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33話 嵐の前の静けさ

 それは、勇者ルービーが国家反逆罪として、レオンシオ二世によって裁かれ、殺されたと知った時より数十年が経った時の事だった。

 フェリベールがいつものように、墓所の花の手入れをしていると、ノースティアラ王国の王都の方角より吹く風が、非常に大きな魔力を孕んでいる事に気がついた。

 

 もしかしたら……。

 フェリベールは直ぐに流れの魔術師を装い、数十年ぶりに王都へと向かったのだった。


 だが、魔物である自分の馬で王都に乗り入れる訳にはいかない。フェリベールは途中で馬を放ち、王都へと続く街道を、徒歩で進んでいた。

 すると、後ろからやって来た馬車がフェリベールの横に止まり、窓から上品な紳士が顔を出した。


「オッサン、王都に行くなら乗ってけよ!」

 見てくれと言動の伴わない紳士だった。いや、身なりが良過ぎて勘違いをしたようだ。

 銀色の髪に少し癖のある顔立ち。非常に人好きのするその男は、18かそこらの若者だった。

「すまない。助かる」

 あまり人とは関わりたくない。そう思っていたはずなのに、気がつけばフェリベールはその馬車に乗り込んでいた。

 

 ダリウス・スタンリー。彼はそう名乗り、フードを被ったまま顔を伏せる私を訝る事なく、勝手に話し始めた。


「実はさ、子が産まれてな。予定よりかなり早かったもんだから、慌てて帰ってるって訳よ」

「ほお……それは良かったな。おめでとう」

 思わず出た言葉に、ダリウスはそれはそれは嬉しそうに微笑んだ。その素直さ、フェリベールはこんなに魅力的な男をルービー以外、見た事がなかった。


「ありがとう!」

 ダリウスはただ話し相手が欲しかっただけの様で、それから、妻とのなり染めから子どもが出来たらやって見たい事まで、ベラベラと話し続けた。


「そうだ、名前!オッサン、何かいい名前ない?」

 

 名は親から子への最初のギフト。そんな大切なものを私に聞くか?そうは思ったが、気がつけば、フェリベールの口は勝手にその名を呟いていた。

「ルービー……」

「ルービーか!良いな!」

 ダリウスは何度もその名を繰り返す。それを見て、フェリベールの心は次第に暖かくなっていくのを感じていた。


 後から、その国でルービーの名は反逆者として刻まれているかもしれないと思い至った。だが、それは杞憂だった様で、ルービーはその後、のびのびと育ち、勇者としての片鱗を見せ始めた。

 

 ルービーが転生したら、連れ去り、自分で育てよう。

 フェリベールはあの日、そう考え、王都へと足を運んだ。

 だが、訪れたその国は、かつてルービーを葬った時のような閉鎖的な印象とは程遠く、今、まさに生まれ変わったかのように、生き生きとしていたのだ。


 

「王が変われば民も変わるものだな」

 フェリベールは、隣で騎士から馬を受け取る、砕けた王を見た。

「フェリベールにも馬を」

 王が騎士に指示し、騎士は震えながら私に手網を手渡してきた。

 

「敬称は何処に忘れてきた?」

 フェリベールが眉を寄せて言うと、王はケラケラと笑う。

「すまない。スタンリー家から送られる定期報告には敬称がついてなかったんでな。ま、いいだろ?わしの事もアルビーと呼ぶといい」

 なるほど、ダリウスもルービーの名付け親が魔王だと知っていたと言う訳か。


「ルービーらは治療を施してから向かわせる。わしらはそれまで門を守りきるぞ。1人の死者も出す訳にはいかぬ!」

 1人もだと!?アルビーは馬を跨ぎ、無茶を言う。

 恐らく、私とルービーに、ギリギリの状況からの起死回生劇を期待しているのだろう。


 魔王が味方になった事を、国民に認めさせるのは生半可な事ではない。だが、自身の策略で人が死ぬような事があってはいけないという訳だ。


「フンっ。俺はルービーが来るまでのつなぎだと言いたいのか?ふざけた事を言う。ルービーが来る前に全て終わらせてやる……魔王を舐めるなよ」


◇◇◇


 トリップ。

 それはリリファが唯一まともに使える魔法だった。

 だがそれは、自分一人に使用した場合の事。大きな荷物を持ってトリップしようとすれば、それだけ沢山の魔力は必要だし、ましてや自分と同じ……いや、自分より遥かに多い筋肉量……質量を移動させるとなると、その消費魔力は計り知れない。


「ここは何処?」

 リリファは辺りを見回した。

「どうやら王都から飛び出してしまったようですね」

 答えるのはオルス。そう、リリファはオルスの手を繋いだまま、転移魔法を使ってしまったのだ。って仕方ないじゃない!コイツ、手を離さないんだから!!

 

「ここはドルバとの国境近くの街道ですね。あちらにサティの街の釣鐘が見えます……リリファ、失礼致します」

 そう言うと、突然、オルスはリリファを抱え上げ、走り出した。

 リリファは慌ててオルスの首に手を回す。オルスの肩越しには魔物の姿が見えた。


「な……何!?なんでこんなに沢山いるの?」


 腐肉を好む狼を始め、猫やネズミ、タイガーの様な獣までいる。ただ、全てが普通の個体よりも大きく、飢え、狂ったように一身に何処かに向かって行進していた。何よりもゾッとしたのは、その中に人間の姿が見えた事だ。


「なんてことを……」

「リリファ、これは些かやばいかも知れません。囲まれます」


 そう、魔物の好物は魔力。聖女として活躍したリリファの魔力は普通の人間よりもかなり多かった。

 オルスは見晴らしのいい街道を離れると、大岩を見つけ、リリファを下ろす。そして腰の剣を抜き構えた。

 

「下がっていて下さい。もし可能ならば、私に構わず、先程のようにお逃げください」


 ネズミとは思えないほど、でっぶりと太った魔物が飛びかかってくる。オルスはそれを難なく切り捨てた。だが、それは始まりでしかないのだ。リリファの魔力に寄せられた魔物は次から次へと襲ってくる。

 

 オルスは強かった。こんな時なのにリリファはときめいてしまう。

「さあ!お逃げください!あなたなら出来るはずです!!」

 オルスが叫ぶ。

 

「そんな……」


 共に戦う事だって出来るはず。だけど、オルスは何処までも優しい。いつも、リリファの事を心配し、1番に考えてくれいた。

 リリファは今まで1度も、誰からもこんな風に扱われた事がなかった。だから、オルスのこの優しさに気付けなかったのだ。


 魔物の攻撃は激しくなり、次第にオルスが追い詰められていく。そしてとうとう、オルスが崩れ落ち……。

 リリファは魔物に取りつかれ、身動きの取れなくなったオルスに抱きついた。

「トリップ!!」


 2人……プラス、何か変な魔獣まで付いての魔力消費。さして遠くには逃げられないだろう。

 案の定、飛んだ先でも魔獣の行進とぶち当たる事になった。でも、成功するまで何度でもトリップを繰り返すしかない。だってオルスが怪我をしているから!


「オルス!!死んじゃダメぇ――!!」

 リリファはそれから何度もトリップを繰り返し……ようやく何処かの街に辿り着く。

 

「誰か、助けて!!」

 オルスに縋り付き泣き叫ぶ頃には、リリファの魔力は尽きていた。


◇◇◇


 ミーアの超絶回復術を受けたグレソンらが、王都の東門に到着した時には、移動の速い空の魔獣が大方片付いた所のようで、戦いは小康状態となっていた。

 だが、これからが本番。地上を駈ける魔獣はすぐそこまで来ている。

 王が皆を労い、状況を纏める中、グレソンはスタンリー家の面々を集め、情報交換を促した。


 自分の指示を待たずに参加していたのは、騎士団支援に出ていた面々だ。

「おい!何でアルスターが復帰してんだよ!テラといい、アルビー王といい、勝手にウチのモン使いやがって……ふざけんなよ」

 東門前広場。大きな噴水の前で、グレソンはテレサにボヤいていた。


「まあまあ、仕方ないだろ?フィン様が不在だったんだから。って……グレソン、その猫、連れて来たのかい?」

 宥めたテレサの指さす先には、さっきまでいたフィンの代わりに黄金色の猫が鎮座していた。

「クソっ!使えねぇな!!待ってろ、ラス1だぞ」


 グレソンがコソコソと建物の影に行き、隠れたかと思うと、すぐにフィン王子と共に戻って来る。

「世話をかけるな。俺は父の所に行くよ」

 フィンは急いで駆けて行った。

「ああ、後で覚えてろと伝えてくれ。……さて、ウチのは何人来てるんだ?」


 テレサの横にいるのは、見知らぬメイドと衛兵だ。恐らくオーラン家の者たちだろう。

「テレサ、馴染みの治療師を当たってくれ。今はいいが、この先必要になるだろう。そこのメイドは使えるか?」

 グレソンの指示に、テレサは胸を張って言う。

「ああ、素晴らしい子らだよ。勿論雇ってくれるよね?」

「留守を任せたアルバートが書類を纏めているはずだ。後で名前を教えてくれ。それと、そいつらは衛兵と見えるが?」

 

 若い、と言ってもグレソンよりも年上だろう男が5人、不思議そうにこちらを見ていた。

「グレソン、こいつらは使えるぞ。まあ、少々無鉄砲だがな」

 騎士団から解放されたか、アルスターが戻ってきて衛兵の肩を叩いた。アルスターを見る衛兵らの眼差しが羨望に変わる。

 

「そうか、じゃ、お前らには地味な仕事をしてもらおうか」

 アルスターからグレソンへ……。視線を移した衛兵らの眉が、グッと中心に向けて寄った。

 

「野戦治療所の設営と怪我人の収容。守るのは得意だろ?守衛なんだから」

「戦うなという事か?」

 グレソンの指示に、男が呻くように言う。

「命を守れと言っている。1人も死なせるなと、アルビーが言ったんだ。見たとこ、周りは血の気の多い奴ばかりだ。お前らの冷静な判断に期待していいか?」

「アルビーって……王命なのか!期待……了解した。やってやるよ」

 衛兵らは、何故、スタンリー家に王が入れ込むのか、少し分かった気がし、頷いた。

 

「さて、後は……お前、ブランデッセだったよな?何しに来た」

 筋肉馬鹿。チャーリーはそう言ったが、確かにそうだ。

「はい。遅ればせながら参戦致したく参りました。戦いならお任せを」

「じゃ、その隣のは?何で連れて来たんだ?」

 

 ブランデッセの隣には、捕獲したはずの、黒装束の男が4人、緊張した面持ちで並んでいた。拘束はされていない。逃げない所を見ると、ブランデッセとの間に何らかの絆が生まれているらしい。

 

「この方たちのボスが捕まってしまったらしくてですね、路頭に迷ってらっしゃったので。聞けば、この方たちは元奴隷らしくて……」

 男が口に当てた黒い布を下ろし、何かモゴモゴと言う。謝罪か?若いな。

 なるほどアホなブランデッセに毒気を抜かれたという訳か。

 

「お前らのボスなら、俺が牢屋にぶっ込んだぞ。それでもいいのか?」

 男の目が驚きに見開かれた。だが、それは一瞬で、すぐに目を細める。

「はい。拾われた恩はありますが、命まで捧げるつもりは元よりなかったんで。いつ逃げようかと思ってたんっすよ。だって、そのままいたら、アレにされちまうんで……」

 

 アレ。なるほど、ボンスリーは拾った子どもを強制的に魔物化させていたようだ。気の毒な事だ。

 

「まあ、いいだろう」

「え?いいんっすか?マジか……」

 男らはヒャッハーと手を打ち合う。

「その代わり、全ての情報を吐いて貰うぞ。裏切ったら容赦しねぇからな、覚悟しとけ」

「あ、はい!まさか、本当に雇ってくれるとは思わねぇで、はい」

「バカ言うな、強制労働だ。アルビーに掛け合ってやる。牢屋よりマシだろ?で?代表者、お前、名前は?」

 

「え?……あ、ボン……」

「ピーターです!」

 横からブランデッセが口を挟み、ウインクをした。確かにこれ以上、ボンシリーズの名前が増えたら、さすがの俺も混乱しそうだ。

 

「じゃ、ピーターな。お前ら、魔物に詳しんだろ?ちょうどいい――アルスター!専門家がいるぞ!戦い方、聞いとけ!!」

「おーう!……こりゃ本物じゃねぇか!!」

 離れた所からアルスターが驚いたように返事を返した。

「マジか……元騎士団長だぞ、やべぇ……」

 グレソンは慄くピーター(新)をアルスターに預けた。

 

「あらァー?ウチのクモちゃんと一緒の名前ね!」

 蜘蛛かよ……と、呟きながらアルスターに引き摺られていくピーターとすれ違う様に、フォーリィもやって来た。グレソンは手招きする。

 

「フォーリィ、お前も来てたのか」

「魔……ペットが出たって聞いて、飛んで来ちゃった!」

「お前、伏せる方、間違ってんぞ。ちょうどいい、ちょっとこっち手伝え。

 グレソンはフォーリィを連れて、野戦治療所設営予定地の、町外れの公園に移動した。

 

 だが、その現場は、クソふざけた状況になっていた。

 可愛い女の子が2人、キャッキャッとド級にデカい犬を洗っているのだ。いや、犬はマロン1匹。他は狼の魔獣。それが11匹、大人しく座って順番を待っていた。

 

 水を出しているのは王宮魔術師ルービー様だ。更には、魔王に風を送って貰い、乾かすという暴挙。

 王城から派遣されて来た衛生兵が遠巻きにそれを見、目を白黒させていた。

 

「何やってんだよ……お前ら……」

「グレソンお兄様――!ご紹介しますわ!カミラですわ!!」

 ミーアがこちらに気付き、隣の赤毛を前に出し、にこやかに手を振っている。日光を背にするその姿に、グレソンは柄にもなくちょっと感動した。

「お……おおう」

 

「ふぁぁぁ……」

 その時、いきなり聞いた事のない声を漏らすフォーリィに、グレソンはギョッとし、距離を取った。

 散々変人と罵られたフォーリィも、これには驚いた……のか?彼は瞳を輝かせ、ドスの効いたおネエ言葉で、いきなり叫んだ。

「これこそがこの国の向かうべき未来よ!!魔物と人間との共存!素敵ィ――!!」…

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