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35話 出陣

「なんだってぇー!?ルービーにとうとういい(ヒト)が出来たって?……本当か!?」


 正門前、出撃直前だと言うのに、騎士団の面々は、ルービーを取り巻き、その頭を撫でくりまわしていた。ルービーは困ったように笑っている。

 フィンはそれを嬉しいと感じる反面、今から厳しい戦場へと向かうと言うのに、緊張感の欠片もない騎士団員に少しの苛立ちを感じていた。


「誰一人欠けることも許さない!!皆で生還するぞ!!」

「「お――!!」」

「ルービーの女を見るまでは死ねねぇぜ!!」

「はははっ!その通りだ!!」

 フィンの激励に、返ってくる言葉は何処か締まりがない。

 先程聞いた父の言葉が胸に痛い。あんな風に自分も皆を送り出したかった。だが、今の自分にできる事など、この程度なのだと思い知らされる。

 

「開門!!」

 少し落ち込みながらも、フィンは先頭をきって、馬を馳せた。直ぐに隣にルービーが並び、騎士団は各々自慢の愛馬で出撃した。思えば、こんな風に馬に乗り、攻め込むのは初めてかもしれない。いつも魔物は向こうから攻めて来たからだ。

 走り出して間もなく、魔物の群れが見えて来て、フィンは顔を引き攣らせた。


 恐ろしい数の魔物だ。ネズミに猪、猫に蛇に……。どれも、普通では有り得ない大きさだ。何だあれは!人ではないのか?

 声を凍らせたフィンを見て、援護するようにルービーが詠唱を始めた。


「氷よ、刃となり我が腕の一部となれ。それより放たれるは水の鞭、更に月に近づきて土をも凍らす氷床となれ!」

 

 ルービーの手から伸ばされた水の鞭はクルクルと円を描き、まるで縄を投げるように前方へと放たれた。その水は、シュルシュルと地面に着いた途端、地面を濡らし、魔物を巻き込み、凍り始める。前方の魔物がこちらに気付くまでもなく、バババッと、一気に凍った。

「いくぞぉぉぉ!!」

「「お――!!」」

 それを見た騎士団員らは、フィンの合図を待たずに剣を掲げると、魔物の群れへと勢いをつけ突っ込んで行った。


 毒を塗った剣の効果は絶大で、騎士団はとても順調に魔物を蹴散らし進んだ。だが、それも最初のうちだけだった。

 魔物を叩けば叩くほど、更に大きな個体が現れるのだ。大きな個体は毒が効きにくい。しばらくすると、騎士団の多くは馬を降り、剣を抜き、戦い始めていた。

 

「ぐおッ!」

 大ネズミに飛びつかれ、騎士が吹っ飛ばされる。仲間が援護に入り、足止めをすると、数人がかかりでどうにか魔物を打ち倒す。

 すると、今度はそれを狙って気持ち悪い程の数のネズミが死体に群がり、その中の数匹が肥大化するのだ。

 

「怪我人だ、下がれ!ポーションを!!」

 大きな魔物は手強い。何より群れたネズミの鬱陶しい事よ。切り込めば反撃にあい、負傷者もで始めた。

 フィンは、押されつつある隊を見つけては、馬上から魔物を蹴散らしつつ、魔法を唱える。

 

(くう)よ、己を揺るがし強靭なる刃となれ。風刃!」

 

 ルービー程ではないが、フィンも基礎的な魔法は使える。

 バババッ!とかまいたちの様な風が舞い、小さな魔物が、キィと倒れた。やはり、小さな魔物には魔法の方が効くようだ。

「すまねぇ、総隊長!あっちも見てやってくれ!」

 悲しいかな、騎士団の中には、アルスターやフィンの様に、攻撃に魔法を使う者はいない。フィンは頷き、別の肥大化した個体の方へと馬を向けた。

 

 辺りを見れば、対格方向から出撃した冒険者らも苦戦し始めているようで、1匹の魔物化したオオヤマネコに、数人がかりで飛びかかる様子が見て取れた。

 

「このままでは泥沼だ……」

「ウロウロすんなっ!!こっちに近づくんじゃねぇ、馬が殺られるぞ!!」

 フィンが眉をひそめたその時だった。フィンの背後にいきなり黒い影が現れ、ドーンとのしかかってきたのだ。

 

 それはオオヤマネコの尻尾。

 フィンはすんでのところで手網を引き、逃れるも、馬はバランスを崩し、横に倒れた。

 

「王子!!」

 体が反転し、フィンは大きな衝撃を覚悟する。だが、痛みは訪れず……。

 目を開ければ、大きな腕が、がっちりとフィンの腹に回っていた。

 

「あなたは……チャーリーさん!?」

「……ッ痛ェ――。大丈夫か?王子様よォ」

 チャーリーは身体を起こし、馬に惹かれた足を引き抜こうと馬を蹴った。

「ってぇ――っ!クソっ!」

 馬はチャーリーの足の事などお構い無しに、体をジタバタと動かし、起き上がる。フィンは、慌ててチャーリーに手を伸ばし庇った。

 

「すまない。私は大丈夫だ。しかし、あなたが……」

 フィンは情けない顔で言う。見れば、チャーリーは肩からも鮮血を流している。どうやら近くにある岩にぶつけたらしい。庇われなければ、自分の頭がそこにあったと思うと……。フィンの背中に冷たい汗がつたった。


「気にすんな。王子様を守れたとなりゃ、誉れだ。おっと……こうしちゃいられねぇ。次が来るぞ」

 フィンは、隙をついては襲い来るネズミを、無理な体制のままでも切り倒し、急いで懐からミーアの薬瓶を取り出した。

 

「これを……!!」

 チャーリーは少し目を見開くと、首を振る。

「いや、俺は大丈夫だ。それはお前さんがいざという時に使うべきだ」

 だが、フィンは引く訳にはいかない。チャーリーはこの戦いに、なくてはならない存在だからだ。

 

「今がその時だ。頼む、飲んでくれ。我々にはあなたの様なリーダーが必要だ」

 チャーリーは、なるほどと、目を細め、薬瓶を受け取ると、一気に飲みほした。


「王子様は人たらしだな」

 そう言うと、チャーリーはゆっくりと体を確かめるように立ち上がり、腕をブンブン回し始める。

「こりゃすげぇ!力が漲るぜ!ぶっ飛ば――す!!」

 

 有言実行。チャーリーは吠えながら前方の冒険者をいたぶるっているオオヤマネコへと突撃した。その後ろ足に飛びかかり、その太腿に腕を回すと、フンッと締め上げる。


 ギャッ!!

 鳴き声を挙げるオオヤマネコをズリズリと引き摺り始め、回転をつけると……。

 ブンッ!!と投げ飛ばした。

 オオヤマネコは宙を舞い、数メートル先の魔物を巻き込みながら落ち、ずさささと引きずった。


「すげぇ――!ぶっ飛ばしやがった!!さすがチャーリーだ!!」

 冒険者らに活気が戻る。チャーリーはさらに吠える。

 

「俺たちゃこんなもんじゃねぇ、まだやれるぞ!!」

「「うおぉぉ――!!」」

「見せてやれ!野郎ども――!!」

「「おぉぉぉ――!!」」

 ガンガンと盾が打ち鳴らされ、士気が見る間に上がってゆく。

 それを目の当たりにしたフィンは、薬を渡す相手を間違えてなかった事に安堵した。


「フィン!大丈夫か!?」

「フィン様!!」

 隊長とルービーがここでようやくフィンに気付き、走り寄ってきた。チャーリーもトドメを冒険者に任せ、フィンの所に戻って来る。

 

「やはりあなたは凄い。情けないが、俺には出来そうもないな……皆に助けられてばかりだ」

 ルービーの腕を借り立ち上がりながら、フィンが言うと、チャーリーは笑いながらフィンの肩を叩いた。

 

「はっ、当たり前だ。俺はお前さんの倍は生きてんだぞ。そう簡単に超えられちゃ困る」

 そして、ニッと笑う。

「戦場では命の価値観がおかしくなるもんだ。皆、自分が生きる事に必死だからな。だが、お前さんは、しっかりと、皆を生かす選択をした。これがお前の良さだろう」

「……どういう事?」

 首を傾げるフィンに、チャーリーは優しく微笑む。

 

「今は分からんでいい。だが、俺が褒めてるんだ、お前さんはいい男になるぞ……まあ、まだ先だろうがな。だから……今は俺が肩を貸してやろう。俺を駒として使うといい」

 チャーリーは驚くフィンにそう告げると、「で?どうするんだ?頭脳派の王子様よぉ」とウィンクをして見せた。


 チャーリーさんが褒めてくれた。それだけで力が湧いてくる気がした。自分は本当に単純だなと思いながらも、フィンの心は大きく高揚していた。


 フィンは立ち上がり、辺りを見渡す。行進は止まったようだ。だが魔獣は、周りからいくら攻撃しても、王都を目指す事を諦めない。そこに魔王がいるからだ。これがこの戦いの特徴だ。

 外から崩せば、攻略は容易いと思っていた。しかし、数は減っても、強力な個体が増え続ければ、こちらの人数を全て投入しても勝てないだろう。

 

「ルービー、そこの群れのど真ん中に敵の足を止めれる位の範囲氷魔法をぶち込めないか?」

 フィンは気付いていた。魔素なる物の飛散によって魔物が大きくなる事を。あとはそれをいかに上手く伝えるかだ。


 フィンの要求にルービーは頷き、氷床!と唱える。

 バババッ!とオオヤマネコの死体に群れるネズミの群れが凍る。フィンは剣を抜くと、軽く足を鳴らし飛びした。


 それは……先へ先へと打って出ていたもの達が、皆、手を止め、目を見張る程、見事な剣技だった。

 

 凍った魔物の角だけを綺麗に切り落としていく、その姿は、踊りを舞っているかのよう。

 あっという間にそこいら一帯のネズミの角を落とした王子は、最後に風刃!!と唱えた。


 魔物の断末魔が響き、魔物が一斉に倒れる。そして……静けさ。今までなら、ここに他の群れが集まり、肥大化する個体が現れるのだが……?


「どうなってるんだ!?」

「何の魔法だい!?魔物が来ねぇぞ!!」


 フィンは声を挙げる。

「トドメを刺す前に角を折るんだ!!4、5人づつチームをつくり、体力を温存しながら戦いに挑もう!時間はかかるが、確実に勝てる!!」

 

 だが、長期戦の苦しさを知る冒険者らは、フィンに渋い顔を向ける。チャーリーが援護しようと前に出た時、フィンはニヤリと笑い、言った。

 

「大丈夫だよ。皆が協力すれば、あっという間だ。これは、騎士団と冒険者。お互いの実力を知り合う、いい機会じゃないかい?」

 

 これには、チャーリーはガハハと豪快に笑うと冒険者らを煽り始めた。

「こりゃ、騎士団に負ける訳にはいかねぇな!!パーティを組め!倒す前に必ず角を折るんだ!わしらは右翼の敵から徹底的に潰すぞ!!」

「「お――!!」」


 フィンも、心配そうに後ろに控えていた騎士団に、剣を掲げてみせ、その意志を表す。

「では、左翼の方はこちらに任せろ!大舟に乗ったつもりで見ているがいい!皆、いくぞ――!!」

「「お――!!」」


 見事な連携を見せる騎士団に、冒険者までもが感化され、纏まり始めていた。皆、やる気に満ちている。

「こりゃ、末恐ろしい王子だな」

 チャーリーがフィンの方を見ると、フィンはポーションの追加を頼むよう、部下に指示を与えていた。間違いなく、フィンならやり遂げるだろう。そんな自信が、チャーリーの中に生まれていた。


「チャーリーさん。ありがとうございました。国の方でも出来る限りの援助をします。ですから、なんなりと要望を……」

 フィンがそんなチャーリーの視線に気付き、礼を言うと、チャーリーはガハハと笑った。


「要望?そんなもん決まってるじゃねぇか!酒だ!!」

「え?酒……あ、はい」

「聞いたかぁ――!後で王太子が一杯奢ってくれるってよ!!」

「「うおお――!」」

 

 盛り上がる冒険者にフィンは苦笑すると、ルービーへと目を向ける。

 ルービーは頷き、笑顔を返してくれた……幸せだな。

 フィンは厳しい戦場にいながらも、胸が熱くなるのを感じていた。

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