16話 料理人・庭師・馬番
その日の夕方、スタンリー家の門の前には、多くの人々が集まっていた。
その多くは月下の乙女を持つ御家の使者たちだ。主人に忠実な使者らはルービーがフィン王太子に魔法をかけたのかどうか、確認するまでは帰る事が出来なかった。
「ルービー様に会わせろだ!?私だって会えるもんなら会いたいよ。でも分かるだろ?森だよ、森!!この2日、魔物が全く出なかったのは誰のおかげだろうね?そんなに礼が言いたけりゃ、直接森に行って言いな!」
フライパン片手に門を守るのは恰幅のいい中年の女性だ。そこそこ強そうな従僕が後ろに控えてはいるが、衛兵の姿は見受けられない。
相手は公爵家だが、使者らは集団の心理からか、強気に出た。
「料理人は引っ込んで貰いたい。話の分かるものはいないのか!!」
「そうだ!!責任者を出せ!!」
だが、料理人は1歩も引かず、デンっと構えて動かなかった。
「私がそのメイド頭だよっ!」
「!!」
妙な威圧感に一瞬納得してしまうも、いやいや、メイド頭だからと使者らも思い直す。ここで、はい、そうですかと帰る訳もない。
「本当に森に行ったんだろうな?中で匿っていたら、ただじゃおかないぞ!!」
「フィン様を攫ったと聞いているぞ!何処かに幽閉してるんじゃないのか?」
「中に入れろ!屋敷を見せて貰おうじゃないか!!」
無理やり門を抜けようと手を伸ばす使者らに、従僕アルスターが拳を鳴らしたところで、庭の生垣の中から筋肉隆々の壮年の男性が顔を出した。
「テレサ……。手伝いは必要か?」
見事なバリトン。白髪につぶらな瞳、そして引き締まった肩から伸びる黒光りする筋肉質な腕は、世の令嬢の腰周りよりも太かった。
「いや、大丈夫だよ、チャーリー。庭仕事で疲れただろ?今から飯にするからちょっと待ってな」
「「「チャーリー……!?」」」
使者らはその名を聞き、見事にハモった。
「おいおい、あの鼻の1本傷を見ろよ……」
「まさか……ならず者のたまり場になってた、あの『馬蹄の泥亭』の用心棒を、たった1人で45年間も務めたという……あのチャーリーか!?」
「一本傷のチャーリーだ!!引退後、王都から姿を消したと聞いたが……こんな所で庭師を!?」
「おいおい、そこをどけよ。俺の魔……馬が入れなくて困ってるだろ?」
死者らが驚きに1歩引いた時、チャーリーを押しのけ、門から、つるんとした頭が印象的な大男が出てきた。同時に従者らの後ろで、馬のような嘶きが聞こえ、人だかりが割れる。
皆が振り向く先には黒馬が一頭、ブルルンと首を振っていた。
いや……馬なのか?
誰もがそう思うほど、やたらと大きく目つきが悪い馬だった。しかも御する者は見当たらないというのに、その馬は誰かに引かれているように屋敷の門を目指していた。
「ラブちゃーん!どこ行ってたのよぉー!」
大男が声色を変え、馬へと駆け寄る。その特徴的な話し方に、覚えのある誰かが呟いた。
「え……もしかして、魔獣使いのフォーリィ?」
「「「フォーリィ!?」」」
聖歌隊の如く見事なハーモニー。
「おいおい、マジかよ!魔獣が好きすぎて、とうとう飼い慣らす事に成功し、家に連れ帰ったという、あの、フォーリィか!?」
「危険だ、怖すぎ!と近隣住民に通報され、王都を追い出されたと聞いたが……こんな所で馬番に収まっていたとは!」
「おやおや、本人を前に悪口か?こんな所とは失礼な奴だな。俺の魔……馬に蹴られても知らないよ?」
フォーリィが柔らかい仕草で太い指を顎に当てる。
ゴツイみてくれに見合わないフォーリィの声に応えるように、馬?が首を振り地面を蹴る。
ザッと、使者らは下がった。
「で?話とはなんだ?俺は腹が減っってんだよ!早く聞かせろやぁ」
チャーリーが太い腕を叩きながら吠える。
「ルービー坊ちゃんに報告してやるから、順に御家の名前を言いな!」
テレサがフライパンを突きつける。
「母上。その必要はありませんよ。オリバー家にアルノー家、バヤール家にブロンデル家、セルトン家……他の方々も、全て記録させて頂きましたので。主人が帰り次第、順に招待状を送らせて頂きます。……おぼえてろよ、てめぇら」
何処からともなく若い執事が現れ、眼鏡をクイッとあげると、その全てとやらを書き留めたらしい大仰なノートを閉じた。
パタン。
「さて、この辺でお帰り頂けないでしょうか?……うぜぇんだよ、コラァ!」
怖……。
思い切りひいた使者らの前で、ピシャリと門は閉められた。
◇◇◇
陽が落ち、人に戻ったフィンはルービーの執務机に座り、サクサクとスタンリー家の執務を片付けていた。
コンコンとノックが聞こえ、顔を上げるとグレソンがお茶を乗せたカートを引いて入ってきた。
「ミーアをよこして頂いてありがとうございました。おかげで円満に追い払う事が出来ました」
グレソンは扉にきっちりとカギをかけると、執事らしくテキパキとソファーの前のテーブルにお茶の用意を始めた。
「あれで円満というのか……まあ、状況はあまり良くないようだね。俺が出て説明すればいいんだろうけど……」
「いえ、恐らく今は、フィン様が出ていっても状況は変わらないでしょう。クソでアホな学園の奴らも、月下病が魔法ではないかと疑いはじめております。しかも、その魔法を使えるのは、ルービー様しかいないのではないかと。挙句の果てには、フィン様を攫ったとまで噂しております。直前に、喧嘩をしていたのがいけなかったのでしょう」
と、ソファーにどかりと座り、眼鏡を外すと先にお茶を飲み始めた。
そのくつろいだ様子にフィンはクスリと笑った。
余程疲れたのだろう……無理もない、昨日から不眠不休の状態なのだから。
「あれは、全面的に俺が悪い。だから喧嘩じゃないんだけどね。……はぁ、なぜ皆はルービーの素晴らしさを理解しないんだろう。女性と騎士団のおじ様方には人気なんだけどな」
「アホには分からなくて結構です」
ハッキリ言い切るグレソンに、フィンは手を止めクスクスと笑う。そして、彼の向かいに移動し座ると、カップに手をつけた。
「それで?王宮の方は?」
「はい、手紙は届けました。オルス・ローエン副騎士団長は留守でしたので、仰せの通り、フィン様の執務室に置いて参りました。陛下の方は……あの……」
グレソンの言葉が詰まり、フィンがニヤリと笑った。
「どうした?気付かれたか?」
グレソンは楽しそうなフィンを見て眉を寄せる。
「……それはどうか分かりませんが、私がお茶を運び入れるメイドと共に部屋に入った時に、ニヤニヤとこっちを見ておりまして。魔法が解けたのではないかと冷えました。昔から怖ぇんだよな……あのオッサン」
父はこっそりと城を抜け出す事が多かった。恐らく、スタンリー家に足を運んでいたに違いない。
「ふふっ。父は隠れる事に関しては君より年季が入っているからね。で?手紙は執務机に置いてきてくれたんだよね?」
「はい。あからさまに、目を逸らして下さいました」
グレソンは不本意そうにカップを傾けた。
「それは良かった。ディディエラ様は納得しないだろうけど、これでフェリベールの書の方は了承を得たとみていいだろう。で?どこに?」
「はい、こちらがご所望の書物です」
グレソンは懐から細長い筒を取り出すと、テーブルに置いた。
「ありがとう。これが少しでもリリファの魔法習得の抑制力となってくれるといいんだけど……それで、オーラン家の方はどうだった?」
「はい。クソみたいに暗く薄汚い屋敷に変貌しておりました。ジェス・オーランは調子が悪い様で、使用人に当たり散らしていましたね。声が外にまで聞こえてきて胸くそが悪くなりました。使用人の多くは既に辞職し、屋敷を出た様です……残った者が辞めるのも時間の問題でしょう。そのせいでミーア嬢に関する情報は何も入っては来ませんでした」
フィンは腕を組む。
「そうか。それは残念だ。しかし……その使用人たちが心配だね。このご時世、辞めた所で次の仕事に着けるかどうか。俺の屋敷の方で雇えないか手紙を書く事にしようか」
グレソンは身を乗り出した。
「いえ、それならばうちの方で引き取りましょう。まあ、能力にもよりますが、いつものボランティアとして参加させ、その後、少しづつ雇い入れれば怪しまれずにすむでしょう。明日にでも先方の執事に話を通しておきます。ミーアや月花の補助金の不正についても情報が得られるやも知れませんし」
フィンは、ほうと目を見張ると破顔した。
「ありがとう。君以上の協力者はいないな……俺は本当に運が良かった」
「いえ。私がもっと強ければ、ルービー様を直接探しに行けるのですが……申し訳ございません」
グレソンは悔しそうに謝るが、彼も立派な魔術師だと聞く。彼もまた、自分の立場を分かっているのだろう。
「それは俺も同じだよ。ルービーの事は騎士団に任せよう。君も疲れただろう?今日はもう休むといい。ここは俺が……」
「フィン様ー!お兄様ー!おまたせ致しました!」
その時、バーンと扉が開けられ、ミーアが重そうな鍋と皿を持って元気に飛び込んで来た。
「今日はミネストローネを作ってみましたの!」
グレソンは慌てて立ち上がる。
「お兄様じゃねぇ!って、お前、鍵はどうした!?」
閉めたはずなのに、とぶつくさ言いながら、グレソンは扉を確認する。
フィンはミーアから鍋を受け取ると、1歩引き、その姿に目を見張った。
「ミーア、その格好。どうしたんだい?」
フィンの言葉に、ミーアは嬉しそうにくるりと回ると、スカートの裾を摘む。
「はい!厨房に置いてありましたのよ。お掃除をありがとうって、お手紙と一緒に!」
黒のシンプルなワンピースに、真っ白なエプロン。襟にも裾にも少々……いや、かなりレースを増量したそれは、アレンジしすぎて分かりずらいが、元はスタンリー家のメイドの着ている服に違いない。
「そんなサイズのメイド服なんて!……作ったんだろうな。テレサにはバレてるって事か」
グレソンはガックリと項垂れた。
「とっても似合うね!可愛いよ!」
フィンは本当に嬉しそうに笑った。
元々可愛いとは思っていたが、ミーアがどの令嬢よりも可愛いのは間違いなかった。何より、ミーアの笑顔が見れるのが嬉しい。彼女にはずっと笑っていて欲しいから。
これは絶対にルービーに見せなくてはいけない!フィンは思いを新たにする。
「ありがとうございます!!こんなに可愛いのに、とても動きやすいのですわ」
「そうか……ん?ミーア、ブリムはどうした。かせ」
グレソンも満更ではないようで、ヘッドドレスをミーアの頭に付けてあげている。
それを見てフィンは、いけるかもしれないねと呟く。
「……グレソン。オルスもここに呼べないだろうか。恐らく明日には、報告の為に月海の森から帰って来るだろうから」
謎の鍋の中身を確認していたグレソンが驚いた様子で振り向く。
「え?オルス・ローエン副騎士団長を?……いいのですか?彼を信用しても……。ローエン家と言えば、リリファの後見人でもありますし、実際オルス様とリリファ様は一緒に住んでいた事もあるのではないですか?」
さすが詳しいね、と、フィンは感心する。
「そうだね。でも、オルスをこちらに引き入れられれば、守るだけではなくこちらから仕掛けられるかもしれない」
「……分かりました。フィン様がそう言うのでしたら……」
渋々と頷くグレソンにフィンは確信に満ちた表情で頷いた。
「大丈夫だよ。絶対にね」
フィンのその目は食事をテーブルに並べるミーアを見つめていた。




