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14話 ミーアの恩返し

 日が森へと落ち、フィンとミーアは人へと戻っていた。

 

「ルービー……今日こそは帰って来てくれるといいんだけど……」

 フィンは人気のないスタンリー家の本館エントランスの窓から暗い門を見る。

「もし帰ってこなかったら、明日は森に探しに行こうか……君の魔法があれば、可能かもしれない。姿を消せる魔法なんて、初めて見たよ。フェリベールの書にもなかった気がしたけど……」

 

 真っ暗なエントランスを時折明るく照らすのは稲光。そして腹の底を揺らすゴロゴロという音と……聞こえるブラシの音。

 

「そうなのですか?でも、雨が降り出しそうですわよ。こんな日の夜にお出かけされるとは、ルービー様は余程森がお好きなんですね」

 シャッシャッシャッ……。

 フィンは音のする方を向き、ため息をつく。

「いや、違うよ。君を探しに行ったんだって。だから執事に呼びに言ってもらおうと置き手紙をしようと考えたんだけども。はぁ……ルービー、無茶してないといいけど……」

 

 昨晩、浴室の床を完璧に磨き上げたこの娘は、今日はエントランスの床を磨くことにしたらしい。

 この伯爵令嬢は、自分の知る令嬢たちとあまりにかけ離れすぎていて、フィンは正直、どう接していいか分からなかった。


「そう言えば君、昨日は何て書き置きしたの?」

 昨晩、執務室にルービーがいないことを確認したフィンは、足音の消せるミーアに書き置きを頼んだのだが……。

 タイルを1枚1枚綺麗に磨きながら、ミーアは答える。

「昨日は……ミーアはここにいます!って書いたつもりなのですが……驚かせてしまいましたわね。何か間違えたのかしら?」

 

 手を止め、首を傾げる様子はとても可愛らしいが、もうちょっと具体的な文章を書けなかったのかと、フィンは頭を抱える。そのせいで、今晩はグレソンが執務室に鍵をかけて、籠ってしまったからだ。

 

 高価なペンや紙は、それを使う者によってしっかりと管理されている為、夜間、それを借りるのは難しい。借りるとすれば、それこそ泥棒行為になってしまうだろう。それだけはやりたくない。

 

「……まあ、俺も浅はかだったよ。確かに怖いかもしれないな……突然、文字だけがいきなり目の前に現れたんだから。っていうか、そもそも何故、君まで隠れる必要があるの?普通に姿を見せて、事情を話せば良かったんじゃないか?」

「それは出来ないのですわ。私、お父様に、人様には姿を見せてはいけないと言われておりますの!」

 ミーア嬢は顔を上げ首を横に振る。

「ん?それはどういう事かな?……君はずっと家にいたって事だよね?学園にも行かずに何をしていたのかな?」

 フィンの問いに、再びミーアは掃除の手を止めると考え始めた。

 

「何を、ですか?そうですね……お屋敷の中を散策していましたわ。皆さんが、お洗濯したり、厨房で料理をするのを見ながら、プリシラが学園から帰って来るのを待っていましたのよ」

「プリシラ……妹だよね?確か、ルービーのファンだとかで、学園で見た事があるよ。仲が良いんだね」

「はい!プリシラはいつも背中を撫でてくれますわ。私、プリシラのお膝が大好きなのですよ」

「お膝って……そっか。君、猫だったんだね……」

 

 どうやらこの娘は、月花の雫を与えられず、昼間は猫として過ごしていたようだ。フィンはミーアの前に膝をつき、ごめん、と謝った。

 だが、ミーア嬢は首を傾げ、気にした様子もない。フィンは疑問を持ち始めた。


「ねえ、君は家に帰りたくないの?まあ、俺も猫になってしまうから、返してあげたくても出来ないけど……」

「え?帰る?今はこの御屋敷が私の住処ですわよ?」

「住処?……なるほど」

 

 ここでフィンは確信した。彼女には自分が人間だという認識がないのではないかと。

「君は……考え方が猫なんだね?」

「はい!猫なのですわ。でも、私はデキる猫ですのよ。カミラがそう言ってくれましたわ」

 彼女はニコニコと笑う。

 ああ、完全に猫だ。参ったな……。

 

「えっと……カミラって?」

「あ、カミラは私と一緒に育った親友ですのよ。カミラは毎日、御屋敷を掃除したり買い出しに行ったりと、とても忙しそうなのです。だから私は、夜の間にこっそりとお手伝いをしてましたの。私、朝になって、皆の驚く顔を見るのが、とても好きなのですよ」

 カミラは使用人の様だ。ということは、彼女は使用人と一緒に育ったのか。でも……。

「何故こっそりする必要が?」

「わたくしは伯爵令嬢?だから、お手伝いをしている所が見つかったら、皆を困らせてしまうのですわ」

「ああ……そういう事か」


 これは……。

 彼女が人として過ごせる時間は夜。その時間には使用人は仕事を終え、休んでいるだろう。だが、令嬢が仕事をしていたら、使用人は休めない。

 彼女は姿を消す事を覚え、こうやってずっと1人で夜を過ごしていたのだろう。彼女の行動が全てを物語っているようで、フィンは胸を押さえた。


 ルービーはどこかで彼女の存在を聞き、手を差し伸べたいと考えていたのかもしれない。

 自分が邪魔をしていなければ、今頃この娘は救われていたのかもしれない。……そう思うと、胸が痛かった。


「俺も手伝うよ、床磨き。……あ、もしかして、君は字を書くのが苦手なんじゃないかい?」

 置き手紙を残そうにも書けなかったのかも、とフィンは思い当たった。

「はい。私、ペンを握ったのは初めてでしたのよ。見ていると簡単そうですが、難しいものですね」

 やはりそうか……。

「そうだね。でも練習すればすぐに上手になれるよ……」

 

 最近では、この国のほとんどの子供が読み書き出来ると言うのに。教育もちゃんと受けさせて貰えてない可能性もあるな。

 オーラン家の当主は……ジェスだったな。ジェス・オーラン、どう処分するか……楽しみだ。

 

 ゴロゴロゴロ……雷が鳴り、床を磨く音が止まる。ここでようやくフィンは気がついた。

 自分の事で頭がいっぱいで、彼女への配慮に欠けていた事に。

「ミーア嬢、君は雷は怖くはないのかい?」

「いえ、私は大丈夫なのですが、雨が降ってきましたわ。ルービー様はこの雨の中、どうされているのかと考えると……」

 そう言い彼女は心配そうに窓の方を見つめる。

 

 彼女は強くて優しい。でも、その事がフィンの胸を酷く締め付けた。

 何とかしてあげたい。いや、何とかしなきゃダメなんだ!

 

 フィンは立ち上がった。

「そうだね。でも、きっと大丈夫だよ。彼は強いから」

 (今はそう信じよう。そして行動するんだ!)

 

 この時、今までぼんやりしていたフィンの頭の中の霧が晴れ、何かがカチリと嵌った気がした。

 やるべき事が次々と頭の中に浮かぶ。


 ――と、いい所でフィンのお腹が盛大に音を立てた。そういえば、ずっと固形物を食べてない気がする。

 耳を赤くするフィンを見て、彼女はクスクスと笑う。

「私、今日は厨房をお掃除もしたいと思いますの。ミルクを頂きに伺った際に、気が付いたのですが、テーブルの裏が少し汚れていましたのよ。その……もし宜しければ、何か作って差しあげましょうか?」

 その気遣いにフィンは顔を綻ばせると、彼女に手を伸ばし立たせてから顔をのぞき込む。

 

「ありがとう。でも、君、作れるの?」

「君ではなくて、ミーアですわ。下ごしらえは得意ですが、お料理は見ているだけだったので……自信はないですが、ずっとやってみたいと思ってましたのよ!先程許可も頂けましたし、私、作ってみたいですわ!」

 両手にふん!と力を入れる様子は本当に可愛い。

 

「そうか、ではお願いしようかな、ミーア」

「はい!え……と?」

「フィンだよ。猫になるのは初心者だから、助けてくれて助かったよ。本当にありがとう!」

 フィンは心から感謝し、頭を下げた。


◇◇◇


 カッカッカッカッ!!

 厨房に響くフォークの音。厨房に入るなり、玉子を白身と黄身に分け、混ぜ始めたミーアの手は止まる様子もない。

「……凄いな。腕が見えないや……」

 これ、魔法より凄いんじゃないかなと、フィンは感心する。

「もう少しお待ち下さいね。これを泡立てたら後は焼くだけ。パンケーキはとっても簡単で美味しい食べ物らしいのですよ。あ、フィン様。先程の魔法?で火を起こして下さると助かりますわ」

「了解!少しも簡単には見えないけど……楽しみだな」


 それから数分後、ふわふわに蒸し焼きされたパンケーキなるものは、バターを乗せられ、フィンの前にコトリと置かれた。

 フィンは、フルフルと揺れる未知の食べ物にフォークを入れ、恐る恐る口に入れる。

 

「ん――!!何コレ!!美味しいよ!!」

 あっという間に口の中で蕩けるケーキに、フィンは夜間だと言う事も忘れ叫ぶ。

「果物とクリームがあればもっと素敵になるのですが、今日はお急ぎですしね。あ、そうですわ!後でお兄様にもお持ちしませんか?」

「――ん?お兄様?」

「はい、グレソンお兄様ですわ。きっと今日もまだお仕事をされているに違いありません。こっそりお茶と一緒にお持ちして、一息着いて頂きましょう!」


 ふっ、とフィンは吹く。先程までは頭を抱える案件だった昨日のグレソンのあの驚き様も、今は笑いに変わっていた。

「こっそりね……楽しそうだ。まあ、いつからグレソンが君のお兄様になったかは置いといて、いい考えだね。きっと喜ぶと思うよ……けど……もうひとつだけ食べてもいい?」

「もちろんですわ!」


 その後――。

 スタンリー家の執務室から発せられた叫び声と罵声は、雷の音に消され……。

 

 翌朝になり、晴れやかな朝日が登る頃。

 輝かんばかりに磨かれたエントランスの床の上、得意げにしっぽをあげた2匹の猫は、徹夜明けのグレソンを見送っていた。

 

「では、行ってまいります、フィン王太子殿下。全て私にお任せを。……クソッ。なんで俺がこんな面倒な事をしなきゃなんねぇんだよ!って……何でこんなに体が軽いんだ!?」

 ぶつくさ言うグレソンの姿は2人にも見えない。そこには彼の影があるだけだ。

 

(これは本当に凄い魔法だね。回復系の魔法もかかってるようだし……さすが天使といったところか)

 フィンは、僕も完全回復させてもらったしねと笑うと、ミーアの後に続き、離れへと向かう。

 きっと今日も日向を探しに行くのだろう。それは、今後の策略を練るにいい場所に違いない。

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