25話 害虫駆除
その頃、スタンリー家では――。
「うむ。こんなものだろう」
庭師に任命されたブランデッセは、スタンリー家の門を、最後に綺麗に拭き上げると、満足気に爽やかな笑顔を見せた。
「ウフン」
後ろで聞き慣れない音がし、振り向く。そこに、男の俺でも惚れ惚れするような立派な体格をした男の姿が見え、ブランデッセは頭を下げた。
先程、このスキンヘッドの男がクモとカエルを片付けて下さったのだ。おかげで今日中に終わらないかもしれないと、諦めかけていた戦いが終結し、掃除に手をつける事が出来た。
「ありがとうございます!え……と」
「フォーリィだ。礼はいらないよ。私の魔……ペットが世話をかけたね。いつもならケージに入れているんだが、グレソンの指示でウチの警備に借り出されててね。ピーターを助けてくれてありがとう」
ブランデッセは首を傾げる。
「ピーター……誰だろ。あ、守衛は留守なのですか?」
「歩きながら話そう」
フォーリィはブランデッセに腕を絡めた。
夕暮れで赤く染まり始めた屋敷の庭、2人は腕を組み、歩き始めた。
「生憎衛兵はいなくてね。まあ、必要なかったってのもあるが、なかなかウチに合う人間がいなくてね。ほら、ウチの執事、あれだろ?難しくてね。及ばずの君ブランデッセ。スタンリー家にようこそ。歓迎するよ」
フォーリィのその心底嬉しそうな笑顔に、ブランデッセはちょっとブラックな職場環境を疑う。しかし、庭を横切り、屋敷の奥が見えてきた所で、その考えが間違いだと分かった。目の前に可愛らしいガーデンハウスが見えたからだ。
「チャーリーは本当に庭師やってたんですね。これは師匠の理想そのもの。付き合いの長い俺には分かりますよ」
師匠は庭師になりたがっていた。だが、腕の立つ彼を、どこも庭師として雇ってはくれなかったらしい。
振り向けば、フォーリィはニコリと笑って頷いていた。意外に顔が近くて驚いた。
「ところで、庭仕事は初めてなのですが、何をしたらいいのでしょうか?」
ブランデッセは少し照れながらたずねる。
「主にお掃除と、害虫駆除だな。木を触ったらチャーリーに怒られるからね。トピアリーは彼の命よ」
「なるほど」
「さあ、武器はここにある。好きに使ってちょうだい」
「武器……?」
フォーリィはガーデンハウスの横に建付けられた倉庫を開けてくれた。中には確かに剣や盾などの武器もあるが、箒やレンガを磨くデッキブラシもある。
「ああ、ありがとうございます。では、出来る事から手を付けていくと致します」
ブランデッセはデッキブラシを手に取った。
「ウフン……」
「え?」
「この小屋は好きに使っていいとチャーリーに言われてるの。今日はもう遅いし、ここに泊まっていったら?」
確かに日は傾き、視界も悪くなってきていた。
「そうですね。では、もう少し仕事をしてから、休ませて頂くとします」
「まあ、誠実な人!素敵ね」
ウィンクを飛ばされ、フォーリィさんはお茶目な方だな、と、ブランデッセは微笑みを返した。
「フォーリィ!ヤギを退けてくれよ、野菜が食われるから!!」
遠くから声がし見回すと、屋敷の離れから料理人がフライパン片手に叫んでいた。
「はぁーい!!……あ、夕飯はあの離れでね!働きすぎはダメよ!メェちゃぁぁぁ――ん!!」
そう言いながらフォーリィは離れへと素晴らしいフォームでダッシュして行った。
「ははっ、のどかだな。さて、俺も、もうひと頑張りするか」
思えばこの数年、連勝を維持する為、ひたすら鍛錬の日々だった。金の為に剣闘士にはなったが、実は自分にはこんな仕事の方が合っているのかもしれない。
ブランデッセは近くにあった、大きなバケツとブラシを片手に、屋敷の玄関へとのんびり歩いて行った。
しかしその数分後、ブランデッセは何故あそこに武器があったのかを理解した。
「そうだよな……。カエルであのサイズだ。外のもデカいんだよな……」
言葉では表せられないほど、デカい虫が屋敷の正面玄関へと続くトピアリーに何匹も乗っかっている。モゾモゾと蠢くそれは鳥肌ものだが……これも仕事だ。
「害虫なのか?……ペットって可能性もあるな。まあ、色からして、毒はなさそうだ」
ブランデッセはチャーリーの木を守る為、とりあえずその緑色の幼虫を両手で掴み、次々に丁寧にバケツに詰めていくと、逃げないように蓋をした。
そして振り向き……腰を抜かし、尻もちをついた。
ギンッ!とコチラを鋭い目で狙っているのはニワトリだ。だが、その背丈は人の子よりもデカい。羽を広げれば、恐らく自分よりもデカいんじゃないだろうか。その胸や腿の筋肉は、愛でたいほどに魅力的だが……。
ブランデッセはバケツを握りしめたまま、ジリリと後ずさった。
目を離す訳にはいかない。そのクチバシが俺の隙を狙っているからだ。
ブランデッセは中腰のまま屋敷の入り口へと、ゆっくりと這いずり段を上がると、後ろ手に扉を探る。そして、手探りで取っ手に手をかけたところで、誰かにぶつかった。
「あ!すいません!!」
体に張り付くような真っ黒な衣装を付けた男だ。黒い布で、しっかりと顔まで覆っているのは不自然だが、今はそれどころではない。どうやらむこうも、何かから逃げて来たらしい。
ブランデッセとその男がドアを開けた瞬間。
メェェェ――ッ!と角を向けて突進してくる、超ド級ビッグサイズのヤギが!
コケ――ッ!と羽を広げた筋肉質なニワトリが!
同時にこちらに向かってきた。
「「うおっ!!」」
バタン……。
間一髪だった。
2人は同時に屋敷の中へと飛び込み、扉を閉めると、その扉に背をつけ、ズルズルと座り込んだ。
ドンッドンッと、扉が跳ねる。向こう側では何らかの戦闘が起きているらしい。
だが……助かったのだ!!
「危なかったですね……ハァハァ」
「ああ、殺られるかと思った……」
2人、ニッと笑い合う。
そして気付いた。
「……!!」
黒装束の男はスッと飛びずさり、短いナイフを構える。
「ああ!すいませんすいません!俺、怪しい者ではありませんので!!今日からここで雇われた新人です!!」
ブランデッセは顔の前で手を振り、盗人では無い事をアピールした。
男はそれでもナイフを下ろさない。
「警戒するのはごもっともです。ですが……あ?もしかしてあなた、ピーターさんでは?」
先程、フォーリィさんが出した名前をブランデッセは覚えていた。
「なるほど、諜報員だったんですか。あなたもあのクモに困っていたんですね」
恐らく自分と同じ様に、屋敷に入れずに困っていたのかもしれないと、ブランデッセは微笑んだ。
「ん――……ん?お前、ブランデッセか?あの、ボンディに負けた」
男は呟くと、ここでようやくナイフを下ろした。ブランデッセはニコッと人のいい笑いを浮かべた。
「やっぱりピーターさんでしたか!よろしくお願いします!!そうか、守衛がいないっていうのは、あなたみたいなガードマンがいるからだったんですね!なるほど」
勝手に納得するブランデッセに、男は合わせるように頷いた。
「あ……ああ」
アホで良かった……とか何とか呟きながら、ピーター(仮)は屋敷の裏口へとブランデッセを手招きした。職業柄か、目立つ場所は苦手らしい。
「今から集合地点に行くんだが、お前も来い」
「え?他にもいらっしゃるんですか?」
「まあ、な。……って、お前、何持ってるんだ?」
男はバケツを見ている。
「ああ、これですか?」
ブランデッセはピーター(仮)に、バケツを少し開けて見せた。
男は顔を近づけ覗き込む。
「――っ!!てめぇ!何見せやがる!!」
ガバッと顔を背け、涙目で苦悩するピーター(仮)。
バケツの中では虫たちが共食いを始め……(自主規制)
「あ、虫苦手でしたか?見慣れると、可愛いものですよ?」
無邪気な笑顔に、男は少し心配になってきた。
「お前、それ、魔……いや、その虫、そのうち進化するぞ」
「進化!!それは楽しみです。さぞかし美しく羽ばたくでしょうね」
「飛ぶといいがな……」
ふっと哀愁漂う笑みを見せると、ピーター(仮)は集合地点だと言う屋敷の倉庫裏へとブランデッセを導いた。
だが、ブランデッセが屋敷の倉庫裏に足を踏み入れた途端、男はブランデッセの後ろに回りこみ、その首に腕を回した。
「え?ピーターさん?」
目の前には、ナイフをクルクル回しながらニヤニヤと笑う3人の黒装束の男が。
ここまでくれば、いくら鈍いブランデッセでも分かる。
「騙したんですね……」
「勝手に騙されたんだろ?アホが!さあ、教えて貰おうか、この屋敷には何人いるんだ?魔獣の数も吐いてもらおうか」
グッと首が絞められる。物凄い力だ。
「う……言ったはずです。俺は今日、初めてここに……」
「自己紹介ぐらいされただろ!?」
「……いえ……全然」
ブランデッセは即答し、目を伏せた。
そういえば、朝からこの屋敷の門にずっといたというのに、フォーリィ以外、誰もブランデッセに声をかけてはくれなかった。
「……そうか」
しゅんとなるブランデッセに、ピーター(仮)は、ちょっと気の毒そうな顔をした。
「お前……うちにくるか?」
と、その時、ブランデッセの持つバケツが、もりもりと膨れあがり、バンッ!と木くずを飛ばし、弾け飛んだ。
そして見る間に膨れ上がったそれは……!
真っ黒な角を持った緑色の幼虫だった。但し、そのサイズは、カエルをも超えてきた。
逃げ損ねた男2人が下敷きになり、目を剥いた。1人は、無理……と顔を背けしゃがみこみ、ピーター(仮)はどこか遠くを見る目をしていた。
「うあああああ――!!」
ブランデッセの間の空いたその叫び声に、駆けつけたグレソンが見たのは、腰を抜かしたブランデッセと……。
緑色の液体にまみれ、ぐったりと惚ける、刺客たちだった。
◇◇◇
その晩、馬蹄の泥亭の扉を開けたのは、地味だが、みすぼらしいとは言い難いマントを頭から被った、細身のご婦人だった。
「ここは女が1人で入るには、些か不用心過ぎるんじゃねぇかな?旦那を連れてきな」
チャーリーはニヤニヤと品定めする様に眺める客から、視線を遮るように、ご婦人を扉の外へと促した。
「それは出来ません。お願いします。私は糸目のボンスリーと連絡が取りたいのです。ですから、その手掛かりを手に入れなくてはならないのです」
その言葉にチャーリーはご婦人の顔をまじまじと見、納得した。
嬉々として訴えるのは、先日ボンスリーを雇ったアレン王子の母親であるディディエラだったからだ。
「そんなもん、騎士が先に来て手を尽くしてたぞ」
「分かっております。しかし、私の方が説得に向いていると判断致しました」
確かに王妃の問いかけを誤魔化すのは難しい。チャーリーは頭をかいた。
「こりゃ参ったな。だが、こう言っちゃなんだが、もう手遅れだ。どうにかしたいのなら、もっと早くに動くべきだったな」
王子の尻拭いをする暇があったんなら出来たはず。チャーリーは心の中で呟いた。
「あなたは平気なのですか?この国の英雄が狙われているのですよ?」
その原因が自身の息子だと言うのに、ディディエラはこちらを責めるような言い方をする。チャーリーは眉を顰めると、酒場全体を見渡せるように体を横にずらした。
「見ろ」
酒場には数人の老人が、酒をちびちびと煽っていた。ディディエラは首を傾げる。
「これがなにか?」
チャーリーはため息をついた。
「昨日まではこの酒場は傭兵や冒険者たちで満席でな、この時間なら、立って飲むしかなかったんだ。それがどうだ、今のこの現状だ」
「それがどうしたと言うのですか?」
「分からねぇか……。まあ、王都に篭っている奴に、気付けってのも無理って事か」
ディディエラは珍しくムッとした表情を見せた。
「失礼ですが、ちゃんと教えて頂けませんでしょうか」
チャーリーは近くの席から椅子を引っ張り出すと、乱暴に座った。
「見限られたんだよ、この国は。賢い冒険者ならちょっと考えたら分かる。じきにこの国は終わるってな。よっぽどの義理がねぇと、この死にかけた国にいる理由はねぇってのに、国はその1番の要人を裏切ったんだよ。それは国の為に戦う者にとっちゃ愚弄されたのと同じ事。この国に命を捧げても見返りは期待出来ないって、皆、どっか行っちまったって訳さ」
「そ……そんな……」
ディディエラはギュッと自身の服を掴んだ。その何かを耐える様子にチャーリーは、王妃と言えども人間なんだなと、目を逸らし、見ぬふりをした。
「帰った 方がいい。ここに来たあんたの勇気は讃えるが、時間の無駄だ。ここにはもうボンスリーを知る者はいねぇ」
「私はどうすれば……」
ディディエラの弱々しく震える声にチャーリーは、知りたくなかったな、とため息をついた。
「さあな。有事に備えるしかねぇんじゃないか?今、魔物に襲われれば、この国は一溜りもねぇから」
「お願い……助けて……」
だが、その言葉に応えるものは、誰もいなかった。




