36話 雪
「流れが変わったな」
城壁の上では、登ってくる魔物を風刃で薙ぎ倒しながらフェリベールが言う。
「ああ、さすがフィンだな」
アルビー王が、土魔法で登ってくる魔物を弾き飛ばしながら得意げに言う。
「いや、ルービーだろ」
フェリベールが薄ら笑いを浮かべる。
「それはないな……ルービーは寡黙なたちであろう?」
アルビー王が、ふっと鼻で笑う。
「いやいや……」
「あー恐れ入りますが、ご報告が……って、何、喧嘩してやがる。どっちでもいいじゃねぇかよ!」
グレソンのツッコミに、顔を突き合わせていた2人は不満げに振り向いた。
「その言い方はないんじゃないかな?グレソン。仮にも我々は王だよ?」
アルビー王が眉を顰めると、グレソンは言い捨てた。
「私の主人はダリウス・スタンリー様です。主人の留守中にうちの屋敷に忍び込んでいた輩は、王でも魔王でも、ただの侵入者でございます。……通報しねぇだけ有難いと思え!」
「「バレてたか……」」
魔王と国王が顔を見合せ、それを見たグレソンは、鼻を鳴らすと、報告を始めた。
「それよりも、ご報告ですが、ポーションがもう底をつきました。今からは厳しい戦いとなりそうです」
「そうか……もう作れないのか?」
フェリベールの厳しい表情に、グレソンは頷いた。
「ええ。恐らく日が暮れないと無理かと」
「そもそも、それを作っている者は誰なのですか?」
王の後ろで援護射撃をしていた勇敢なディディエラが、興味を隠せない様子で手を止めた。その時、グオオオオ!!と空気が震えるほどの雄叫びが轟いた。
城壁の下に溜まった魔素を吸い、最大級の魔物に育ちあがりつつある者が出たようだ。
そう、それは食物連鎖の頂点。ヒトだ。
武器を持ったそれは、ヒトであるという意識、心を既になくしていた。ただ貪欲に周りの魔物を喰らい、魔素を貪った結果、ヒトならぬモノに変化してしまっていた。
頭は小さく、体は大きく。
アルビー王の頭に、半日ほど前に倒したばかりのボンなんちゃらの姿が浮かぶ。
「これはいかんな。フェリベール、頼めるか?」
このサイズになってしまったら、もう、毒は効かないだろう。アルビーがフェリベールを見ると、フェリベールは顔を曇らせ、呟いた。
「こうなる前に、浄化してやれれば良かったのだが。あの娘がいれば……」
だが、フェリベールの憂いにグレソンは眉を寄せる。
「フェリベール様、それはどうかと思いますよ。恐らく彼女がこれを知れば、心を痛め、放ってはおけないはず。今は監視をつけてますが、危険な行動を起こす可能性もあります。それをあなたは望むのですか?」
グレソンの意見にアルビーも頷く。
しかしフェリベールは、かつての部下を救えなかった苦しみを思い出していた。
「分かっておる……しかし、1度、あの娘の力を目にしてしまえば、期待せずにはおられんだろう?」
◇◇◇
その頃ミーアは、野戦治療所の外で、マロン様のもふもふの毛皮に埋まり、震えながら治療所の方を眺めていた。
治療所には、絶えず怪我人が運び込まれて来る。皆、薬を飲めば元気になって戻って行くのだが、薬のストックも、もう残り少ない様で、診療所は混雑し始めていた。
しかし、ミーアは別に怠けている訳では無かった。ただ、いつものように、何も出来ない猫の姿に戻ってしまっただけの事。
少し前にグレソンお兄様も、ここから動くなと言い残し、何処かに行ってしまわれたし、お手伝いの出来ないミーアはただ、ただ不安で……。
無理もない。ミーアは今までほとんど屋敷から出た事がなかった。こんなに沢山の人……しかも怪我人の呻き声も、空気が震えるほどの、何か分からない獣たちの声も、聞いた事がなかったのだ。
「ミャー」
(外では何が起きているのでしょうか。ルービー様、フィン様。ご無事でいらっしゃるといいのですが……)
ミーアの知る渉様は、とても体が弱かった。そして、ルービー様が渉様だと分かった後も、ルービー様は何やらとても悶え苦しんでいた。
(最後には鼻血も出ていましたし……)
すると、心配するミーアの前を、慌てた様子の騎士様が、治療所に駆け込んで来た。
「グレソン様はいらっしゃいますか?」
その声に、簡易的に閉じられたテントの布をめくり、おば様が出てくる。
「何だい?急病人かい?」
「ああ、テレサさん。フィン様より伝達でして。薬をもう少し分けて貰えないだろうか、と……」
ピシリと背を伸ばした騎士様が伝えた内容に、ミーアは青くなる。
ミーアはその騎士様に見覚えがあった。いつかの夜、廃墟でお会いした兵士さんだったのだ。
「薬か。すまないが、こっちももう無いんだよ。天使が隠れてしまってね。……外は酷い事になってるのかい?」
おば様は心配そうに聞く。
「ええ。数が数だけに、時間がかかりそうでして。今は士気が上がっているので大丈夫ですが、このまま長引けば、かなり苦戦を強いられるでしょう」
「そうかい、困ったね。そっちに行ってくれる治療師がいないか聞いてみるよ」
「すまない……助かる」
(兵士さん達が大変な思いをされてらっしゃるのに、わたくし、何も出来ないのでしょうか。ルービー様だって……せっかくお会い出来たのに、また、何も出来ないまま、お空に行ってしまわれたら……私……)
ミーアの胸は引き裂かれそうになる。あんな風に泣く事しか出来ないなんて、もう絶対に嫌だった。
(猫の姿でも、何か出来るはずですわ。だってわたくし、おまじないには自信がありましてよ!)
ミーアはすくりと立ち上がる。
(マロン様、私をルービー様の元へ連れて行ってくださいまし!女神様、どうかわたくしに勇気を!)
ミーアの声が天に届いかのか、或いは、ミーアの従魔スキルが発動したのか……。
突然マロンが耳を立て、近くで休んでいた、リボンを着けた部下達に、ワフッと声を掛けた。
狼に似た大きな部下達は、尻尾を立て、立ち上がると、ミーアの指示を待つようにマロンに乗ったミーアを取り囲んだ。
「ミャー!」
(皆さんも一緒に行って下さるのですね!)
「「ウワフッ!!」」
「ミャー!!」
(心強いですわ!!)
タッ!とマロンは駆け出す。11匹の魔獣を引き連れて。
目指すは正門。マロンは外に行く為の門を覚えていた。
その時正門では、怪我人を入れる為、少しだけ門を開けていた。そこへ、物凄い速さで、犬?の1団が駆け込んで来た。
「うおっ!!そのワンコを止めてくれ――!!」
門兵が叫ぶも、手をつけられず、1団は通り抜け、外へと飛び出して行ってしまった。
「やだァァァァ――!!なんで止めてくれないのよおォォォォ!!」
続いて素晴らしいフォームでスキンヘッドの男が通り過ぎる。
「あれ、何処かで見たような?誰だっけ?」
「マロンだ……やべぇ。グレソンに弱み、握られるぞ」
だが、門兵長は頭を抱え、座り込んでいた。
◇◇◇
ルービーはフィンと2人、パーティを組み、魔物に囲まれないよう注意しながら敵を崩していった。なるべく王都には近付けたくない。そう思っていたのだが。
魔物を倒し始めて暫く経ってから、魔物が自分の方にも敵意を向け始めた事に気付いていた。
「そろそろポーションを飲め、ルービー!恐らくそれで浄化される」
フィンが言う。だが、浄化されてしまえば、魔法が撃てなくなりそうで、ルービーはポーションを口にするのを躊躇っていた。
「ミーアがせっかく用意してくれた物だが、今は、皆を助けるのが先だ」
早くミーアに会いたい。この一瞬にも、また、何処かに行ってしまうのではないかと、怖くてたまらなかった。でも……。
「そうか、戻るべき場所があるというのは、こういう事なんだな……」
ルービーは知る。騎士団員が王都に戻りたくなる理由を。そこに、会いたい者がいるからだと。
辺りを見れば、疲れきった団員や、怪我をした者も少なくない。
彼らが会いたい者に再び会えるのか。
それが自身の働きにかかっている事を、ルービーは初めて自覚していた。
「フィン、いくぞ!!」
ルービーは、皆を助けたい一心で、氷床!と唱え、自らも剣を握り、角を折りに走る。
城壁は近付いていた。歩廊より降り注ぐ矢に撃たれた、魔獣の死体から出る魔素は、すぐそこまで来ていた。
「ルービー、待て。逸るな!」
案の定、駆け込んだ先でルービーが口を押え、蹲った。
漂う魔素が苦しげなルービーへと注ぎ込まれていく。
グオオオオ!!
そのルービーの魔素に気付いたのか、魔物が喜びの雄叫びをあげ、こちらに駆け寄ってきた。その姿はボンディに似ていた。
「クソっ!あれは人ではないか!!ルービー!!」
フィンが慌てて駆け寄ろうとした時、その足元を風が通り過ぎた。
フィンより先にたどり着いたのは、スタンリー家の犬だった。
ワオォォォ――ン!!
マロンは一声吠える。すると、マロンと同じく、リボンを着けた大型の狼らが、果敢にも元は人であったであろう大型の魔物の足に飛び付き、噛み付いた。
「今のうちに!……ルービー?」
だが、フィンが駆け寄った先でルービーは、先程までの苦しそうな表情は何処へやら、ウロウロと何かを探している様子。
「ミーア!?何処だ!!」
と、地面を見ていた。
「ミャ?」
フィンのすぐ横でミーアが応える。ミーアはマロンの背に乗り、従魔になった魔獣を引き連れ、助けに来てくれたのだ!
だが、ルービーは気付かず、焦ったように超ド級の氷魔法を放った。
「クソっ、邪魔だぁ――!」
バリ――ン!!
グリズリー程ある人型が、狼を追い払おうと、しゃがんだままの格好で凍った。
ミーアはその魔獣を助けようと慌てて飛び移り、その角を撫でる。
「あ、待て、ルービー!!」
フィンがミーアに害があっては行けないとその角を折り、ミーアを抱きしめた所で……。
「クソぉぉぉ!!何処だ!!」
ババババ――ッ!!
ルービーの魔素に寄って来た小型の魔物も、その姿のまま、凍りついた。
「いや、待て!ルービー、聞くんだ……」
フィンがまたその魔物の角を折ろうと、風刃を唱えた時。
……それは起きた。
フィンの起こした風が、真っ白な氷の粉をふわりと巻き上げたのだ。
それは、新たに現れた魔物に降り注ぎ、一瞬にして、その効果を表した。魔物の角が見るまに白くなったのだ。
「え?……待って……嘘だろ?」
フィンは辺りを見回す。
「そうか……」
それは奇跡が起きた瞬間。ルービーの凍らせた魔物と一緒に、ミーアの造り出す浄化魔法の結晶である白い花が、凍っていたらしい。それが、フィンの風刃で削られ、真っ白な氷の粉となって舞い上がったようだ。
「雪?」
ルービーも、その光景にようやく落ち着きを取り戻し、顔をあげていた。
「雪って、こんなに感じなのか?見た事ないが?」
フィンは思わず手のひらをかざした。
ふわふわと、羽毛の様に辺りを舞うのは、冷たい氷だ。手の平に乗れば、すぐに溶けてしまう儚いもの。でもそれはとても美しかった。
フィンが美しいなと呟くと、ルービーはそんなフィンを見て微笑んだ。
「フェリベールが喜ぶな」と。
そして、足元を見て、途端に顔を綻ばせた。それはもう、蕩けるくらいの笑顔だ。
「ミーア。こんなところに……。危ないだろ?来ちゃダメだって言ったのに。嬉しいけど」
真っ白な子猫をすくい上げ、優しく抱きしめる。
その光景を見ただけで、フィンは幸せな気分になっていた。
だが、それも一瞬の事。ここは戦場だ。
フィンが顔を引締め、辺りを警戒すると……。
驚いた事に、近くの魔物たちが、みな正気に戻ったように、辺りをふんふんと嗅ぎ始めていた。そして、隠れる場所を探すように、森へと向かって駆け出したのだ。
それはミーアの起こす奇跡だ。ミーアの浄化魔法は、フィンの常識を遥かに超えるほど素晴らしかった。
フィンの頭の中に、この戦いの終わりが見えた。
「ルービー、終わらせよう。この戦いを俺たちの手で」
フィンはそう言うと、ルービーの前に膝をつき、猫のミーアに手を伸ばした。
「ミーア、さっきのお花、沢山咲かせられるかい?」
「ミャー!」
子猫が鳴くと、ミーアの周りに、ふわっふわっと、花びらが舞う。
「天使の羽みたいだ。猫だけどね」
「ミーア、素敵な魔法だね」
ルービーはそう言うと、顔を引き締め、ルービーを見た。
「フィン、了解した。この地に雪を振らせよう」
「ああ。ルービー、きっと俺たちなら出来るよ」
◇◇◇
「太陽より降りし空気よ、水を孕み、つむじ風を起こせ!サイクロン!!」
フェリベールはありったけの魔素を使い、歩廊に手をかけ頭を出した魔物に、渦巻く雲をぶつけていた。
もうこれで何人目になるだろうか……だが、恐らくこれが最後の1人だ。
おぉぉぉ――!
魔物が歩廊より落ちてゆく。
人であった時、どんな生き方をしていただろうか。
フェリベールは心が痛み、胸を掻き抱いた。
その時、フェリベールの頬をふわりと冷たい羽が撫でた。フェリベールは、自身の頬に手をやり、呟く。
「溶けた……雪、なのか?何処から……?」
それは、歩廊より落ちていった魔物……人にも降り注ぎ、その角を浄化するように、白く染めていた。
「素晴らしい……これでこの者たちの魂も天へと登れるだろう」
フェリベールはその瞳が潤むのを感じながら、心から祈りを捧げた。
「見ろ!雪だ!!」
「冷たい!……なんて綺麗なんだ」
「初めてみたぞ!雪だ――!」
雪だ!!雪だ!!と、歩廊に集まったもの達がはしゃぎだす。
そして、静かにその奇跡は起きていた。
「見ろ!魔物が森に帰って行くぞ――!!」
歩廊の下、ある1箇所を中心に、魔物が群れをつくり、森へと方向を変えていた。
その奇跡の中心に見えたのは、氷塊を作り出す美しい魔導師と、風を操る凛々しい王子の姿だ。
皆、歓喜に震え、2人を称えた。
「勝ったぁぁぁ!!」
「終わった!終わったのよ!!」
「「やったぁぁぁぁ――!!」」




