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26話 喧嘩するほど仲がいい

 月が登り、ミーアは人に戻っていた。

 

 月明かりの元、ガタゴトと揺れる檻の隅。鉄格子を背に意識を失い項垂れる、ルービー様の包帯だらけの手首に巻かれたロープと格闘していた。

(遅かったですわ。ルービー様が捕まってしまいました……うう、取れそうもありません)

 

 ちなみに、ミーアも檻の中だ。敵に見つからないよう、姿を消したまま皆様におまじないを唱えていたら、檻の中の怪我人にたどり着き……そこでお日様が落ちてしまい、出られなくなってしまったのだ。

 

(マロン様、ごめんなさい)

 姿を消したままのマロン様が何処にいるのか、ミーアでも見る事は出来ない。このままはぐれてしまったらと思うと、とても怖い。

 でも、今は目の前の怪我人が先だ。ミーアはルービー様のロープを諦め、気合いを入れて腕まくりをすると、ミーアの足元で死んだように横になっている紳士様に向き合った。


 黒髪が素敵な紳士様は手足をきつく縛られた状態で、ヌルヌルとした血で汚れた床の上に横になっていた。

 でも、この血は紳士のものではない。紳士様の傷は背中の矢傷1つなのだ。


 ミーアは紳士の背中の傷に当てている、血の染み込んだルービー様のマントを取り去って、そっとその傷口を見た。先程、ルービー様がここに刺さった矢を、思い切り引き抜いたのだ。


 傷口は深く、色が変わり始めていて、とても痛々しい。

 ミーアは今は透明な自分のエプロンを取り、その深い傷口に当てながら、必死に治りますようにとおまじないを唱えた。

 見えないはずの真っ白なエプロンは、その存在を主張するように、すぐに真っ赤に染まる。でも、紳士様のその額に手をあてれば、冷たいけれど、ちゃんとその鼓動が伝わってきた。

 

(でもこれは、冷た過ぎるのではないでしょうか)

 長く座敷わらしをしていたミーアには、体温なるモノがなかった為、いまいちピンと来ない。でも……。

(温かい方がいいに違いありませんよね?)

 よく見れば、額の少し上の方、黒髪に隠れて、マロン様と同じ、角の跡がある。見れば、紳士の首にその折れた角先が、紐を付けられ、ぶら下がっていた。

(角を治せば元気になるかもしれません!)

 ミーアはそっとその角を紳士の首から外す。と、その時……すぐ横でルービー様がズルリと床に崩れ落ちた。


「ん?」


 その微かな音に、敵が一瞬、コチラを向いた。

 ミーアは角を握りしめ、固まった。

 見えてないと分かっていても、ドキドキしてしまう。


「なんだ、坊ちゃんはおねむかよ。チッ!こっちは夜通し頑張ってるってんのによォ……」

 敵はすぐに興味を無くし、前を向いた。

 

「ボンスリー様、どこかで休憩しますか?」

 もう1人の敵が言う。

「いや、騎士団に追いつかれちまう。順に馬の上での仮眠とするか」

 敵もお疲れの様だ。


(でも!おまじないなんて、して差し上げなくてよ!!)


 ミーアはフンッと鼻息を荒くし、ルービー様を見る。スースーと寝息は聞こえるものの、その顔は傷だらけですし、とても辛そうに歪んでいて……。

 ミーアはマントをそっと掛けて差し上げた。

 

(そうですわ!お2人をくっつければ、温かいですし、おまじないも一緒にかけられて、一石二鳥ですわ!)

 ミーアはルービー様の手を、ヨイショと持ち上げ引っ張っる。

 でも、意識のない男の人はとてつもなく重くて……。

 仕方なくミーアは、黒髪の紳士の手にルービー様の手をしっかりと絡め、うん!と頷いた。


(では、女神様!よろしくお願いします!!)

 ミーアは繋いだ2人の手に両手を乗せると、思い付く限りの元気の出そうな言葉を考えた。


 傷が治りますように。元気が出ますように。あとは……。

 思い出すのは女神様との会話。

 

 私のスキル?は……疲労回復、血行促進、滋養強壮、栄養補給に……浄化作用、元気溌剌、悪霊退散とか?言ってませんでしたっけ?

 ちょっと増えてる気がしますけど!

 フンッ!とミーアは両手に力を入れ、効きそうな言葉を唱えた。

 

『ポン!ポン!ポン!ポン!……』

 アラートが次々に鳴り響く。おまじないが効いている証拠だ。

(でも、ちょっとだけ静かにしてくださる?)

 ミーアは集中し、くたくたになるまで元気の出る言葉を唱え続けた。

 

 しばらくそうしていると、心做しか2人の手が温かくなったような?

(良い夢が見れますように)

 最後にそう呟くと、ミーアは2人の間に丸くなった。

 安心したからか、とても瞼が重くなってきて……。


「カミラやオーラン家の皆様、助けて下さったオヤジ様も、皆元気でありますように。マロン様……ミーアは寂しいですわ……」

 ミーアは目を閉じた。


◇◇◇


 ルービーは夢を見ていた。

 

 美亜の優しい眼差しが、自分を見つめていて、まるで陽だまりの中にいるように、暖かい光に包まれていた。

 

「美亜……手を……」

 何年も、何十年も……ずっと触れたかったその手が、自分の手と重なる。

 幸せが胸に満ち溢れ……。

 涙が流れた。

 

 このままずっと覚めないで欲しい。

 でも、自分はとても欲張りで、美亜のその姿を一目見たくて……。

 

 ルービーはぎゅっと、その手を手繰り寄せ、目を開けた。


◇◇◇


「…………」

「すまない……大丈夫か?」

 辺りは明るくなっていた。

 目の前にはフェリベールが、困った様ような笑みを浮かべ、横になっていた。どうやら自分はフェリベールと並んで寝ていたらしい。

 ルービーが耳を赤くし、握っていたフェリベールの手をパッと離すと、フェリベールは突然シッ!と言い、目を閉じた。ルービーも急いで目を閉じ、近づいてくる足音に耳を澄ませた。

 

「おいおい、坊ちゃんは男なら誰でもいいらしいぞ。手ぇ繋いで仲のいい事で!これはフィン様にご報告しないとな!」

 ルービーがわざとゆっくりと目を開けると、糸目の男が、鉄格子の向こう側から手をかけ、ニヤニヤ笑いながらこちらを見ていた。

 

「魔王を殺ろうとしてたのでは?」

 馬に水を与えていたもう1人の敵が言う。

「ハハッ、それが出来りゃァ1人前だがな。ルービー坊ちゃんはまだガキだから、魔物は殺せても人間は殺せねぇんだよ。そうでなきゃ、大人しく捕まっちゃいねぇ……って変な気は起こすなよ。俺は今日、王都に戻る事になってるんだ。戻らなきゃ、あんたの御家の連中は……」

 ニヤニヤと笑いながら、糸目の男は首を斬る仕草をして見せた。

 ルービーはジロリと男を睨む。

 

 ……図星だった。

 恐らく自分は目の前のこの男の命すら、奪う事に躊躇するだろう。この世界は優しすぎて、自分が完全に腑抜けになってしまっている事に、ルービーは気付いていた。

 

「そんな顔をするなよ、ルービー坊ちゃん。すぐに男にしてやるからよ。そうだ、いい事を教えてやるよ。魔王に刺さった矢だがな、毒が塗ってあるんだ。この毒を喰らえば、どんな魔獣だって3日ともたない。だからお前が手を出さなくても、じきにこいつは死ぬんだよ。あ、もう死んでるか?……まあ、生きてようが死んでようが俺はどっちでもいいけどよ、生きてた方が国民は喜ぶかもしれねぇな。……ハハッ、さあ、行こうか!国中があんたの帰りを待ってるぜ」


 男たちが馬に乗り、馬車は動き始める。王都が見え始め、行く先がそこであると分かり、ルービーは嫌な気分になった。


「また、か……」

 

 公開処刑。

 人々は怒りの矛先の収めどころを求めている。

 勇者が魔王をやっつけてくれるのを待っているのだ。


 

「フェリベール、動けるか?」

 ルービーはフェリベールを軽く蹴り、ボソリと言った。

「やめろ。私を庇うような真似はするな」

 死人のフリをしたまま、フェリベールは呟く。

「互いに戦うフリをして、その隙に逃げよう」

 ルービーのその提案にフェリベールはふっと表情を緩めた。


「安心したよ。お前が生きる選択をしてくれて。だが、私は逃げるつもりはない」

「何故だ?」

「私は国民の望む結果に従うよ。ルービー、最後はお前が終わらせてくれ。魔王を殺せるのは勇者だけなんだ」


 希望のない輪廻がどれほど辛いものなのか、ルービーには分からない。だが、フェリベールは俺に、国を守りたいと言ったばかりじゃないか。


「まだ何も終わってない。闘技場に何かいるんだろ?リリファだって……」

 ルービーの言葉に、フェリベールはどこか、達観した表情だ。

「お前なら出来る。私は信じているよ」

「自分だけ先に死のうなんて……許さない」

「この老いぼれをまだ戦わせるつもりなのか?魔王は勇者じゃないんだぞ」

「どこが老いぼれなんだよ!それに俺はまだ勇者じゃない。ただの学生だ」

「ただの学生が、魔王と対等に戦える訳がないだろ!お前はだいたい自分が強いという自覚が無さすぎる。その力、一体何のために持ってると思ってるんだ?」

「それを言うならあんただって、いつまでも過去に浸ってないで、そろそろ墓から出て反撃したらどうなんだ?」


「おいっ、さっきから何話してんだよ、うるせぇな!いい大人が喧嘩してんじゃねぇよ!!」

 ボンスリーの叱咤に2人、顔を背け、黙り込んだ。

「ボンスリー様。魔王、復活してねぇですか?ルービーもなんか元気になった様な……」

 仲間の指摘に、ボンスリーは慌てた様子で馬に鞭を入れた。

「……確かに。急ぐぞ!もうすぐ王都だ。そのまま真っ直ぐ闘技場に向かうぞ!」

 

 闘技場……。

 ガタゴトと馬車は跳ねるように進む。すぐそこに王都の門は見えていた。

 2人は顔を背けたまま、ニヤリと笑った。


◇◇◇


「だから、開けちまったら、せっかく捕まえた魔王が逃げちまうだろ?一応、毒で弱らせてるが、何時また動き出すか……闘技場なら、バッチリな檻があるんだよ!」

「本当にこれが魔王なのか?ただのオッサンじゃなくて?」

「額を見やがれ!角が生えてんだろ?」

「ある……な。だが、白いぞ」

「はぁ!?……マジか……。魔王だから、亜種なんだろ?」


 ボンスリーと門兵らがしばらく揉めた後、顔馴染みの門兵長が、恐る恐る檻に近づき、ルービーの手首に巻かれたロープを切ってくれた。


「わりぃ、ルービー。今は出してやれねぇ……許してくれ。ボンデ商会の奴のやるこたぁ怪しいと分かっちゃいるんだが、しっぽが掴めてねぇ……止められねぇんだ。奴ら、危ねぇなからつてアラッサ闘技場に檻ごと突っ込むらしい。俺は本当にそいつが魔王なのか、今から城に行って指示を仰がなきゃなんねぇし、ここはお前に頼めねぇか?」

 ルービーは仕方ない、と、眉を下げ、頷いた。


「分かった。もうしばらく、こいつを見張ってるよ」

「助かる。武器はいるか?」

「いや、必要ない」

「そうか。……あと、街の奴らの言う事は気にするなよ。いっときの気の迷いだ」

 門兵長は珍しく歯切れの悪い声だ。

 首を傾げたルービーに、門兵長は手を振る。


「分からんでいい。耳は貸すなよ、寝てろ!!」

 魔王を前に寝てろと言うのも可笑しいが、ルービーはとりあえず頷いた。


◇◇◇


「幌を――!!」

 檻全体が幌で覆われ、ワラワラと出てきた騎兵に囲まれる様に、馬車は再び走り始める。

 

 物々しい行列に、人々が何事かと注目する中、馬車が街一番の大通りに差し掛かった時の事だった。

 宿屋の窓から、何者かが火のついたオイルランプを馬車に向かって投げつけた。

 

 火はあっという間に幌を焼き、檻の中にいる者たちを公然に曝した。


「さあさあ!今から世紀の大試合が始まるよ――!!数多(あまた)の魔獣を操り、我が国を恐怖に陥れた、大、大、大魔王様と、月下病の首謀者、この国最大の裏切り者、大魔術師ルービーとの一騎打ち!一騎打ちだぁ――!!皆、アラッサ闘技場に集まった、集まったぁ――!!」


 突如あがった、そのボンスリーの声は、騎士の制止も空しく、国中に拡がったのだった。

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