫だ。ミーアに任せろ」
「メテオ!!」
アレンの詠唱が終わり、炎の玉がドーンと打ち上げられた。炎の玉はミーアの上に達すると、グルグルと空気を餌に膨らみ始める。今にも弾けそうだ。
ミーアは見上げ、叫んだ。
「フィン様を困らせるなんて、いけませんわ!真空パック!!」
「暴発!!」
同時にアレンが叫ぶ。
瞬間、ギュンッ!と空気が競技場の中心に凝縮した。近くにいるものは、苦しさに喉に手をやっていた。
皆が見上げた先、火球があった場所には、ギラギラと雷を集めた様な小さな玉が浮いている。
息が詰まるほどの静けさ。
それを破ったのはアルスターだった。
「皆、伏せろぉぉぉ――!!」
叫びながら観客席から飛び降りると、アレンにタックルをかます。
「伏せろ――!!」
観客席ではグレソンが叫び、カミラに覆いかぶさった。
『何か分からない物質が浮いて……ピ――!皆、伏せなさ――い!!』
拡声器がジャックされ、ディディエラが叫んだ。
同時にフェリベールはアルビーと共に地面に伏せ、ルービーはフィンを掴み、無理やり地面へと押しやった。
ブォン!!
未だかつて聞いた事のない音と共に、物凄い力が放たれた。
空気が波紋を描き、物凄い勢いで解放されてゆく。それはもう、暴風とは言えない何かだ。
きゃぁぁぁぁ――!!
悲鳴は豪風と共に吹き荒び消えていた。
「ミーア!!」
しばらく後、シンとなった会場で聞こえたのはフィン王子の焦った声だった。
もう大丈夫なのだろうか?
皆、観客席から顔を上げ、辺りを見回す。そして、目の前に広がる信じられない光景に息を飲んだ。
競技場の真ん中には大きなクレーターが出来ていた。その真ん中には、ミーアがキョトンと立っていたのだ。
「ごめんなさい」
ミーアはぺこりと頭を下げた。
「でもっ、フィン様を困らせてはダメですのよ?」
1番に駆け寄ってきたフィンは、そんなミーアに思わずといった様子で抱きついた。そして、いきなり吹き出した。
「あはは……ふふっ。さすがミーア。こんな魔法、使えるのはスタンリー家の者でもいないだろう。しかも無傷って……ルービーは知ってたんだな。だから(俺を)守ると言ったんだね?」
「ああ。……フェリベール?次はミーアに力の加減を教えよう」
ルービー様も少し誇らしげにミーアの頭を撫でると、近づいて来たフェリベール様に真剣な顔を向けた。
「了解した。でも、まあ今回の勝者は間違いなくミーアでしょうね?」
そうジャッジを下したフェリベールに、アルビー王は頷くと、ミーアの腕を取り、掲げた。
「勝者!ミーア!!」
そして楽しそうに笑いながら言った。
「魔王に最強の魔術師、今度は最強の天使ときた。良かったな、フィン。これで、我が国は安泰だ」
この王の言葉で、生徒たちの気持ちは大いに沸いた。こんなに凄い人物がこの国にはいるんだ!なんと頼もしい事だろうと。
『ミーア選手の勝利です!我がティアラ王国に最強の天使が加わりました!!』
会場に割れんばかりの拍手が沸き起こる。
ティアラ王国の平和はいつまでも続くだろう。
皆、笑顔でそう確信したのだった。
読んで頂きありがとうございました!




