24話 従業員募集中
突如、アルスターの馬車の横に大人しく着いてきていたマロンが、ギュンと向きを変え、駆け出した。
「あ!……こら、マロン!どこ行くんだ!!テレサ――!!マロンが!」
アルスターは後ろをついてきていたテレサの乗る馬車に手を振った。テレサはすぐ横に追いつくと、行けと手振りで言う。デルべルシアはもうすぐそこだ。大丈夫だろうと、アルスターは親指をあげると、馬車の方向を変え、荷台に向かって声をかけた。
「すまねぇが、付き合ってくれんか?フォーリィの犬が逃げたんだ!」
荷台に乗っているのは元は衛兵だったであろう男ばかり、5人だ。オーラン家を出てきたと話していた。
「ああ、いいぞ!わしらに煮炊きは無理だ。あんたの好きにしてくれ」
「魔物に食われちゃ大変だ!手ぇ貸すぜ」
気のいい男たちにアルスターは安心して馬の手網を緩める。
「助かる!ちと揺れるが、しっかりと捕まっててくれ」
アルスターはマロンを追い、森の奥へと馬車を走らせた。
森の中は鬱蒼としているが、馬車が走らせられないほどではない。だが、マロンの後を追えば、アルスターはすぐにしっかりとした道を見つける事が出来た。
「こんな所にレンガ道があるとはな。まあ、騎士団が使ってる道なんだろうが……」
「しかし魔物が一掃されているってのは本当だったんだな」
荷台から1人の男が身を乗り出し、声を掛けてきた。街道に出やすい小物の魔獣でさえも、ここに来るまでいちども見ていなかった。
「ああ、我らが坊ちゃんは無敵だからな」
アルスターは嬉しそうに答えた。
男は少し考えると、揺れる馬車の上を器用に移動し、アルスターの隣に腰を下ろした。
「ルービー・スタンリー様か。ここ数日、嫌な噂しか聞かないが、大丈夫なのか?」
男の問いかけに、後ろに大人しく座っている男らも耳をそばだてている。
警戒心の強い衛兵はいい衛兵だ。アルスターはなるほどと、目のシワを深くし微笑んだ。
「坊ちゃんは口数が少ない人だからな。フィン様が横におらっしゃらんと悪い風に取られ易い。だが、お人好しで情に厚いお方なんだ。そうでなきゃ、命をかけてまで国の為の魔物退治になんか出向かないだろう?」
「確かにな。だが、こんだけ強いんだったら、もっと早くに一掃してくれりゃあ、犠牲者も減ったろうに……とかさ」
男は言いにくそうに頭をかいた。悪気はないのだろう。だが、アルスターは苛立ちが隠せなかった。
「そうだな。だがそれは、一掃出来たから言えた事じゃないか?理由は分からんが、坊ちゃんは1人で、それこそ死ぬ気でここまで戦ったんじゃないかと思うんだが?坊ちゃんだって人間だ、無敵じゃない。あんたらは坊ちゃんを何だと思ってるんだい?」
さっきまで友好的だった従僕の冷たい言葉に、男は一瞬言葉を失った。そして、情けなく呟く。
「……あんた、さっき坊ちゃんは無敵だって言ったよな?」
アルスターは膝を叩いて笑った。
「あはは!そうだった!こりゃ、やられたな」
男はほっとしたように後ろの仲間に、大丈夫だと目を送った。
男はここで、ようやく真っ直ぐにアルスターを見た。
「だが、あんたの話で何となく分かったよ。俺たちは期待し過ぎていたんだな。だから、フィン様とルービー様がいない事が不安でたまらないんだ。街のみんなだってそうだ。……だから誰かに大丈夫だって言って欲しいんだよ」
男の言葉にアルスターは優しい微笑みを浮かべる。
「なに、2人はまだ若い。喧嘩だってするさ。そのうち仲直りして、ケロッとした顔して帰ってくるさ」
男も微笑む。
「若い……か。しかし、考えりゃ、自分の国を自分で守れねぇなんて……武人が売りだと言うのに、俺らぁ不甲斐ないよな!」
後ろで他の男らも頷いている。
「同じ事を騎士団がいつも言ってるぞ……って、マロンめ、どこ行くつもりなんだ」
マロンが突如、目の前から消えるように、道を逸れ、森の中に突っ込んで行った。木々のひしめくその場所には、馬は入れられない。アルスターは馬車を止めて空を見上げた。
「暗くなって来た……これ以上は危ない。あんたらを巻き込む訳には行かねぇ。……ここまでか」
だが、親切にも、男らは馬車から降りて森に入って行く。アルスターが警戒を強め、荷台の隅を探った時。
「おい!!誰かいるぞ、戦ってる!!」
先頭を切って森に入った男が慌てた様子で戻ってきた。
アルスターはすぐさま馬車から飛び降り、男らの元に走る。壮年とは思えないその身のこなしに、男らは目を見張った。
「戻れ!馬車の中に武器がある。いいか、装備しても馬車から出てくるな。ワシが行く」
明らかに自分たちの方が若いし、ガタイも良い。男らは呆気に取られ首を振った。
「いや、俺らが……」
「危ないと思ったら、構わずその馬車で逃げろ。ありゃボンデ商会だ。目撃者は消されるぞ」
従僕は聞いてはいないようだと、男らは互いに目を合わせると、すぐさま馬車へと戻った。
アルスターは男らを見送ると木陰に身を潜めながら音のする方へと進む。
剣を交える音はしなかった。魔物だらけの森の中、ナイフと弓のみで戦うのは、ボンデ商会くらいなものだ。奴らは素早く動き、その刃や矢尻に仕込んだ毒で、あっという間に魔物を仕留める。
木の影からそっと人影のある方を覗くと、やはりと言うべきか、ボンデ商会の狩人が3人、弓を番え、何かを射ろうとしているようだった。
奴らはこちらにも気付いているようだが、何らかの妨害にあって、困惑している様子だった。
「あの銀髪は坊ちゃんじゃないか?ズタボロだが」
声に振り向けば、男が4人、剣を握り、アルスターの後ろに張り付いていた。恐らく残りの1人は馬車を見張っているのだろうと考えられる。
ただの衛兵にしては、中々の身のこなしだし、度胸もある。だが、アルスターは溜め息をつき、覚悟した。
「弓矢に気をつけろ。掠っただけでも死ぬぞ」
男らがグッと喉を鳴らす。
「マジか……分かった。で?どうする?」
「わしがぶっぱなすから、その隙にって……おいっ!!この若造!!」
男らはもう駆け出していた。
アルスターは慌てて木の影から出ると、両の手を敵の上方へと向けた。
「炎よ、氷を纏いて空を拒み、蒼き火となりて進め!――氷解!!」
ドゥン!!と驚くべきスピードで打ち上げられた大きな蒼い炎の玉は、氷が砕ける音と共に、敵の真上でバン!と弾け、バラバラと散り、赤い炎となって地面へと降り注いだ。だが、既に敵は移動した後だ。
森は一瞬にして赤い火に包まれていた。
「カミラっ!!無事だったのか!」
男らの声がする。アルスターは声の方へと走った。
「うっ……」
途中、男が1人倒れているのを見て、遅かったと悟る。男は足に刺さった矢を、必死に抜いていた。
「氷よ!!」
アルスターは手を貸し矢を抜くと、その男の足を凍らせ、少し先に見える黒い影に向かってもう1発、蒼き炎を放った。
重みのある魔法の進む速さは人のそれを凌ぐ。
ドゥン!!と空気が震え、敵が1人、吹っ飛ぶのが見えた。同時にバン!と弾け、近くにいる敵にも火がつく。
火まみれになったその敵が足掻きながら離脱するのを見たアルスターは、倒れた男の腕を引き、肩を入れると、抱えあげるように立たせた。敵のボスはすぐそこだ。少しでも距離を取らなければいけない。
木々は燃え、戦いの場は混乱していた。だが、アルスターには敵のボスがハッキリと見えていた。
「アルスター、手を下げろ。今なら残りはくれてやる。それとも、俺と戦いたいのかな?……まあ、それならそれで、坊ちゃんを殺った後にやってやらん事もない」
火の海の向こうからでも声はしっかりと届いた。
「糸目のボンスリー……」
細い目をかっ開き、嬉しそうにニヤける男。奴とはアルスターが騎士だった時に、幾度となく森で衝突したものだ。
短い矢を番えたボンスリーの前には、ルービー坊ちゃんが皆を庇うように立ち塞がっていた。
若造3人はボンスリーに威嚇しながらも、ルービー坊ちゃんに縋り付く若い娘を引き離そうと必死だった。
「坊ちゃん……わしは……」
「アルスター、皆を連れて逃げろ」
ルービー坊ちゃんは真っ直ぐボンスリーを見ていた。だが、攻撃はする様子がない。肩で息をしている……相当消耗しているようだ。
ワシらが足を引っ張っているのは明らかだった。
「ハハッ!坊ちゃんは聞き分けがいいな。まあ、俺が早く王都に帰れば、その分、スタンリー家に送っといた俺の仲間も、早くアジトに帰れるだろ?あんたらにとっても都合がいいはずだ」
「屋敷のもんを人質にしているのか……。クソが!!」
だが、アルスターがいくら吠えても、ボンスリーはルービー坊ちゃんから目を離そうとはしない。
「さあ、坊ちゃん。大人しく俺の馬車に乗ってくれよ」
先程、吹っ飛ばした敵の1人が、足を引き摺りながら、二頭立ての馬車を引いて来た。
馬車と言っても人の乗る場所はない。馬に引かれているのは、人が数人入れる位のむき出しの檻だ。幌は燃えたらしい。
檻の中には、既に男が1人、転がされているのが見えた。
「檻に入れ!変な動きをすれば、そこのお嬢ちゃんの首が吹っ飛ぶぞ」
ボンスリーは今度は娘の方に矢先を向ける。
「アルスター、皆を頼む」
ルービー坊ちゃんはそう言うと、開けられた檻へと自ら乗り込んだ。
ガチャリと閂が下ろされ、すぐさま錠がかけられる。
「じゃあなっ!勇敢なる雑魚ども、感謝する!!」
ボンスリーは、ふざけた仕草で手を振ると、颯爽と馬に乗り、檻を引き去って行った。
「う……ゴホッゴホッ」
抱えている男が目を覚ましたようだ。身じろぐ様子にアルスターは男を地面に下ろし座らせた。
恐らく毒が回って……。
「温かい……嘘だろ?」
さっきまで死にかけていたと思ったが?
少しでも毒の回りを抑えようと、凍らせてはみたが、その時には既に死人のような体温だった。
アルスターは、男の首に手をやり、顔を覗き込む。目を剥き生存確認をしようとして、その手を優しく弾かれた。
「大丈夫だ。生きてっから……」
「アンディ!!大丈夫か?」
他の男らが駆け寄り、わあわあと男に縋り付く。意外に元気そうな男たちを見て、アルスターは気の所為だったかと安堵の息をはいた。
そうだ娘は?……と見れば、先程の場所から動いておらず、膝をつき両手で顔を覆い泣いているようだ。
傍に行き、頭を撫でてやる。
「ルービー坊ちゃんを守ってくれてありがとな」
アルスターは息を吐き、空を見上げる。煙でよくは見えないが、日は沈み、月が顔を出していた。
「すまない……俺たちのせいで」
男らが愁傷な面持ちで寄ってきた。
「ん?……ああ。いや、それはいいんだ」
ルービー坊ちゃんは自ら檻に入った。ならば手出しは無用だろう。
「よくはねぇだろ……坊ちゃんが……」
心配そうに呟く男らは、自分がルービー坊ちゃんの事を、親しみを込めてて、坊ちゃん、と呼んでいる事に気付いていない。これは是非御家に欲しい人材だ。グレソンに頼むかとアルスターが考えていると、向こうの木がバリバリと大きな音を立て燃え落ちた。
パチパチと下草が燃えているのは分かっていた。だが、木々にも燃え移り、山火事となりはじめていた。
ガンガン燃え始める木々に目をやり、アルスターはタラリと汗を流す。
「こりゃヤバい。その前にワシが首になっちまう」
「え?」
「誰か水を持ってないか?」
アルスターの問いに、男らは腰に下げた水嚢に手をやり……アルスターの視線の先が山火事だという事に気付く。
「いや……無理じゃねぇか?」
その時、泣いていると思っていた娘がムクリと立ち上がり、突然高らかに笑い始めた。
「アハハハハハッ!!任せて!!私が全部、洗濯してあげる!!」
そして、呆気にとられる男たちの前で、仁王立ちすると、両手を天に向け叫んだ。
「水よ降り注げ!!マーックス!!(Byミーア)」
ドバァァァァ――!!
「「うあああああ!!」」
超ド級の水魔法が降り注ぎ、皆、立ってられず頭を抱え、蹲った。
魔力はポイント。毎日、ミーアに感謝され続けたカミラの魔力は、その辺の魔術師よりも遥かに多かった。その魔力に気付いたフェリベールが、森の中でカミラを見つけ保護すると、ちょっとした洗濯魔法を教え込んでいたのだ。
「アハハハハハハッ!!勝った!!勝ったわ、この勝負!!」
カミラはご機嫌だった。先程の涙も、実は嬉し涙で……。
「何がだよっ!」
水が弱まり、ようやく口が開けられる様になった男の1人がカミラに突っ込んだ。
「ミーアがいたのよ!生きてたの!!間違いないっ!ミーアの匂いがしたの!!」
カミラは手下ろし、両手を組むと、夢見るような顔を男らに向けた。
「まあ、ちょっと根暗でアブナイ男だけど、よく考えたらお似合いじゃない?ミーアにはそのくらい破天荒な紳士の方がいいのかもしれないわ」
「お嬢様の婚活かよっ!お前、まだ諦めてなかったのか!?って……お嬢様が!?」
「生きてたのか!!ああっ!すげぇ!なるほど、アンディが無事なはずだ!!」
男らはヒャッハー!と水溜まりの中、飛び跳ね、抱き合うと涙を流し始めた。
アルスターはその様子を見ながら、ああ、そうか、と微笑む。
「猫のミーアはお嬢様で天使様か……こりゃマロン、責任重大だぞ」




