表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

37/43

36話 雪

「流れが変わったな」

 城壁の上では、登ってくる魔物を風刃で薙ぎ倒しながらフェリベールが言う。

「ああ、さすがフィンだな」

 アルビー王が、土魔法で登ってくる魔物を弾き飛ばしながら得意げに言う。

「いや、ルービーだろ」

 フェリベールが薄ら笑いを浮かべる。

「それはないな……ルービーは寡黙なたちであろう?」

 アルビー王が、ふっと鼻で笑う。

「いやいや……」


「あー恐れ入りますが、ご報告が……って、何、喧嘩してやがる。どっちでもいいじゃねぇかよ!」

 グレソンのツッコミに、顔を突き合わせていた2人は不満げに振り向いた。

 

「その言い方はないんじゃないかな?グレソン。仮にも我々は王だよ?」

 アルビー王が眉を顰めると、グレソンは言い捨てた。

「私の主人はダリウス・スタンリー様です。主人の留守中にうちの屋敷に忍び込んでいた輩は、王でも魔王でも、ただの侵入者でございます。……通報しねぇだけ有難いと思え!」

 

「「バレてたか……」」

 魔王と国王が顔を見合せ、それを見たグレソンは、鼻を鳴らすと、報告を始めた。


「それよりも、ご報告ですが、ポーションがもう底をつきました。今からは厳しい戦いとなりそうです」

「そうか……もう作れないのか?」

 フェリベールの厳しい表情に、グレソンは頷いた。

「ええ。恐らく日が暮れないと無理かと」

 

「そもそも、それを作っている者は誰なのですか?」

 王の後ろで援護射撃をしていた勇敢なディディエラが、興味を隠せない様子で手を止めた。その時、グオオオオ!!と空気が震えるほどの雄叫びが轟いた。


 城壁の下に溜まった魔素を吸い、最大級の魔物に育ちあがりつつある者が出たようだ。

 そう、それは食物連鎖の頂点。ヒトだ。

 

 武器を持ったそれは、ヒトであるという意識、心を既になくしていた。ただ貪欲に周りの魔物を喰らい、魔素を貪った結果、ヒトならぬモノに変化してしまっていた。


 頭は小さく、体は大きく。

 アルビー王の頭に、半日ほど前に倒したばかりのボンなんちゃらの姿が浮かぶ。

「これはいかんな。フェリベール、頼めるか?」

 このサイズになってしまったら、もう、毒は効かないだろう。アルビーがフェリベールを見ると、フェリベールは顔を曇らせ、呟いた。

 

「こうなる前に、浄化してやれれば良かったのだが。あの娘がいれば……」

 だが、フェリベールの憂いにグレソンは眉を寄せる。


「フェリベール様、それはどうかと思いますよ。恐らく彼女がこれを知れば、心を痛め、放ってはおけないはず。今は監視をつけてますが、危険な行動を起こす可能性もあります。それをあなたは望むのですか?」

 グレソンの意見にアルビーも頷く。

 しかしフェリベールは、かつての部下を救えなかった苦しみを思い出していた。


「分かっておる……しかし、1度、あの娘の力を目にしてしまえば、期待せずにはおられんだろう?」


◇◇◇


 その頃ミーアは、野戦治療所の外で、マロン様のもふもふの毛皮に埋まり、震えながら治療所の方を眺めていた。


 治療所には、絶えず怪我人が運び込まれて来る。皆、薬を飲めば元気になって戻って行くのだが、薬のストックも、もう残り少ない様で、診療所は混雑し始めていた。

 

 しかし、ミーアは別に怠けている訳では無かった。ただ、いつものように、何も出来ない猫の姿に戻ってしまっただけの事。

 少し前にグレソンお兄様も、ここから動くなと言い残し、何処かに行ってしまわれたし、お手伝いの出来ないミーアはただ、ただ不安で……。


 無理もない。ミーアは今までほとんど屋敷から出た事がなかった。こんなに沢山の人……しかも怪我人の呻き声も、空気が震えるほどの、何か分からない獣たちの声も、聞いた事がなかったのだ。


「ミャー」

(外では何が起きているのでしょうか。ルービー様、フィン様。ご無事でいらっしゃるといいのですが……)

 

 ミーアの知る渉様は、とても体が弱かった。そして、ルービー様が渉様だと分かった後も、ルービー様は何やらとても悶え苦しんでいた。

(最後には鼻血も出ていましたし……)

 

 すると、心配するミーアの前を、慌てた様子の騎士様が、治療所に駆け込んで来た。


「グレソン様はいらっしゃいますか?」

 その声に、簡易的に閉じられたテントの布をめくり、おば様が出てくる。

「何だい?急病人かい?」

「ああ、テレサさん。フィン様より伝達でして。薬をもう少し分けて貰えないだろうか、と……」

 

 ピシリと背を伸ばした騎士様が伝えた内容に、ミーアは青くなる。

 ミーアはその騎士様に見覚えがあった。いつかの夜、廃墟でお会いした兵士さんだったのだ。

 

「薬か。すまないが、こっちももう無いんだよ。天使が隠れてしまってね。……外は酷い事になってるのかい?」

 おば様は心配そうに聞く。


「ええ。数が数だけに、時間がかかりそうでして。今は士気が上がっているので大丈夫ですが、このまま長引けば、かなり苦戦を強いられるでしょう」

「そうかい、困ったね。そっちに行ってくれる治療師がいないか聞いてみるよ」

「すまない……助かる」

 

(兵士さん達が大変な思いをされてらっしゃるのに、わたくし、何も出来ないのでしょうか。ルービー様だって……せっかくお会い出来たのに、また、何も出来ないまま、お空に行ってしまわれたら……私……)

 ミーアの胸は引き裂かれそうになる。あんな風に泣く事しか出来ないなんて、もう絶対に嫌だった。

 

(猫の姿でも、何か出来るはずですわ。だってわたくし、おまじないには自信がありましてよ!)

 ミーアはすくりと立ち上がる。

(マロン様、私をルービー様の元へ連れて行ってくださいまし!女神様、どうかわたくしに勇気を!)

 

 ミーアの声が天に届いかのか、或いは、ミーアの従魔スキルが発動したのか……。

 突然マロンが耳を立て、近くで休んでいた、リボンを着けた部下達に、ワフッと声を掛けた。

 狼に似た大きな部下達は、尻尾を立て、立ち上がると、ミーアの指示を待つようにマロンに乗ったミーアを取り囲んだ。


「ミャー!」

(皆さんも一緒に行って下さるのですね!)

「「ウワフッ!!」」

「ミャー!!」

(心強いですわ!!)


 タッ!とマロンは駆け出す。11匹の魔獣を引き連れて。

 目指すは正門。マロンは外に行く為の門を覚えていた。

 


 その時正門では、怪我人を入れる為、少しだけ門を開けていた。そこへ、物凄い速さで、犬?の1団が駆け込んで来た。


「うおっ!!そのワンコを止めてくれ――!!」

 門兵が叫ぶも、手をつけられず、1団は通り抜け、外へと飛び出して行ってしまった。


「やだァァァァ――!!なんで止めてくれないのよおォォォォ!!」

 続いて素晴らしいフォームでスキンヘッドの男が通り過ぎる。

「あれ、何処かで見たような?誰だっけ?」

「マロンだ……やべぇ。グレソンに弱み、握られるぞ」

 だが、門兵長は頭を抱え、座り込んでいた。


◇◇◇


 ルービーはフィンと2人、パーティを組み、魔物に囲まれないよう注意しながら敵を崩していった。なるべく王都には近付けたくない。そう思っていたのだが。

 魔物を倒し始めて暫く経ってから、魔物が自分の方にも敵意を向け始めた事に気付いていた。

 

「そろそろポーションを飲め、ルービー!恐らくそれで浄化される」

 フィンが言う。だが、浄化されてしまえば、魔法が撃てなくなりそうで、ルービーはポーションを口にするのを躊躇っていた。


「ミーアがせっかく用意してくれた物だが、今は、皆を助けるのが先だ」

 早くミーアに会いたい。この一瞬にも、また、何処かに行ってしまうのではないかと、怖くてたまらなかった。でも……。

 

「そうか、戻るべき場所があるというのは、こういう事なんだな……」

 ルービーは知る。騎士団員が王都に戻りたくなる理由を。そこに、会いたい者がいるからだと。

 辺りを見れば、疲れきった団員や、怪我をした者も少なくない。

 

 彼らが会いたい者に再び会えるのか。

 それが自身の働きにかかっている事を、ルービーは初めて自覚していた。

「フィン、いくぞ!!」

 ルービーは、皆を助けたい一心で、氷床!と唱え、自らも剣を握り、角を折りに走る。


 城壁は近付いていた。歩廊より降り注ぐ矢に撃たれた、魔獣の死体から出る魔素は、すぐそこまで来ていた。

 

「ルービー、待て。逸るな!」

 案の定、駆け込んだ先でルービーが口を押え、蹲った。

 漂う魔素が苦しげなルービーへと注ぎ込まれていく。


 グオオオオ!!

 そのルービーの魔素に気付いたのか、魔物が喜びの雄叫びをあげ、こちらに駆け寄ってきた。その姿はボンディに似ていた。


「クソっ!あれは人ではないか!!ルービー!!」

 フィンが慌てて駆け寄ろうとした時、その足元を風が通り過ぎた。

 フィンより先にたどり着いたのは、スタンリー家の犬だった。


 ワオォォォ――ン!!

 マロンは一声吠える。すると、マロンと同じく、リボンを着けた大型の狼らが、果敢にも元は人であったであろう大型の魔物の足に飛び付き、噛み付いた。


「今のうちに!……ルービー?」

 だが、フィンが駆け寄った先でルービーは、先程までの苦しそうな表情は何処へやら、ウロウロと何かを探している様子。

「ミーア!?何処だ!!」

 と、地面を見ていた。


「ミャ?」

 フィンのすぐ横でミーアが応える。ミーアはマロンの背に乗り、従魔になった魔獣を引き連れ、助けに来てくれたのだ!

 だが、ルービーは気付かず、焦ったように超ド級の氷魔法を放った。

「クソっ、邪魔だぁ――!」

 バリ――ン!!


 グリズリー程ある人型が、狼を追い払おうと、しゃがんだままの格好で凍った。

 ミーアはその魔獣を助けようと慌てて飛び移り、その角を撫でる。

「あ、待て、ルービー!!」

 フィンがミーアに害があっては行けないとその角を折り、ミーアを抱きしめた所で……。

 

「クソぉぉぉ!!何処だ!!」

 ババババ――ッ!!


 ルービーの魔素に寄って来た小型の魔物も、その姿のまま、凍りついた。

 

「いや、待て!ルービー、聞くんだ……」

 フィンがまたその魔物の角を折ろうと、風刃を唱えた時。

 ……それは起きた。


 フィンの起こした風が、真っ白な氷の粉をふわりと巻き上げたのだ。

 それは、新たに現れた魔物に降り注ぎ、一瞬にして、その効果を表した。魔物の角が見るまに白くなったのだ。


「え?……待って……嘘だろ?」

 フィンは辺りを見回す。

「そうか……」


 それは奇跡が起きた瞬間。ルービーの凍らせた魔物と一緒に、ミーアの造り出す浄化魔法の結晶である白い花が、凍っていたらしい。それが、フィンの風刃で削られ、真っ白な氷の粉となって舞い上がったようだ。

 

「雪?」

 ルービーも、その光景にようやく落ち着きを取り戻し、顔をあげていた。

「雪って、こんなに感じなのか?見た事ないが?」

 フィンは思わず手のひらをかざした。


 ふわふわと、羽毛の様に辺りを舞うのは、冷たい氷だ。手の平に乗れば、すぐに溶けてしまう儚いもの。でもそれはとても美しかった。

 

 フィンが美しいなと呟くと、ルービーはそんなフィンを見て微笑んだ。

「フェリベールが喜ぶな」と。

 そして、足元を見て、途端に顔を綻ばせた。それはもう、蕩けるくらいの笑顔だ。


「ミーア。こんなところに……。危ないだろ?来ちゃダメだって言ったのに。嬉しいけど」

 真っ白な子猫をすくい上げ、優しく抱きしめる。

 その光景を見ただけで、フィンは幸せな気分になっていた。


 だが、それも一瞬の事。ここは戦場だ。

 フィンが顔を引締め、辺りを警戒すると……。

 驚いた事に、近くの魔物たちが、みな正気に戻ったように、辺りをふんふんと嗅ぎ始めていた。そして、隠れる場所を探すように、森へと向かって駆け出したのだ。

 

 それはミーアの起こす奇跡だ。ミーアの浄化魔法は、フィンの常識を遥かに超えるほど素晴らしかった。

 フィンの頭の中に、この戦いの終わりが見えた。

 

「ルービー、終わらせよう。この戦いを俺たちの手で」

 フィンはそう言うと、ルービーの前に膝をつき、猫のミーアに手を伸ばした。


「ミーア、さっきのお花、沢山咲かせられるかい?」

「ミャー!」

 子猫が鳴くと、ミーアの周りに、ふわっふわっと、花びらが舞う。

「天使の羽みたいだ。猫だけどね」


「ミーア、素敵な魔法だね」

 ルービーはそう言うと、顔を引き締め、ルービーを見た。

「フィン、了解した。この地に雪を振らせよう」

「ああ。ルービー、きっと俺たちなら出来るよ」


◇◇◇


「太陽より降りし空気よ、水を孕み、つむじ風を起こせ!サイクロン!!」

 フェリベールはありったけの魔素を使い、歩廊に手をかけ頭を出した魔物に、渦巻く雲をぶつけていた。

 もうこれで何人目になるだろうか……だが、恐らくこれが最後の1人だ。


 おぉぉぉ――!

 魔物が歩廊より落ちてゆく。

 人であった時、どんな生き方をしていただろうか。

 フェリベールは心が痛み、胸を掻き抱いた。


 その時、フェリベールの頬をふわりと冷たい羽が撫でた。フェリベールは、自身の頬に手をやり、呟く。


「溶けた……雪、なのか?何処から……?」

 それは、歩廊より落ちていった魔物……人にも降り注ぎ、その角を浄化するように、白く染めていた。

「素晴らしい……これでこの者たちの魂も天へと登れるだろう」

 フェリベールはその瞳が潤むのを感じながら、心から祈りを捧げた。


「見ろ!雪だ!!」

「冷たい!……なんて綺麗なんだ」

「初めてみたぞ!雪だ――!」


 雪だ!!雪だ!!と、歩廊に集まったもの達がはしゃぎだす。

 そして、静かにその奇跡は起きていた。

 

「見ろ!魔物が森に帰って行くぞ――!!」


 歩廊の下、ある1箇所を中心に、魔物が群れをつくり、森へと方向を変えていた。

 その奇跡の中心に見えたのは、氷塊を作り出す美しい魔導師と、風を操る凛々しい王子の姿だ。

 皆、歓喜に震え、2人を称えた。


「勝ったぁぁぁ!!」

「終わった!終わったのよ!!」

「「やったぁぁぁぁ――!!」」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ