17話 馬蹄の泥亭
1週間の討伐を終え、城に戻った副騎士団長オルスは、執務室の机の上に置かれたフィン様からの手紙を読んでいた。
先程、国王に報告に言った際、フィン様とルービーが休みをとっているとは聞いたのだが……手紙の内容は可愛いもので、オルスは、ふっと笑ってしまった。
コンコン……。
顔をあげる間もなく入って来たのはフィン様の弟君であられるアレン様。そして……。
「オルス!久しぶりね!」
「リリファ……!!」
空の色を写したような柔らかい青い髪にルビーの様な愛らしい丸い瞳。
まるで少女のようなリリファが目の前にいるなんて!!夢のようだ……と、しばし惚けるも、慌ててオルスは片足を折り、頭を下げた。
「お久しぶりでございます、聖女様」
そんなオルスの前にリリファはしゃがみこみ、私の顎に手を添え上を向かせる。
「オルス……そんな風にかしこまらないで。昔みたいにリリファと呼んで欲しいのですわ」
鈴の音のように心地の良い声が耳をくすぐる。だが、私の胸はズキズキと痛み、眉を寄せてしまう。
「貴方は聖女さまになられた。私などお忘れになられたのでは?」
リリファは神殿に入ってからは1度もローエン家に顔を見せてはくれなかった。だから、まるで責めるような言い方になってしまう。
だが、そんな私を見つめ、リリファは目に涙を浮かべた。
「そんな事ないわ!ずっと話したいと思っていたのよ。でも……皆にダメだって止められてて……」
なんて事だ!!神殿では贅沢し放題、何不自由なく過ごしていると、皆から聞いていたのに。
私は思わずリリファの手を取る。
「窮屈な生活を強いられていたとは知らず、私はずっと勘違いを!なんと、情けない……」
リリファは首を振る。
「いいのよ。こうやって話せたのだから!オルス、私、やっと自由を手に入れたのよ!学園にも入学出来て、夢だった勉強もできますし、こうやってお友達も出来て……」
リリファはすぐ側で笑うアレン様を見て、照れるように目を伏せた。
「アレン様。勝手に……すいません。私なんかが、お友達だなんて……」
アレン様は、リリファの手を取り立たせると、優しく微笑む。
「リリファ様。お友達と言って頂けて僕は嬉しいです」
「アレン様……」
オルスは見つめ合う2人の様子が面白くなくて、急いで立ち上がった。だが、立って見て分かる。
自分は大人だ。こんな風にアレン様と張り合える訳がない。オルスは淡い気持ちを心の奥に押し込めた。
「コホン……。ところで、おふたりはなぜこちらへ?ご存知でしょうが、今現在、フィン様もルービーも共にお休みを頂いておりまして……」
アレン様はリリファの手を握ったまま、オルスの方を見た。
「聞いたよ、納得してないけど。オルス、お兄様は月下病になってしまわれたんだよ!多分ルービーのせいだ!」
オルスは、その子供じみた話に眉を寄せる。
「多分、ですと?憶測でそのような事を言ってはいけません、アレン様。どうしてその様な結論に至ったのか……」
「リリファが見たんだ、ルービーがお兄様に、猫に変わる魔法をかけるのを!!そうだろ?リリファ」
「ええ、あの試験の直後から、フィン様のご様子がおかしかったのはそのせいだと、わたくし、思いますの」
オルスはじっくりと2人を見詰める。そして、ふっとリリファが、目を逸らすのを見て、ため息をついた。
「それは……おかしいですね。では、これはどういう事でしょうか」
オルスは先程読んだばかりの手紙を手に取った。
アレンはその手紙をひったくると、目を落とし眉を顰めた。
「これはお兄様の筆跡……オルス宛に?お兄様がここに居たとか……いや、そんなはずは……」
リリファが小さな体でひょこひょこと飛びながら覗き込む。
「何と書いてありますの?」
オルスはアレンの上から手紙を取り上げると、リリファに説明した。
「ルービーと喧嘩したので追いかける。森に探しに行くが心配するなと。……フィン様に何かあってはいけないので、すぐに騎士団を招集し、フィン様を追い、保護する予定です」
「書いてあるのはそれだけ?」
可愛らしく首を傾げるリリファに見えるよう、オルスは屈む。
「ふっ。それだけではありませんね。ルービーの想い人の名が書いてあります。至急、調べて欲しいとね」
「そんな事を騎士団にさせるのか!?」
アレンは声を荒らげる。
オルスは、そんな事、ではありませんよと呟き、少し屈むと、アレンに真っ直ぐ向き直った。
「アレン様、現在この国の防衛はルービーのお陰で成り立ってます。ルービーがいなければこの国はたちまち魔物に攻め入られ、人々は大混乱に陥ってしまうでしょう。今、この国を救えるのはルービーだけなのです。貴方も戦いの場に出てみれば分かりますよ。ルービーのモチベーションこそ、最優先事項だと」
「なんだよ……それ……」
アレンは悔しそうに唇を噛む。
オルスは子供を見るような優しい目でアレンとリリファを見た。
「リリファ様。フィン様の身をご心配されるあまり、見間違えてしまわれたのですね。……お優しい方だ。でも大丈夫ですよ、私も今からルービーとフィン様を探しに森へと行く予定ですし、すぐに見つかりますよ。お二人は安心して学業に励んで下さい。……アレン様?」
見れば、アレンは拳を握りしめ、唇をわなわなと震わせていた。
「強ければ何してもいいのかよ……。僕なら、女にうつつを抜かす暇があったら、魔物を倒しに行ってるよ!!力があるんだったら、何を差し置いても国民を守る為に使うべきだ!!」
ルービーの人格を無視する発言に、オルスの声音が固くなる。
「アレン様、ルービーも守られるべきこの国の国民です。それもまだ17歳の若者。彼から全てを奪うような真似を、我々大人は出来ないのです。お分かりいただけませんか?」
「お前たち騎士団がアイツを甘やかすからお兄様は!!……っもういい!!リリファ、行こう。僕が何とかする!!」
アレンは踵を返すと、足早に執務室から出ていった。
「アレン様、お待ちになって!」
リリファは急いで後を追い、振り返り、言う。
「……オルス!アレン様の言う通りですわ。皆の不安を取り除く事が最優先。今すぐルービーを探し出し尋問をすべきです。ルービー様にとってフィン様はご学友かもしれませんが、王太子であらせられます。その身を危険に晒した罪は重いですわよ!」
リリファはそう言い残すと、ため息をつくオルスを置いてアレンを追っていった。
「アイツがサボるから、魔物はいなくならないんだ……いや、わざとなのかもしれない。チヤホヤされたいから、手を抜いているんだ……学園なんかさっさと辞めさせて、魔物討伐の前衛に組み込んでしまえばいいのに……」
ブツブツと文句を垂れるながら廊下を歩く闇堕ち王子の横で、リリファはこっそりガッツポーズをしていた。
「それで?どうされるおつもりですか?」
「ルービーを騎士団より先に見つけてやる。城に戻って近衛隊を動かし、スタンリー家の家宅捜索を。それでもダメなら、傭兵でも何でも雇って、絶対にルービーの化けの皮を剥がしてやる!」
◇◇◇
――しかし、その数時間後。アレンは一人、酒場の前に立っていた。誰も……母のディディエラでさえ、アレンの言う事を聞いてはくれなかったのだ。
リリファは諦めたのか、残念そうな顔をアレンに向け、神殿に帰ってしまった。
リリファのその顔が幾度も頭に浮かび、アレンは悔しさに奥歯を噛み締めていた。
「『馬蹄の泥亭』はこの国では有名な荒くれ者の溜まり場なんだよね。ここに来ればどんな職業の人間とも、容易に繋がれるはずなんだ」
巷でよく見かける冒険者風ローブを目深に被ってしまえば、アレンの平凡な容姿だと、その辺の子供と変わらない風体となる。そう、子供、なのだ。
(構って欲しいらしいぞ……)
護衛たちは大きな体を闇に潜ませたまま、ため息をつく。
ヒヤヒヤと護衛たちの見守る中、アレンはふんっと鼻を鳴らすと『馬蹄の泥亭』の扉の前に立った。
「おい!!誰と話してんだよ、こらぁ!!ここはガキの来るような場所じゃねぇんだよっ!!帰ってママのミルクでも飲んでな!!」
店の前で腕を組む屈強な用心棒が、お決まりの文句で追い払おうと凄んでくる。
だが、アレンは顎に手をやり、首を傾げた。
「ママって……ディディエラの事?まだミルクが出るか聞いてみるよ。君、名前は?」
「王太子、はいりまぁ――すっ!」
全身筋肉で出来たような用心棒は、顔を青くし、速攻で扉を開け、アレンを中に促した。
「ちぇっ……新しい用心棒は使えねぇな」
「おいおい……可愛い王子様が堂々と御来店だとよ。高級料理店と、間違えてるんじゃねぇか?」
「王宮の料理に飽きたんだろうよ。まあ、可愛い嬢ちゃんだと思えば、見れねぇ事もねぇな……って、後ろを見ろよ……どんだけ過保護なんだ」
アレンはざわめく酒場の中、真っ直ぐにカウンターに向かうと、店主らしき女性を手招きし、金貨を1枚置いた。
「この酒場で一番強いやつを教えてくれ。雇うからさ」
見事なブロンドヘアを華麗に揺らしながら、派手な女店主、テラは、アレンに顔を近づけニコリと笑った。
「ここはそういう場所じゃないの、王太子殿下。ギルドに行かれてはいかが?」
王宮で美しい女性は見慣れているはずのアレンでさえ、耳を紅くするほどの色気。だが、ここで怯む訳にはいかない。
リリファの残念そうな顔がアレンの脳裏にチラつく。
「ギルドに行けば、足がつくだろ?金は倍は払うよ。やって欲しい事があるんだ」
テラは手に顎をのせ、チラリとアレンの後ろを見た。
「足なら常に貴方の後ろについているけど?……まあ、話だけなら聞いてもいいわ。興味はあるから。で?誰を殺るつもり?」
何かあったら彼らが止めるだろうと、テラは軽い気持ちでアレンの話を聞くことにした。
「殺る!?そんな物騒な事言わないでよ。ちょっとルービーを大人しくさせたいだけなんだ。あ、でも、月下病の原因がルービーだとしたら、結果、処刑かな?」
恐ろしい事を言っておきながら、無邪気な顔で笑う王太子に、テラは頭を抱える。
「……月下病が魔法だという噂。本当だとして、どうしてルービーがやったと言い切れるのかしら?」
「リリファがそう言ったからだよ!」
「リリファ……聖女様、ね。……なるほど。噂を流したのも彼女ね。……いい?アレン様。貴方もフェリベールの書をご覧になったのなら知っているはず。ルービーの使う魔術は氷系。水と土の方へと呪文は地中へと伸び、降りているはずよ。でもね、月下病を魔法とするなら、それは姿を変える魔法で……恐らくは別のルート。空気と……そうね、人は水に近いから、水。だから呪文は水平に伸びて……」
「何が言いたいんだ」
話を遮り、聞く気のない様子のアレンに、テラは苛立つ。
「要はルービーでは有り得ないという事よ。そもそも、娘を猫にしてルービーに何の得があるの?その頭が空っぽじゃないなら、よくお考えになって、王太子殿下。娘を猫にして、得をする者が犯人。案外近くにいるかもね!」
それだけ言うと、テラはさっさと他の客の方に行ってしまう。
アレンは頬を膨らませた。
「何だよ、僕が何も考えてないとでも言いたいのか?みんなそうやって僕を子供扱いして……ルービーと僕は歳もちょっとしか違わないのに!」
「ちょっといいか?チラッと聞こえたんだが、俺はルービーを殺るのに賛成だぜ」
いつの間に横に来たのか、鬱蒼とした黒髪から細目を覗かせた、猫背の男がアレンに声をかけてきた。
「俺は傭兵やってるんだがな。ここ2日程、あいつのお陰で、こっちにゃ全く仕事が回って来ねぇんだよ。このままじゃ干上がっちまう。……なあ、王子様よぉ。聞きゃあ、他にもそんな奴がいるんじゃねぇかと思うんだがな……どうだ?集めてやろうか?」
アレンはこちらを伺うテラに、ニヤリと笑うと、男をチラリと見ただけで頷いた。
「……いいよ、頼む」
「アレン様!!よくお考え下さい!!」
後ろで護衛の声がする。
アレンは、ふんっと鼻を鳴らすと、懐からありったけの金を詰めた袋を引っ張り出した。
その傭兵らしき男は、アレンがその紐を解く前に袋をひったくり、踵を返す。
「仰せのままに。王太子殿下……」
その姿は、すぐに人混みに紛れ消えていく。
「追え!!」
隠れることも忘れたのか、慌てて動き始めた護衛らの背中を見て、アレンは何事かと首を傾げる。
しかしその頭の中は既に、明日、リリファに話したい事でいっぱいになっていたのだった。




