39話 馬車に揺られて見る夢は
その日、王城の1番広い庭園の、よく手入れされた木々には、メイド達の手によって明るいランプが幾つも灯されていた。それは日が暮れれば、星屑の様に瞬き、お茶会会場を照らすだろう。
丸テーブルには沢山のスイーツだけではなく、シェフが趣向を凝らした食事も並べられ、お茶会と言うよりも野外パーティの様。心に傷を負った招待客が気を使わないよう配慮された、その優しい豪華さに、会場に足を踏み入れた者は皆、フィン王太子のお人柄を良さを感じずにはいられなかった。
「招待客は月下の乙女と、その家族。そして、王政に携わるの主たる面々としておりましたが、お言いつけ通り、その同行者は誰でもいいと、参加を許可したところ、参加者の多くは、行政に携わる貴族と関わりのある若い娘となりました」
会場に入ってくる人々を見ながら報告するのは、謹慎中のアレン王子だ。
フィンは、弟のアレンを忘れてはいなかった。自分の招いた国の一大事に、何も出来なかった事を悔やんでいたアレンに、今回の顛末を聞かせ、自身の心の葛藤までも打ち明けていた。アレンがそんな兄の優しさに心打たれ、一生ついて行こうと固く決心したのは言うまでもない。
そして、この仲のいい兄弟にアルビー国王は、国あげての、このお茶会のセッティングを命じ、無事成功させればアレンの謹慎を解く事を約束していた。アレンは、フィンの役に立てる事を喜び、この数日、寝る間も惜しんでその準備に取り掛かっていた。
「うーん、そうなるか。何か……眩しいね。今までで一番の気合いを感じるよ」
アレンの横でのんびりと眉を寄せるフィンにアレンは苦笑する。
「それはそうでしょうね。国を救った英雄の目に触れる事が出来るのですよ?若い娘を持つ貴族は、その婚約者の座を手に入れようと必死なのでしょう」
「英雄か……。1番の英雄はミーアなのにな」
フィンが言うと、
「それは内緒にするとご自身で決めたのでしょう?今更何を言い出すのですか」
アレンは、少し大人びた表情で笑う。
「ああ、分かっている。彼女には自由に生きて貰いたいからね。面倒な役割は全部、俺が受け持つよ。……ところで、ルービーは何処かな?正装はさせたんだろ?」
会場に、1番目立つだろう男が見当たらない。女性達の視線を1人で受けたくないフィンは、ルービーの姿を探す。
「ええ、もちろん完璧だ、とあの横柄な執事が言っておりました。ですが、準備が出来た途端、オーラン家に行くと駄々を捏ねまして……」
「え?大丈夫なの?」
今頃殺人事件が起きていないだろうか。フィンは焦ってアレンを見た。
「さあ、どうでしょう?でも、グレソンが許したので大丈夫ですよ。……あの人、ほんと、子供みたいな人ですね」
「アレン?」
「今は誰も聞いてないからいいでしょ?」
アレンはフィンにウィンクを返す。
少し成長した弟を見て、フィンは微笑んだ。
「ふふっ、そうだね。まあ、ミーアを見れば、ルービーの機嫌も治るだろう。……はあ、俺も可愛いミーアが早く見たいな」
「可愛い?お兄様の趣向はそっち系だったんですね。……良かった、男じゃなくて」
「ん?どういう意味だい?」
◇◇◇
豪華な馬車の中、ミーアは下を向き、プルプルと震えていた。
(顔を上げるのが怖いですわ)
目の前には見た事がないほど、美しく整ったお顔をされた、ルービ・スタンリー様がいらっしゃいます。
先程、オーラン家を訪れたルービー様は、綺麗に支度をした、この世で1番可愛らしいプリシラではなく、ミーアの手を取り、とても怒った様子でミーアを抱き上げると、馬車に乗せた。今も顔を顰め、何やら苦悩しているご様子。
(ルービー様は、抱える相手をお間違えになった事にようやく気付かれたのでしょうか?それとも、私に何処か至らない所があったとか?やはり、カミラ流挨拶は、この世界の主流ではなかったのでしょうか?何にせよ、装備は最強なのですが、中身が猫ですし……)
ぐるぐる考えるミーア。
この2日、謎の集団による突然の襲撃に続き、満を持して現れたボスキャラ、ルービーの登場に、ミーアの頭の中は混乱を極めていた。
襲撃はスタンリー家の執事様が現れた日の午後。突然に始まっていた。
どういう訳なのか涙の止まらないミーアが、空き部屋の隅で1人でミャーミャーと泣いていると、天井からいきなり黒い服を着た男が降って来て、ミーアを優しく抱き上げ、オーラン家の1番豪華な部屋へと連れて行った。
そして、日が暮れると同時に、何処かで見た様な、おネエ様を筆頭に、何やらプロフェッショナルな1団が現れ、ミーアを隅々まで採寸し、嵐のように去って行った。
ほっとしたのもつかの間、今度は、何処かで見た様な、黒髪の先生なる者が現れ、ミーアに優しく文字を教え始めたのだ。
練習するのはもっぱら自分の名前だ。ようやく及第点を頂き、最後に何やら難しい文書の書かれた綺麗な紙に清書したところで、先生は感無量といったご様子で、帰って行かれた。
そして今日もまた……。
日が暮れると同時に、何処かで見た様な、おば様が、メイドの一軍を率いり現れ、ミーアを隅々まで洗いあげると、いい香りのする何かを塗ったくり、見た事のないほど綺麗なドレスをミーアに着せ、大喜びで去っていったのだった。
程なく現れたルービー様は、ミーアを見てお鼻をお隠しになられ、ミーアはルービー様を前に、声も出なかった。だって、ルービー様の正装が、とても破壊力のある美しさだったから!
馬車の優しい揺れに、ミーアはハッと現実に引き戻される。あ、もしかして私、また夢を見たのかも?
だが、頬を抓ろうと手をやれば、隣に座るカミラにすかさず腕を掴まれた。
「ミーア様。何度も申しましたが、これは間違いなく現実です」
その時、ようやく落ち着かれたご様子のルービー様が、その隣に座る執事様に声をかけた。
「グレソン。何故あの男は、ミーアの事を猫、猫、と呼ぶんだ?それに、あの誓約書は何だ?まるで人を売買するような……」
時計を見ていた執事様が答える。
「あの男に関しては単なる癖でしょう。アホの言う事などお気になさらずに。それに誓約書の、ミーア嬢の婚約に際し、感謝を込め、ひと月100万ルークスを進呈する。但し、ミーア嬢の資産に手を出した場合はそれを打ち切る事とする。の、部分でしたら、単なる結婚支度金ですので、御安心下さい」
「何故、月払いなんだ?」
「それは、単なる私怨です」
「支援か……なるほど」
うんうんと頷くルービー様に、執事様は鋭い目を送る。
「それよりもルービー様。もうすぐ着きますよ?いつまで恥ずかしがってらっしゃるので?……気合い入れろや、オラァ!!」
そのお言葉に、ルービー様はようやく気持ちが決まったようで、恐る恐るといったご様子でミーアを見た。
「ミーア。情けない事なんだが、どうやら君を前にして、俺はとても緊張してしまっていてね。不安にさせていたら、本当にすまない。でも、その……正直、今、君の顔を見たら、抱きしめてしまいそうなんだ。そして、綺麗なミーアを皆に見て貰いたいのに、今すぐ連れて帰りたくなるんだよ」
そして、再び顔を伏せ、呟く。
「やばい……どうしよう。可愛いミーアが更に可愛いくなってる」
驚き、固まるミーアを見て、カミラは執事様をキッと睨んだ。
「グレソン。こいつ、殴ってもいいですか?」
「ダメだ。こちらも綺麗に仕上げてるんだ。後でなら許可する」
仲良さげな2人の会話をふんわり聞きながら、ミーアはルービー様の言葉を思い返し、頬を染めた。その手はおのずと頬にゆき……。
「……おい、カミラ!」
「はっ!ミーア、つねってはダメ!現実だって言ってるでしょ!!」
カミラはしきりに現実だと言う。では、私の現実とは何でしょう?
ミーアは猫で、御家を守る為に、真夜中、1人ぼっちでお掃除をしながら皆様の幸せを祈る事が、私の現実ではなくて?
考えているうちに馬車は止まり、先に降りられたルービー様が外から手を伸ばした。
カミラに促され、ミーアは立ち上がると、その手を取ろうとして躊躇った。だって手を取ったら最後、これが夢になってしまうからだ。
「ミーア、怖いのかい?」
ルービー様のお言葉にミーアは頷く。
「夢はいつか終わるのですわ。ミーアはまた、オーラン家に戻り、ルービー様やフィン様、グレソンお兄様たちとも会えなくなってしまうのです。それが怖くて……」
ミーアは本当は分かっていた。フィン様とスタンリー家で過ごした事や、マロン様と冒険した事。そして、ずっと会いたかった渉様がルービー様だった事も、全て現実だと。
でも、また消えてなくなるのなら、それは夢と一緒ではないかと思ったのだ。
「そうだね。でも、俺は何度でもミーアを探して会いに行くよ。だから、信じてこの手を取って欲しい。少しでも君と一緒の夢が見たいんだ、さあ!」
グイッとルービー様は手を伸ばす。
「一緒の夢?」
「そうだよ、ミーア。この先ずっと、一緒に幸せな夢を見よう」
ミーアは溢れ出る愛情に突き動かされる様に、ルービー様の伸ばした手を取った。




