23話 狩り
魔獣に引かれるがまま、森の奥の廃墟にやって来たボンスリーは、弟のボンディの前に立つ男を見て、思わずニヤリと笑った。
「兄者こんな所にオッサンがいるよ」
この場所には、ボンスリーも何度か来た事があった。何かあるだろうとは思っていたが、まさか、人が住んでいたとは思わなかった。……いや、これは人ではないな。ボンスリーはどう料理するか考える。
「確かにオッサンだな。だが、これはただのオッサンではないぞ」
ボンスリーはガウガウと煩い魔獣の鎖を思い切り引き、黙らせた。
やたらと目力の強い男だ。長身で凛としたその佇まいには覇気があり、人を無条件に屈服させるような力を感じた。漆黒の長い髪をひとつに束ね、古びたしいローブを纏ってはいるが、その下に見える金糸の織り込まれた衣服はこの辺りで買える物ではない。
「恐らくオッサンは魔王だな。ルービーを追いかけ、とんでもない大物に行きあたっちまったなぁ」
オッサンはこっちを向いて何か叫んでいる。
「去れ!ここは私の国だ。お前らの様な人間が入っていい場所じゃない」
ボンスリーはやれやれと首を振った。
「じゃ、魔物ならいいだろう。ボンディ、殺っちまえ」
「え?兄者、いいの?」
ボンディは首を傾げて、ボンスリーを見た。
「お前も魔物の端くれなら分かるだろ?こいつはもう化石だ。魔獣を眷属にする力も残ってはないようだ」
鈍感なボンディはともかくとして、魔獣はガウガウと吠えたて、威嚇を繰り返している。これがもし、自分よりも強い相手ならば、ここまで吠えたてたりはしないだろう。
「それとも、ルービーとの戦いで使い果たしたかな?……って、ボンディはせっかちだなぁ」
速攻で拳を当てに行ったボンディは、魔王の魔法により、ぶっ飛ばされていた。魔王は風使いのようだ。
だが、痛みを知らぬボンディは、嬉しそうに立ち上がると、ボンスリーの所に急いで戻って来た。
「アレちょうだいっ!」
両手を差し出す可愛い弟。パタパタと振る尻尾が見えそうだ。
「ハハッ!魔王も枯れてはいなかった様だな。いいだろう、弟よ。しっかり惹き付けてくれよ!お前ら――!放つぞ!!」
ボンスリーは叫び、仲間がロープを手放すと同時に鎖を離す。
魔獣は牙を剥き、ジャラジャラと鎖を引きずりながら、真っ直ぐに魔王を目指した。
恐らく瞬殺だろう。だが、隙は出来る。
ボンスリーは急いで懐から薬瓶を出すと、馬の下で大口を開け待っているボンディの口に、ダイレクトにその中身を開けた。
真っ黒なその液体は、魔獣の角から作った栄養ドリンク。弟の好みに合わせ、甘ーく味付けしてある自慢の1品だ。
ギャン!と声がし、顔を上げれば魔獣が軽くなぎ払われた所だった。
ボンスリーは細い目で冷静に周囲を見回すと、魔王の背後に丁度いい石柱を見つけ、ニヤリと笑った。
大きな腹を揺らし、ドリンクを飲み干したボンディが目の色を変え、魔王に突進していくのを見ながら、ボンスリーは背中の矢筒から短い弓を抜き、糸を引いた。番える矢には特製の毒をちゃんと用意してある。
仲間もシンクロするように弓を引き、魔王へと狙いを定めている。
ボンディが再び吹っ飛ばされ、仲間が矢を放つ。
だが、魔王は体に風を纏わせ、射止める事は出来ない。
「掴め、ボンディ!いいところを見せてくれよ!」
ボンスリーは、馬を降り、駆け出した。
ガルルと言わんばかりにヨダレを垂らし、こちらを向く弟には、もう私が誰なのかすら分かってはないだろう。その体は見るまに膨らみ始め、額には立派な角が生え、ぐんぐん育っていく。
魔王が何かの魔法の詠唱を始めた。
「グアァァァ――!!」
「いいぞ!!……いい子だ、ボンディ!最高だ!!」
ボンスリーは弟の予想通りの成長が嬉しくて叫んでいた。
「ストーム!!」
魔王は仲間と、仲間の放った矢を風魔法で纏めて絡め上げた。
辺りに暴風が吹き荒れ、視界がぶれる。これほど強く、広範囲に渡る魔法など見たことはない。
ボンスリーは腰を落とし、這うように理想的なその石柱の影までたどり着くと、そっと魔王を伺う。
目の前では、ボンディが暴風にも構わず魔王目掛け、突っ込んでいくのが見える。今度は吹き飛ばされずにしっかりと立って、魔王を掴みにかかったようだ。
風がやんだ時がチャンスだ。
――その時はすぐに来た。
風がやんだ一瞬、仲間が矢を放ち、魔王に拳を奮っていたボンディの体に命中した。
「馬鹿な……!仲間ではないのか!」
魔王は叫んだ。
ボンスリーは目を細め、ニヤリと笑いなが弓を引いた。
叫ぶ魔王の虚につけ入り、ボンスリーは背後からゆっくりと確実に矢を放った。
◇◇◇
狭い地下道を抜け、出てきたのは、森の中に開けた見事な花畑だった。ルービーは目を細め辺りを見回した。城の裏手なのだろうか、崩れかけたガゼボや、未だ水を失っていない噴水。崩れた石造りの建物に木で屋根を補強した馬屋まである。
「ルービー様、行きましょう」
女の子が馬屋へと腕を引く。力を振り絞り歩を進めたルービーの足に何かが当たった。
ルービーは下を見る。
つるりとした大きな石だ。両手で抱えられるギリギリのサイズの……ここは花畑ではないらしい。
「ここは……そうか……」
「フェリベール様は国民思いの良い王様です。ここから離れたくはなかったのでしょう」
歩きながら女の子が発した答えに、ルービーは胸を押えた。
草花に埋もれる様に置かれていたのは墓石だ。
それもひとつじゃない。辺り一面に、白く磨かれた綺麗な石が等間隔に置かれていた。
グアァァァ――!!
城の方から獣とは違う何かが吼えた。何年も魔獣と戦ってきたルービーでさえも聞いた事のない、大きな咆哮だ。
「大丈夫です!フェリベール様は死にませんから!」
女の子はルービーの腕をぎゅっと握り、自分に言い聞かせるように強く言い放った。涙を堪える様なその声に、ルービーは胸騒ぎを覚える。
この咆哮の主をフェリベールは勘づいていたに違いない。
「何が起こっている?お前は知ってるんだろ?教えてくれ」
それでも少女はルービーの腕を引き、馬屋へと急ぐ。
「今はどうか、ここから離れる事を先決に。フェリベール様の意志ですから」
「意志……」
ルービーは腕を引かれながら、フェリベールの言った事を思い出す。神殿と闘技場……。強い魔力というなら、神殿はリリファだろう。だが、闘技場は……?
そこには、自分にしか倒せない様な何かがいるのかもしれない。例えば今の咆哮の主のような、新種の魔物が。
美亜……もう少しだけ待ってくれ……。
この残された命が、何かの役に立つのなら役立てたい。それが、友の為なら尚更だ。
「分かった……カミラと言ったな。すまないが、俺を闘技場に連れて行ってくれ……頼む!」
体は思うように動かない。どこまでやれるかは分からない。だが、魔法ならまだ撃てるだろう。
フェリベールの守りたいものの為なら命をかける価値はある。
今度の死で輪廻が終わってしまうかもしれない。そう思うと、胸が締め付けられる……けど。
最後まで誇れる自分でいたい。いつか美亜の前に立つ為にも。
ルービーはカミラの手を借りながらも、馬に跨り、ノウスティアラ城を後にした。




