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2話 オーラン伯爵家の事情

 御屋敷に戻ったミーアは、お父様にこっぴどく怒られた。プリシラが、ミーアの失態をお父様にチクったのだ。

 

「ルービー様はプリシラの想い人だったのよ!お姉様のせいで、嫌われたらどうしてくれるのよ!」

 ギタギタと目を誇張するように化粧をしたプリシラが、目から魔法を放出しそうな勢いでミーアを罵る。

 

 イノシシの様な鼻息を上げ、でっぷりとした腹を揺らし、オーラン伯爵家当主、ジェスは毛むくじゃらの指をミーアに突きつけた。

「プリシラに変な噂がたったらどうしてくれるんだ!いいか、ミーア。金輪際、人様に姿を見せてはならん!これ以上、家に迷惑をかけるなっ!」

 

 ジェスは、これが本当に我が子か? 似てないな。とか思いながら、ソファに座る可愛い娘、プリシラの横で震える、全体的に白っぽい印象の小さなミーアに釘をさした。

 

「全く!猫の癖に厄介事を持ち込みおって」

 スタンリー家と言えば、王家に次ぐ大家。

 その現当主に迷惑をかけたとなれば、ミーアに未来はない。それどころか、伯爵家でしかないオーラン家は、公爵様の一言で簡単に潰されてしまう可能性だってある。

 

 ――問題になる前に、この娘を処分してしまった方が安全だろう。

 ジェイクは速攻でミーアの処分を決めた。


 オーラン家には娘が4人いたが、その長女、辺境伯の家に嫁いだパミラは、先日子供を産んだばかりだ。孫見たさに押しかけた妻を迎えに行くついでに、ミーアを森に捨ててしまおう。

 ミーアくらいの子供が迷子になることは良くあることだし、猫なら尚更だ。最近では街道のすぐそばまで魔獣が出ると言うじゃないか。

 

 まあ、その時までせいぜい部屋の隅で大人しく反省でもしておるといい。

 

「部屋は奥へと移せ!!」

 

 オーラン伯爵の癇癪に、後ろに控える執事アルバートは冷静に答えた。

「旦那様、お嬢様にご自身の部屋はございません。猫に部屋はいらないと旦那様が仰っりましたので。ずっと使用人の部屋に身を寄せてはおられますが」

 

「ふん!では明日は食事は抜きだ!」

 ジェスは腕を組み、ふんぞり返る。

 

「それは、明後日は旦那様方と同じ食事をご用意しても良いという事でよろしいのですか?ミーアお嬢様には、今まで1度も食事らしい食事をご用意した事はございませんでしたので。旦那様が猫には……」

 

「そんな事知るか!!外出は金輪際……」

「お嬢様は本日の舞踏会が初めての外出でございました」

 

 バン!とジェスはテーブルを叩く。

「分かった!なら、もういい!二度と屋敷に顔を出すなぁぁ――!!」

 ジェスは普段とは違い、自分の発言を遮る執事にキレた。

 

 ミーアは使用人に絶大な人気を誇っていた。

 忘れられた令嬢に同情する声も多い。だが、それ

以上に癒される存在として。

 

 執事はミーアお嬢様に良い御縁がこないかと考えていただけに、主人の発言に落胆が隠せなかったのだった。


 ◇◇◇


「わたくし、お家に迷惑をかけてしまいましたわ。カミラにも迷惑を……。せっかく私の為に、ドレスを用意してくれたのに。ごめんなさい」

 

 カミラの狭い部屋のベッドの上、ドレスを脱いだミーアは灰色の質素なワンピースを着ているにも関わらず、妖精の様に愛らしかった。

 

 白く艶のある長い髪は、緩くカーブし、とても触り心地がいいし、小さく白い顔に金の虹彩を散らした緑の瞳はとても人懐っこく、あどけない。可愛いらしさの極みとはこの事だ。

 

「天使!!」とカミラは我慢できずにミーアを、抱きしめた。


「ミーアのせいじゃないわ。あんな場所に堂々と馬車を停めるスタンリー家が馬鹿なのよ!でもね、ミーア。次の時に備えて、ヒールで走る訓練をしましょう!」

 カミラは、明日はプリシラの靴の中で一番ヒールの低いものをくすねてこよう、と決めた。

 

「はい!でも、次はないですわ。お父様は、金輪際、人に姿を見せるなと仰いましたから」

 だが、ミーアがとんでもない事を何でもないかのように言った。

 

「……クソッ。あのイノシシめ……」

 カミラは枕にパンチを繰り出す。だが、藁で出来たそれは、弾力の欠片もなく、痛みに手を振る。

「カミラ?大丈夫?」

 ミーアの心配そうな声にカミラはテンションと眉を下げた。

 

「はぁ……これでパトロン計画は潰えたわ。素材はいいからいけると思ったのに」

「素材?そういえば、カミラ。そろそろお庭のベリーが採れる頃よね!」

 カミラの落胆はよそに、ミーアは夢見るように両手を組むと、いつかお菓子を作って見たいですわ、と微笑む。

 

「いや、まだ早い……って、ミーア?あなた、伯爵令嬢なのよって、分かってる?」

「はい!今日は美しいお城を見られましたし……花火もとても綺麗でしたわね!」

 ふわぁと頬を染めるミーアを前に、カミラは頭を搔く。

 

 正しくは魔力球。散ったのは衛兵だ。

 火や水を使わないクリーンな魔法は実はとんでもなく扱いの難しい高度な魔法だと聞く。それを選んで使ってくるとは、宮廷魔術師様も一応TPOを気にして下さったらしい。だけどもっ!

 

「いや、入り口だけだからねっ!!あの男のせいで、中まで入れなかったじゃない。……あのね、ミーアは伯爵令嬢なのよ!本当なら、舞踏会なんて飽きちゃうくらい通ってる歳なのに!」

 

 ミーアは16歳。学園にも通ってないミーアに出会いなどない。だから、今の内にどうにかして婚約者を得ないと行き遅れる可能性が高かった。

 

 結婚しないと、この家から出ることは出来ない。オーラン家にいる限り、ミーアは人としてお日様を見ることは、一生出来ないのだ。

 だが、それをどう伝えればいいのか。

 

 顔を上げれば、心配そうに自分を見るミーア。下がった眉もまた可愛い。

 カミラはまた今度にするか……と諦め、ため息をついた。

 

「カミラ、疲れているのね。しっかり休んで」

「ふっ、どこまでもお人好しなのよね。……いい?ミーア、今日は絶対一緒に寝るのよ」

「決まってるじゃない。いつも一緒よ」

 

 ベッドはひとつ。

 いつも一緒に横になるのだけど、夜中に目を覚ましたカミラの横にミーアがいた事はない。

 カミラは再びため息をつき、それでも疲れきった体を休ませる為、目を閉じた。


 ◇◇◇


「今日は色々な事がありましたわ……」

 カミラの寝顔に、疲れが取れますように、とおまじないをしたミーアは、いつもの様にこっそり部屋から抜け出し、廊下の床の隅をゴシゴシと磨いていた。

 

『オーラン家の妖精さん』

 ミーアは、使用人達にそう呼ばれていた。

 

 真夜中に、掃除や洗濯、食事の下ごしらえの中でも、特に手の行き届かない細かい部分を片付けてくれる存在。

 ミーアは痒いところに手が届く、正に、猫の手だった。

 

「そういえば、綺麗な殿方でしたわね。わたくしの事、みあ、とお呼びになって……懐かしいですわ」


 ミーアは、ほんのり前世の事を覚えていた。

 今の生活が楽しくて忘れていたけれど、前世で美亜と呼ばれていた事を、先程思い出したのだ。


「前のお家では、あまりお役にたてず、皆様の幸せのお手伝いができませんでしたから、今度は頑張らないと。色んなものに触れられる様になった事ですしね」


 ミーア……美亜の住んでいた洋館は美しく、その後、幾人もの手に渡り、大切に保存され歴史的価値を認められるまでになった。そして、老朽化で壊されるまで、美亜はずっと御家に住み着き、お守りしていた。

 とは言え、何が出来るわけではなく、訪れる人の幸せを祈ったり、付いてくる悪い物に、シャーっと威嚇するだけだったけど。

 

「そうそう、わたくし、座敷わらしって呼ばれていましたわ」

 魔女の魔法で猫に変えられた美亜だけど、夜の間だけは人間に戻れる。

 でも、美亜の姿は誰には見えてないようですし、何故か美亜自身、誰にも何にも触れる事は出来なくて。

 

 美亜は昼間は猫、夜は人(幽霊)の姿で、宿屋、レストラン、カフェと、持ち主の変わる御家で働く人達を見ながら、お手伝いしたくても出来ないもどかしさを感じていた。

 だから美亜は、せめてと、屋敷を訪れる者に幸せや健康を祈り続けたのだ。

 

「渉様。美亜はお役にたてていたでしょうか。頑張ったのですよ!……でも、御家が壊されて、お空に……あっ!!」

 ミーアは突然思い出した。

「いけない!神様とのお約束を忘れていましたわ!ごめんなさい!!」

 窓の外にはお月様。

 ミーアはまだ明けやらぬお空に向かって、両手を合わせたのだった。

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