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20話 アラッサ闘技場

 オーラン家執事アルバートは、長年務めてたオーラン家の門を潜り振り向くと、深々と頭を下げた。

 横では守衛がニヤニヤと笑っている。最近雇われた彼らには、行く先もないのに辞めてゆく私の姿が余程滑稽に見えるのだろう。

 私は大きな荷物を抱え直すと、とりあえずの住処を求め、街へとおりた。


 お金は節約しなければならない。ジェス・オーランは長年務めた私にも、雀の涙程の給金しか出さなかった。先に辞めて行った使用人らへ少しでも渡せて良かったと、胸を撫で下ろすが、これでは傭兵は雇えない。アルバートは月海の森に同行してくれる冒険者を探さなければならなかった。

 

 しかし、それから数時間後には、アルバートは街の中心地の水場に腰掛け、街の様子をぼんやり眺めていた。酒場を中心に何件か周ったが、同行してくれる冒険者はいなかった。1人で探しに行くしかないのか、と私がため息を着いた時、遠くから走り寄る女性がいるのに気がついた。

 

「アルバート様!ようやく御家を出る事が出来たのですね!私たちの為に……すいません!……本当に、会えて良かったですわ。探しておりましたのよ!」

 声をかけてきたのは古くからオーラン家に仕えていたメイドの1人だった。


「私を?何故……」

 アルバートはメイドの後ろに立つ男に気が付き、慌てて立ち上がった。

 外套のフードを目深に被った冒険者風の男は、私を促すように目を送り、スっと建物の影へと移動する。アルバートは急いで続いた。

 

「スタンリー家執事……グレソン様?」

「ええ。そうですよ。20日も待てませんでね。私の方から出向かせて頂きました」

「……!!」

 アルバートは思い出した。数日前にジェス・オーランがそんな約束をしていた事を。その後、あまりに忙しくて忘れ去ってしまっていたのだ。

 

 移動した建物の影には、真っ黒な魔獣であろう馬が大人しく待っている。フードをとり、明るい色の髪色を晒した若い執事が並ぶと、とんでもない威圧感で、思わずアルバートは脚をおった。ついてきたメイドがおろおろと私の横に膝をつき腕に手を回す。

 

「隠し事がおありのようだ。話す気はあるか?」

 グレソンが言う。

「はい。もう心は決まっております。朝方来られた騎士団副隊長様にもお話致しました。拾って頂いた先代への義理を立てる為、最後まで口を閉ざした事、許させる事ではないのは分かっております。しかし、使用人らに責務はありません。それでもと申されるのであれば私が……」

 グレソンはため息混じりに首を振った。

 

「……1人で月海の森に探しに行くつもりだったのですか?」

「同行者が見つからなければそのつもりでした。月海の森にはミーア様だけではなく、我が娘、カミラも……お嬢様を追い、行方不明に……。なんとしてでも見つけ出します!ですから……」

 喉の奥が詰まり、言葉は切れぎれになってしまった。グレソンは再び大きなため息をつく。

 

「俺は裁くために来たわけではありません。貴方に話す気があるのでしたら、日が暮れてから、スタンリー家の裏口を叩いて下さい。それまでの時間は……そうですね、今すぐ貴方の信用できる者を集め、騎士団への支援隊にボランティアとして参加するよう薦めてはくれませんか?」

「ボランティア活動ですか?」

「ああ。これは参加したの者共の噂なのですが、金が出るらしいのです」

「!?」

「あくまで噂だ、と言う事をお忘れなく。だが、損にはならないはずだ。何故ならば、行先は月海の森近くの町、デルべルシア。あなた方のお嬢様の消えた場所に近い。祈りに行くには最適な場所でしょう」

 

 胸を撃ち抜かれた気がし、私はしばし胸を押さえた。グレソンは親しみのある微笑を浮かべる。

「今は我々にできる事をするべきです。王都の大門辺りで募集しているはずです」

「分かりました。直ぐに集めましょう。きっと皆、喜ぶとおもいます。私の方は、皆を集め終えてからすぐにスタンリーの御屋敷へと伺うと誓いましょう」


◇◇◇


 ミーアとマロンが次に辿り着いたのは、何故か闘技場の前だった。

 今日は試合はお休みらしく、そのギリシャにありそうな円形闘技場に人気(ひとけ)はなく、ひっそりとしていた。


 マロン様はその建物の開け放たれた入り口へと足を速め、入って行く。そして闘技場の観客席ではなく、関係者しか入れないような狭い通路へと迷うことなく進んで行った。

 その淀みない足取りに、マロン様はこの場所に来たことがあるのではないか、とミーアが疑っていると、マロン様は地下への階段を降り始め……。

「ミャッ!」

 ミーアは前につんのめり、マロン様の垂れた耳と耳の間に滑り落ちてしまった。


 どうにか黒い毛の中にある固いコブのようなものに引っかかって落ちずに済んだものの、マロン様のコブに打撃を与えてしまった事が申し訳なくて、ミーアは手を伸ばす。

 

(ごめんなさい!痛かったですよね……)

 

 だが、黒いコブは、マンガで見たように大きく膨らんでいて、石の様に固い。腫れているのかもしれないと、ミーアは肉球でふにふにと触りながら、必死に心の中でおまじないを唱えた。

 

(痛いの痛いの飛んでいけ――ですわ!)

 

 途端、おまじないが効いたのか、コブは黒い霧が晴れるように、ピカーっと輝かんばかりの白さを取り戻した。

『ポン!ポイントマイナス1!プラス3!』

 

(もしや!これは角ではないでしょうか!マロン様、進化されたのですね!)

 見れば毛並みもどことなく艶やかになっているような?ミーアは、スリスリと頬ずりをする。

(気持ちいいですわ!ずっとこうしていたいくらい!)

『ポン!ポイントマイナス1000!』

 壊れたままの女神様が、またしても驚きのポイントを告げる。

 ミーアが、あら大変!と驚いたその時。

 

 マロン様が何か察知したのか、急に男らしくキリリと表情を引き締め、耳をピクピクさせた。そして暗がりへと身を潜め、息を潜める。

 その緊張した様子に、ミーアは思わず、見つかりませんように、と心の中でおまじないを唱えた。

 

 階段の上の方から声がする。


「キウ、いいか。いいパフォーマンスするには対象の観察が欠かせない。事前の準備から試合は始まっている。今日は試験合格の褒美だ。特別にお前にも舞台裏を見せてやろう。しっかりと対象を、観察し、今後、私がそれをどうパフォーマンスに活かすかを学ぶがいい」

「はい、お父様。楽しみです!」

 

 声の主らは親子のようだ。やがてランプを手に、階段の上の方から、ド派手な色のスーツを着た紳士と、紳士をそのまま小さくしたような、その息子が降りてきた。

 ミーアとマロン様は壁にくっ付き、息を止める。


「この場所は公開していない。少々、刺激が強いからな。お前も手は出さないよう、気をつける事だ。持っていかれては大変だからな」

 親子は気付かず階段の下まで降り、底にある鉄製の頑丈な扉へと手をかけた。

 

 ガチャりと鍵の開ける音がし、重たい扉のギーという音と共に、その先の音が漏れ出てくる。マロン様は足音を消して2人の後を追った。

 

 

 ロウソクの灯る薄暗い地下は、獣の声と匂いの充満する、とても不衛生な部屋が並ぶ、牢屋のような場所だった。

 ミーア達が立ち入ると、途端にガウガウと鉄格子に突進してくる狼たち。その奥にはまだ大きな生き物もいるのか、ガチャガチャと鉄格子が揺らされ、その振動は地面まで伝わり、地震のように建物を揺るがす程だった。


「お父様、これは狼ではなく、魔獣ですね?」

「ああ。これだけのモノを集められるのはうちの闘技場くらいなものだろう。奥にはもっと恐ろしい魔獣もいるぞ!まだ、見せられんがな」

「凄いですね!しかし、どうやって……」

「ははっ、興味があるか。よくは知らんが、魔獣は魔力の強いモノに集まる習性があるらしくてな。これを売りにきた商社の者は魔獣を捕まえる為に、角を折ってエサにしていると言っていたな。いい金にはなるだろうが、命懸けの商売という事だ。いいか、キウ。次の公演では、この魔獣とグラディエーターを戦わせる。恐らくこれも命懸けの闘いとなるだろう。それをどう盛り上げるか、我々も命をかける覚悟で臨まねば……」


 それからも講義は続き、キウ親子は檻を1つづつ周り、鉄格子越しにその特徴を語り合った。そして、満足した様子で、部屋を出ると、再び施錠し、階段を上り帰って行った。


 

 部屋の中に取り残されたミーアは、もう大丈夫ですわ、と心の中で唱え、マロン様を見た。

 

 マロン様は、ここの魔獣さん達の魔力に引かれてここまで来たに違いない。もしかしたら、スタンリー家に来る前はここにいたのかもしれない。だってマロン様の角は、コブの様に見えるほどに短く折られていたから。

 見ればこの部屋の他の魔獣さん達の角も折られていて、ミーアはなんだか悲しくなった。

 

(命懸けの闘いを、この魔獣さん達は望んでいるのでしょうか……)

 

 でも、目の前の魔獣たちは狂ったように、ガウガウと鉄格子にその身をぶつけるばかりだ。

 

(この場所がいけないのかもしれませんわ。暗くて寂しい場所……せめてお体を労わって下さるといいのですが)


 ウォォォオ――ン!

 マロン様もそう思ったのか、悲しそうに一声吠える。

 すると、魔獣さん達は動きを止め、鉄格子に張り付き、こちらを見つめ始めた。


 その瞳は何かを物語っているようで……ミーアの脳内劇場の幕が上がる……。

 

『すまねぇ。俺の力じゃお前たちをそこから出してあげることは出来ねぇ……でも、どうしてもお前らの顔が忘れられなくてよぉ……不甲斐ねぇ……』

 

 マロン様は静かに魔獣さん達に近づくと、鉄格子から手を差し入れている。

 

『そんな事ないですぜ、おやびん。おやびんの元気な顔が見れただけで、俺らは幸せです!』

『そうですぜ!!おやびんには俺らの分まで幸せになってくだせぇ!』

 

 魔獣さん達はマロン様に擦り寄る様に鼻先を付けた。


『いつか絶対に俺がここから出してやるからなっ!』

『おやび――ん!!』

 

 ウォォンと魔獣さん達が呼応する様に鳴いた。

  

 マロンらが実際そう話したかは分からない。

 でもミーアは、たった1人、長い夜の間はこうやって、色々なお話を想像しながら過ごしてきたのだ。

 

 ミーアは近づいて来る魔獣さんの体に、頑張って手を伸ばし、触れる。

(皆さまが元気を取り戻されます様に……)

 ミーアが手を伸ばせば、クンクンと他の魔獣さん達も首を伸ばし、ミーアの小さな肉球に鼻をつけてくる。ミーアは少しでも魔獣さん達の力になりたいと手を伸ばし続けた。



 しばらくそうやって檻の中をうろついていると、ガチャリと音がし、再び扉が開かれた。

 

「飯をくれてやるぞ!!喜べ、魔獣共!!」

 生の肉の臭いと、それを掲げた荒くれ者の声だ。

 

 マロンとミーアは姿を消し、部屋から飛び出すと、闘技場を後にする。


(いつか、魔獣さん達を助けたいですわ……でも、マロン様。今は森へ!ルービー様に早く会わなくてはいけないのですわ!)

 

◇◇◇


 それから数時間後。王都の大門では、テレサが声を張り上げていた。

「騎士団支援のボランティアだよ!参加者はこっちだ!!安全は保証するよ!さぁさぁ!」

 しかし、名乗り出るものはいない。


「騎士団って……ルービー・スタンリーを追ってるんでしょ?関わりたくないわ……」

「あの噂、本当らしいぞ……月下病が魔術だって。そんな高位魔法、使えるモンなんか、あの人しかいねぇじゃねえか!危ない事には顔を突っ込みたくないね」

 

 離れた所でコソコソと噂する人々に、テレサは眉を寄せる。

「今日は集まりが悪いね。まったく……魔物がいないならいないで、酷いもんだ」

「この国が平和な証拠ですぜ。テレサ、今日は諦めて帰りますか」

 そう言い、アルスターが馬車に乗り込んだ時、こちらへ慌てて駆け寄る一団があった。


「すいません、遅くなってしまいまして!ボランティアというのはこちらで間違いないでしょうか?」

 丁寧な物言いの女性を初め、腕っ節の強そうな男まで揃った、その一団の人数は20を超える。

 

「どうしたんだい?……って、訳は聞かない約束だったね。こっちは騎士団支援のボランティアだが……あんたらこそ、間違ってはいないかい?」

「ええ!良かったぁ……あ!あの、まだ空いてますか?」

「大丈夫だよ!今から出発するところだったんだ。さあ、乗った乗った!!」


 テレサが参加者を振り分け、馬車に乗せていると、その横を風が通り抜けた。

 後ろを振り返って見れば、見覚えのある大きなワンコがハフハフと尻尾を降っているじゃないか。しかも、その背中には真っ白い子猫がしっかりと張り付いている。

 テレサは腹を抱えて笑った。

 

「ハハッ!マロン、お前も参加したいのかい?生憎、馬車はいっぱいなんだ。悪いが、アルスターの馬車について行けるか?」

「ワフッ!」

 テレサは、お前はこっちだよとマロンの背中に乗った子猫に手を伸ばす。だが、マロンはその手から逃れるように後ずさった。

 

「お前、今日はえらく聞き分けが悪いね……なるほど、そうかい。なら、ちゃんとその猫を、守るんだよ」

「ワフッ!」


「じゃ、出発するか!……アルスター!」

「はいよ!オーライ!」


 一行は月海の森に向け、王都の門を潜り、出発した。

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