41話 宮廷魔術師様は、前世・座敷わらしの令嬢をこっそり幸せにしたい
ミーアはその日、頬に当たる暖かいお日様の光で目を覚ました。
「ここは雲の上でしょうか?」
柔らかくふかふかなベッド。それは未知の感覚。ミーアは起き上がれず、ベッドの中で目をパチクリさせた。
「ミーア……何やってるの?」
カミラが笑いながら手を貸してくれる。起き上がったミーアは更に目を瞬かせた。
小さなお花の散りばめられた壁紙に、シンプルな優しい色のカーテン。置いてあるのは、白くて可愛らしい家具たちだ。
「……ここはお城なの?」
「残念ながらお城ではありませんね。ですが、石造りの城よりも居心地のいい場所であるのは間違いありませんよ。お久しぶりです、ミーアお嬢様」
そう答えたのは、オーラン家の執事、アルバート様だ。
「まあ、アルバート様!……では、ここはオーラン家ですの?」
ミーアをベッドから下ろして、立たせながらカミラが笑う。
「違うわよ。ここはスタンリー家のミーアのお部屋。ミーアったら昨日、お茶会の途中で寝ちゃったじゃない?だから、ルービー様がお姫様抱っこして、連れ帰っちゃったのよ」
「……!!」
途端に頬が熱くなり、ミーアは下を向く。そんなミーアをカミラは更に笑い飛ばし、腕まくりを始めた。
「さあ!ミーア。今から支度するわよ!今日はルービー様との初デート!ルービー様がお待ちなんだから!!」
「え?」
くすくすとアルバートも笑う。
「すぐに軽食を持って参ります。それまでにお支度を。ミーア様。ルービー様はこの日の為に、到底終わらないと思われていた仕事を、頑張って全て終わらせられたのです。きっとさぞお疲れの事でしょう。ですから、どうぞ、ミーア様の力で癒して差し上げてくださいね」
ルービー様を癒すのですね!
ミーアは拳を握りしめた。
「私におまかせを!!……ところで、何か床が遠いですわ……」
下を向いてミーアはどこか違和感を感じていた。握った手も開け閉めして確かめてみる。陽の光の中で見る手はとても白くて……。
夢の中にいた時は無我夢中で気が付かなかったけれど、これが魔法が解けた証拠かも!ミーアの中にふわっと喜びが湧いてきた。
ミーアは人間だったのだ!!
「明るいのに……立ってますわ!ミーアは立ってますの!!」
ミーアのよく分からない叫びは、オーラン家の執事をはじめ、オーラン家に勤めていた者たち全ての涙を誘ったのだった。
程なくして用意の出来たミーアがエントランスに向かうと、そこには眩しいくらいに美しいルービー様が背筋を伸ばし立っていらっしゃいました。
今日のミーアは、目立ちすぎないよう、ちょっと町娘風にアレンジした可愛めのドレス。ルービー様もそれに合わせたのか、控えめな色のパンツにベスト。スタイルの良いルービー様は、もう、それだけで大変素敵です。無造作に後ろに束ねた長い髪が、いつもと違って大人びてみえました。
「ミーア、昨日も素敵だったけど、太陽の元で見る君はもっと素敵だ」
ミーアがお辞儀をすると、ルービー様はそう言いながらミーアに腕を差し出す。ミーアはその腕にちょんと手をかけ、ルービー様に下向き加減に微笑みかけた。ルービー様があまりに美し過ぎて直視出来なかったのです。
「ありがとうございます。ルービー様も素敵ですわ……」
「!!!」
やばいやばいと口ずさみながらルービー様は、今日も内なる何かと戦っているご様子。
すぐにグレソンお兄様が駆け寄り、ルービー様の頭を殴り、何かを払ってくださいました。
「さあ、今日はミーアのお気に入りを探しに行こうと思うんだ」
馬車に乗り込んだルービー様はおもむろにそう仰ります。
「お気に入りですの?」
「そうだよ。ミーアの好きな物、見たいもの食べたいもの、何でもいいんだ。俺はミーアの事がもっと知りたい」
そう言いルービー様が最初に連れて行って下さったのは、宝飾屋さんに、服屋さんでした。
だけど、ミーアは緊張して、上手く喋れなくて……。
「そうか、ミーアはもっと庶民的な場所の方が好きなのかもしれないね」
次は街の中を2人、歩きながらお店を探しました。でも、何処に行っても、お目立ちになるルービー様には沢山の視線がついて来るのです。中にはルービー様に声をかけ、お礼を言うお方もいらっしゃいます。
ルービー様は慣れていらっしゃるのか、気にして無い様子ですが、一緒に見られるミーアはとても恥ずかしくて。
「この店に入って見ないかい?」
ルービー様はそんなミーアに気を使って下さって、近くの雑貨屋さんへと2人、足を踏み入れました。
雑貨屋さんの中は沢山の可愛らしい小物で溢れていて、入った途端、ミーアは尻尾(今は無いけど)の先まで震えました。
「ルービー様。このわんこの置物、マロン様にそっくりですわ!」
目をキラキラさせながら小物を一つ一つ眺めていたミーアは、ひとつの置物に目を留めていた。コロンとお腹を出すわんこのガラス細工です。
「ああ。確かに似てるな」
ルービー様も優しく頷いてくださいます。
「ふふっ。失礼だとは思ったのですが、マロン様のこういったお姿を、ミーアはとても見たかったのですよ」
「なるほど。気位の高いマロンの事だ。絶対に腹など見せないだろうしな」
ふっと笑うとルービー様はそのガラス細工を楽しそうに買ってくださいました。
「ありがとうございます。……でも、こんな……いいのですか?」
店から出て、小さなガラス細工を両手で大切に囲むミーアに、ルービー様はおっしゃいます。
「ミーアが可愛い物が好きだと分かった。俺の宝物がひとつ増えたんだよ。ありがとう、ミーア」
ルービー様はそう言い、ミーアが何もしていないのに、勝手に喜んでくださいました。
それから少し休憩にと、カフェに寄り、冷たい飲み物を飲んで、外へと出てきたところで、ついに、ルービー様は感謝の気持ちを述べたい市民の皆様に囲まれてしまいました。
「参ったな……。逃げよう!!」
ルービー様はミーアの手を取り、駆け出します。
ミーアも何だか楽しくなって……。
馬車の中に戻り、息を整えながら、2人でくすくす笑いをしてしまいました。
「ミーア、お昼ご飯なんだが……俺は肩苦しいレストランが苦手なんだ。良ければ軽く……」
ルービー様は何やら言い出しにくそうにお話を切り出されます。
その時、走り出した馬車の窓から何やら楽しげな屋台が見えてまいりました。ミーアはお話中なのに失礼だとは思ったのですが、つい、目がそちらに引き込まれてしまって。
「馬車を止めてくれ」
そんなミーアの視線に気付いたルービー様はクスリと笑うと、あれかい?と声をかけて下さいます。
「ルービー様、ごめんなさい。ミーアは1度、ピクニックがしてみたかったのです」
それは座敷わらし時代、ママ友がサンドイッチをテイクアウトする際に口にする言葉。お日様のもとで皆でお昼ご飯を食べるという魅力的な提案に、どのお客様も笑顔を浮かべておいででしたの。
ミーアのピクニックについての説明を、ルービー様は真剣に聞いて下さいました。そして。
「なるほど。それは素敵だね」と頷いて下さいました。
それからルービー様は、市民の皆様を刺激しないよう、御者の方を通じて、買い物と言伝をお願いすると、ニコニコとミーアに微笑みかけて下さいました。
「どうせなら、盛大にしよう。そうだな……ミーアの好きな食べ物は何かな?」
少しの後、馬車の中に差し入れられた串焼風の食べ物を受け取りながら、ミーアは首を傾げていた。
「ミルクとサンドイッチは好きですのよ。他はあまりよく知らなくて……」
「そう言えば昨日も何も手を付けてなかったな。知らないって……まさか……」
ブツブツと呟き眉を顰めるルービー様。
ミーアは少しでもその憂いが治まって下さる事を願い、勇気を出してそのお口に向かって、串焼きを差し出した。
「ルービー様、アーンですわよ?」
「!!!」
途端にルービー様の憂いは吹き飛んだ様ですが、今度は内なる何かとの葛藤が始まってしまいます。
ミーアの役目はルービー様を癒す事。ちゃんと出来ている自信がございません。
しかし串焼きを口にし、ミーアから串焼きを受け取ったルービー様は微笑んでこうおっしゃいました。
「ごめん。幸せ過ぎてはしゃいでしまった。俺ばっかりじゃダメだよな。ミーアにも食べさせてあげたいんだが……いいか?」
こくんと頷き口を開ける私にルービー様は耳まで赤く染めながら串焼きを少しだけ口に入れて下さいます。
熱い串焼きの、その濃厚すぎるお味には、驚きが詰まっておりました。
「美味しい?」
「これが、美味しいと言うものでしょうか?未知なる体験のお味がします!」
「ふっ!はははっ!ミーアの驚いた顔が見れて俺は嬉しいよ!」
「私はルービー様の笑い声が聞けて嬉しいですわ」
気付けば御者の方も小窓から顔を覗かせ、驚きに目を見開いていらっしゃいました。
「そろそろ用意も出来てるだろうから帰るか」
それから少しだけ華やかな街並みを馬車の中から眺めてから、ルービー様がおっしゃいました。時刻はお昼を少しだけ過ぎた頃。早すぎる帰宅に、ミーアは粗相があったのではないかと不安になり、ルービー様を見上げました。
「ルービー様、今日は本当にありがとうございました。私、ルービー様のお疲れを癒して差し上げたかったのですが、上手く出来なくて……」
ルービー様は少し驚いた顔をされるも、すぐに微笑んで下さいます。
「ミーア、俺は今日が初めてのデートだったんだ。なのに、上手くいかない事だらけでどうしようかと思っていた。でも君のおかげでとても楽しく過ごせたんだ。君もそうだと嬉しい」
どうやらルービー様も不安に思われていたご様子。ミーアはルービー様が同じ気持ちでいてくれた事がとても嬉しくて、胸がいっぱいになりました。
「はい!とても楽しかったですわ!……それで、この時間が終わらなければいいだなんて……思ってしまいましたの」
ルービー様は目をぱちぱちさせ、参ったなと呟かれます。そして何かを諦めたようにミーアを見つめました。
「ずっと2人きりでいたいが、ここは大人になる事にする。可愛いいミーアをみんなに見てもらいたいしな。ミーア、今日はまだ終わってないんだよ?」
馬車はスタンリー家の門をくぐってお庭へと入って行きます。所々に見えるトピアリーがとても素敵です。そしてその先には……。
「まあ、ピクニックですの!?」
綺麗な芝生の上、スタンリー家の皆様が思い思いの布をしき、お弁当の準備をされていました。
「本格的だな……準備、早すぎないか?」
馬車から降りたルービー様がミーアを抱えて降ろしながらおっしゃいます。
「野営のプロ集団ですし、この位、なんてことはございません」
答えるグレソンお兄様はとても誇らしげでした。
「ミーア!こっちにいらっしゃい!!」
おば様が向こうで手を降ってます。足元にはマロン様のシッポも猛アピールされていて。
ミーアが見上げると、ルービー様はため息をひとつつき、行っておいでと言ってくださいました。
なんて素晴らしい御家なんでしょう!
ミーアはスタンリー家の皆様だけではなく、新しくスタンリー家に加わった皆様にも囲まれながら、ピクニックを心ゆくまで楽しみました。
「フィンに聞いたんだが、ミーアは掃除だけじゃなくて、料理も出来るんだって?今度、俺も食べてみたいな」
皆を押しのけてルービー様が隣に座り、肩を抱いてくださいます。
「はい!もちろんですわ!お口に合うと嬉しいのですが……お料理は始めたばかりなので」
「ミーアの料理は最高ですよ。……もう1度食いたいな」
いつの間にか、反対隣にはグレソンお兄様が座っていらっしゃいました。
「グレソン!お前、食ったのか!?」
「ふっ……見せつけるような真似をなさる主に、情けなど不要だと判断いたしました。ミーア、また、お兄様と呼べよ!この家に、遠慮は無用だ」
「そうだよ、ミーア。オーラン家に行った時は他人行儀で、それはそれは悲しかったんだから。皆、ミーアを家族だって思ってるんだ。気を使うことなんてないからね!!」
おば様のお気遣いに、ミーアは目を潤ませ、うんうんと頷きます。
「家族……そうだな坊ちゃん、ここいらでちゃんとキメないとだな!」
おやじ様の声に、皆様、何やら盛り上がり始めます。
ルービー様は皆様に背中を押されるように立ち上がり、照れたようにミーアの両手を引くと、自分の前に立たせました。
そして、ミーアの前に片膝をつき、その右手を取り、真剣なお顔で見上げます。
「ミーア。ずっと君だけが好きだった。今も君しか見えない。好きだ。結婚してくれ」
ルービー様の綺麗な水色の瞳が不安に揺らいで見えました。でも、その瞳の中には、確かに猫ではなく、人間のミーアがいたのです。
ずっとずっと、そばにいたいと願っていました。その夢が、今、叶うのですね。
「ルービー様、喜んで!ミーアも大好きです!」
ミーアはルービー様に抱きついた。
皆の喜ぶ声が聞こえます。
そうです、幸せとは溢れ出るものなのですね!
ミーアは心の底から溢れる幸せに身を任せ、ルービー様の頬にキスをしたのでした。
――おしまい。
ここまで読んで頂き、ありがとうごさいました!後日投稿予定のエピローグも読んで頂けると嬉しいです。




