32話 共闘宣戦
「ミーア、用事ってここで合ってるのかい?」
魔王と国王が握手を交わしたのを確認したルービーは、ミーアに手を引かれ、闘技場の地下へと入っていた。関係者達が、こちらです!と、奥へ奥へと、ルービー達を導くように道を開けてくれる。恐らくここにフィンとグレソンがいるのだろうと予測されるが。
「はい!ここに、マロン様の部下のお方が閉じ込められているのです!」
ミーアは別の者を探している様だ。
「マロンの部下?フォーリィのじゃなくて?」
闘技場の形に沿い、緩く湾曲した通路には、関係者控え室なのか、いつくもの扉の並んでいた。その狭い通路の最奥の扉が見えてきた時だった。
ドン!!と、1番奥の扉が派手な音を立てた。何かがぶち当たった音だ。ルービーは慌てて扉に近づき叫んだ。
「フィン!?」
すると、向こう側から、フィンのくぐもった声が聞こえた。
「ルービーか……こちらは2人で大丈夫だから、皆を避難させろ!」
カチャ。
向こうから鍵を掛けたようだ。
「フィン!!何を!?」
すると、バンッ!!と更に何かがぶち当たる音が!
獣のうめき声が続き、ルービーは慌てて叫んだ。
「誰か――!!鍵を!!」
だが、皆は避難したのか、地下の通路には、もう誰もいない。
「クソっ!」
フィンはグレソンと2人で、扉の向こうの、何かを片付けるつもりらしい。だが、聞こえてくる獣のうめき声は、かなりの数がいる事を告げていた。
ルービーは勢いをつけ、扉に体をぶつけた。しかし、鉄で補強された硬い扉はビクともしない。
だが、ルービーがもっと勢いをつけようと扉から身を引いた、その時。
近くで見ていたミーアが、スっと扉に近付き、取っ手に手を掛けた。
カチャリ。
「え!?」
鍵は!?と、驚くルービーを他所に、重たい扉をすんなり開け、ミーアは中へと顔を突っ込む。
ルービーが慌ててミーアを抱きかかえた瞬間、扉が大きく開き、中からフィンが飛び出して来た。
「すまん!!頼む!!」
続いて大きな獣が飛び出してくる。
元は狼だったであろう魔獣だ。だが、その大きさは、通常の狼の倍以上に膨れ上がっていた。
10頭ほどの獣はルービーたちの目の前を1度は通り過ぎたものの、何かを嗅ぎつけたように、直ぐに向きを変えた。
グルルル……。
狭い通路の端、あっという間にルービー達は魔獣に囲まれてしまっていた。
「俺の魔力か……」
魔獣は、より大きなチカラを欲する。ルービーは格好のエサという訳だ。
フィンも気付き、剣を握り、戻って来るのが見えた。ルービーはミーアを下ろし、魔法を唱える為、手を上げた。
「月よりい出し……」
「まあ!!皆さま、いけない子。人を襲ってはいけません!そんな事では、自由は手に入りませんよ!」
だが、詠唱の途中で、いきなりミーアがルービーの前に出た。なにやらご立腹の様子で、腰に手をやり仁王立ちだ。
呆気にとられたルービーの前で、ミーアは、自分の背丈ほどある魔獣に向かって、ビシリと指を突きつけた!
「お座りっ!!」
クゥーン……。
「「ええ!?」」
お座りどころか、伏せ。
呆気に取られるルービーとフィンの前で、魔獣たちは見事にミーアにひれ伏していた。
「お?終わったか。こっちも終わったぞ。こいつ、隠し部屋から弓で狙ってやがった」
一体どうやって見つけたのか、グレソンがボロ雑巾のようになったボンスリーを引き摺り、隣の扉から出てきた。
「何故……毒が効かない……おかしい……何故だ」
ボンスリーがブツブツと呟いている。
グレソンは、どうやら1発くらってたらしい。その腕には弓が刺さったままだ。
「はあ?決まってんだろ。俺は癒し系執事なんだよ!クソが!!」
そう言いながらグレソンは、ボンスリーを魔獣の前に投げ捨て、蹴りを入れた。
「グフッ!ヒィ――鬼っ!!」
ボンスリーが子どものように頭を抱え、丸くなった。
癒し系とは?
「ふっ……くくっ……ははっ」
この日、ルービーは初めて、フィンが腹を抱えて笑うのを見たのだった。
◇◇◇
同じ頃――。
隣国ドルバに繋がる街道の先、王都の東門の前では、騎士団の帰還に合わせ、兵たちが続々と集まってきていた。
門兵長は、集まったその人数を見て、ため息をついた。
続々、というには、些か……いや、かなり少ない。
門の前の広場にいるのは、王城から派遣された衛兵と、休みなく集められた騎士団だ。これだけで、どうやって襲い来る魔物を片付けられるというのか……。
王都には貴族が多く住んでいると言うのに、奴らは自分の身さえ無事なら国が滅んでも構わないようだ。
「アルスター。この人数で戦うつもりでしょうか?」
門兵長は、隣で満足気に頷く、元騎士団長を見た。
王命を持ったこのアルスターは、かつてはこの国1番の剣士だったと聞く。だが、それは魔物が少なかった時代での事だ。
魔物に蝕まれた今現在、引退した元騎士団長の考えが通用するとは思えなかった。
しかし王命には、このアルスターの名が、フィン不在の為の代役として書かれてあったのだ。
「十分だ。さあ、皆――!聞いてくれ!隣国ドルバが大国デッセシュバームに負けたとの連絡が入った!皆も知っての通り、戦争の後には魔物が大量発生する。今回も例に漏れず、大量に発生した魔物が確認されている。そして、今、その魔物が、王都に向かって行進中だとの連絡が入った!」
ガヤガヤと集められた者たちがざわめく。
王城から駆けつけた、姿勢ばかりが良い衛兵らが、不安げに腰の剣を確かめる横で、背中を預けられる場所を取り合っていた騎士団員が顔を上げ、眉をひそめた。
今しがた王都に戻ってきたばかりの騎士団員は、疲れきっていた。アルスターの話に、頭を抱えるように皆、項垂れた。
「フィン様もルービーもいねぇんだ。勝ち目はねぇ……」
騎士団員は聞いていたのだ。王都に戻ってきたルービーが、どんな目にあったのかを。守るべき民に裏切られ、それでもルービーがこの国を守ってくれるだろうかと、皆、思っていたのだ。
「そう言うな、お前たちはそれでも、王都を守ってきたじゃないか」
アルスターが言う。
「私たちも戦うよ!!」
「ハフハフ……バウ!!」
ボランティアらが、元気づけてくれるが……。
戦闘員は1人でも多い方がいい。だが、料理人と犬を数に入れていいものか。見れば、メイドも腕をまくっている。
騎士団員は苦笑した。
「お……遅くなってすまんのォ……。剣を何処にやったのか思い出せんでのォ……」
その時、どこで聞きつけたか、老人が、集まる兵らを割って入ってきた。景気づけに1杯やってきたのか、酒場から出てきた大先輩の手には……木刀?じゃねぇ!杖が握られていた。
「爺さん、何してんだよ!魔物は専門家に任せときゃいいんだよ。帰るぞ」
慌てて駆け寄る若者。爺さんの手を取り、連れ帰ろうとする。その姿勢を見て、誰かが呟いた。
「……俺ら、いつから魔物専門家になったんだ?」
騎士団員の呟きに、横に座る団員も頷く。
「誰のためにやってるって思ってんだよ……」
若者が険しい顔で振り向き、その場は一気に凍りついた。
守るべき民がこれでは、そう言いたいのも分かる。
誰もがそう思った。
しかし、元騎士団長殿はそうは思わなかったようだ。
呟いた団員の前に立ち、優しげな微笑みを湛えたまま、その肩をポンポンと叩いた。
「専門家。それでいいじゃないか。それだけ魔物と真剣に向き合ったって事。戦い続けた自分を誇るべきだ。たとえ民が褒めてくれなくとも、我々は共に戦った仲間を互いに尊重し合う事が出来る。それはとても有意義な生き方ではないか?」
それを耳ざとく聞いた爺さんが若者の手を振り払って言った。
「ワシは冒険者じゃった。危ない目にあった時は、いつも仲間の冒険者らや、騎士団と助け合ったものじゃ。その繋がりこそが我が宝。命など惜しくない。わしゃ、皆と一緒に戦うぞ!!」
それには、厳しい顔をしていた騎士団員も、顔を上げ、ニヤリと笑った。
「爺さん、いい事言うじゃねぇか!背中、任せていいか?」
「ああ、任せろ、若造!死ぬ気で守ってやるぞい!!」
と、その時、カーン、カーンと、警笛が鳴り響いた。
ピィィィ――と甲高い鳴き声が聞こえ、皆、空を見上げた。
大きなワシだ。今まで見た事もない程の。
その嘴に、爪に、人は簡単に掴まれてしまうだろう。
魔物は駆けてくるとは限らない。空を駆ける生き物もまた、魔物となりうるという事。それはこの国にとって初めて見る魔物だった。
「散れ!!建物の影に隠れろ!!」
「弓を!!」
「任せろぉぉぉ!!」
だが、いち早く弓を構え、立ち向かう者たちがいた。
彼らは、散り散りに避難する兵を嘲笑うかのようにそう叫ぶと、その魔物に向かい、弓を射った。
羽根を掠ったか、魔物がこちらに向かい、急降下して来る。それを大きな盾で打ち払う者、更に追い打ちをかける様に鋭い戦擊を繰り出す者達。
「冒険者だ!!戻ってきた!!」
あっという間に大きな魔物が倒され、皆、歓喜していた。
「すげぇ――!!一体どうしてだ!?」
興奮冷めやらない衛兵が冒険者達に走り寄った。
「いやぁ、テラがご褒美をくれるって言うからさ……」
冒険者は照れた様に頭をかいた。
「テラ?馬蹄の泥亭の?」
「ああ、一本傷のチャーリーが皆に声をかけて回ってるぞ。奴は信用出来る」
「皆、面白がって、帰って来てるぜ!!……っと、次が来やがった!なんて数だ……滾るぜ!!」
先程よりは小さいが、10を超える数の魔物が、空を埋め尽くす。
「羽根を狙え――!!テェッ――!!」
突如、聞こえた凛々しい女性の声に、物陰に避難した者らの視線が集まる。
と、空に向かってボン!!ボン!!と、次々と火球が放たれ、魔物を掠っていった。
威力も命中率も高くないその一軍の攻撃は、その数だけは素晴らしかった。
魔物がどんどんと落とされてゆくのを見て、皆、何者が現れたのかと、その一軍を見た。
ディディエラを先頭に、100を超える学生らが、戦闘態勢を整え、集合していた。その統制された動きは素晴らしく、魔法によって落とされた魔物は、剣術や体術科の学生らに取り憑かれ、あっという間に倒されていった。
「勝てる!!勝てるぞ!!」
騎士団らは遅れをとる訳にはいかないとばかりに、重い腰を上げる。その目の前に、先程の、老人の手を引いた青年の手が伸びていた。
「俺は鍛冶師です。何か出来る事はありませんか?」
その殊勝な態度に、騎士団員は口元を緩めると、その手を取った。
「もちろんある。戦えない者を安全な場所へ!お前たちが最後の砦だ。頼んだぞ!!」
「はい!!」
固く結ばれた手は、すぐに離される。
だが、もう大丈夫なようだとアルスターは、同じく心配そうに眺めていた、テレサに目配せをしたのだった。




