13話 スタンリー家に天使、現る!
(ただいま――!)
ミーアは自分の事を探して下さった優しいグレソン兄様の背中から飛び降りると、ニャーとお礼を言った。
「まったく……クソ猫が……」
グレソンお兄様は忙しいようで、何かを呟きながら、御屋敷の隣に建つ、お城のような大きな建物に入っていく。一緒について行こうとする黄金色の猫さんに、ミーアは声をかけた。
「ミャー!」
(御屋敷はこっちですわよ)
黄金色の猫さんは、ちょっと首を傾げるも、ミーアについて、2匹は一緒に新しい御屋敷へと向かったのだった。
あの時――。
ミーアは守衛さんのお部屋で、グレソン兄様のお迎えを待っていた。そして、お部屋に入ってきた女の人を見て思い出したのだ。
この人が自分を猫にした魔女だと。
驚き、慌てて物陰に隠れたミーアだが、次の瞬間、目の前で、男の人が魔法にかけられるのを見てしまった。
あまりの恐ろしさに小さくなって震えたミーアだが、ソファーの上から聞こえる鳴き声に、どうしても放っておけず、ここまで連れて来てしまったのだ。
(だって夜のお外は怖いですし、寒いですのよ。ここならきっと、ご飯もいただけますわ!)
人であるという認識のないミーアにとって、屋敷は住む場所ではなく、お邪魔させて頂いている、という感覚だった。だから、カミラやプリシラには会いたいが、オーラン家に帰るという考えは、ミーアの頭になかったのだった。
◇◇◇
「おや、ちゃんと戻って来たね、利口さんな猫だ。……ん?お友達もつれてきたのかい?こりゃまた綺麗な猫さんだ!!」
「ミャー」
ふんふんと得意げに前を歩く子猫の後を追い、スタンリー家の離れに入れて貰いながら、フィンはこの先の事を考えていた。
じきに日は暮れる。自分は人に戻れるだろう。
王宮に戻る事は可能だが……そこで事情を話し、月花の雫を手に入れて……。
フィンは首を振る。
これでは、国の心臓をリリファに握られているようなものだ。リリファは月花の雫で俺を……国を脅す事ができるからだ。
かと言って俺が拒否したとしても、家族がそれを許さないだろう。そのくらい自分が愛されている自信はある。
それに、月花の雫を手に入れるには必ずリリファを通さければならない。リリファを通せば、きっと自分が月下病にかかった事が国中に知れ渡るだろう。
これ以上、国民を動揺させたくはないな。
(消えるか……)
自分がいない事を怪しまれないよう、裏で情報操作してもらい、騎士団諸々は、人である夜間の内に書面で記し動かせばいい。そして、その間にリリファの方をどうにかする!難しいが、これが一番のような気がする。
だがこれは協力者なしでは出来ない。
信用出来る者……やはりここはルービーに頼んで助けて貰うしかないだろう。と、考えてからフィンは頭を振った。
ルービーは今頃、大切な人を探し、森の中を彷徨っているに違いない。それを……自分を助けろなんて、どの面下げて頼めるというのだ。
王太子故に……という訳ではないが、友人呼べる者はルービーしかいなかった。今までそれで十分だったから。
「ミャ?」
ぼんやり考えているうちに、どうやらスタンリー家の子猫はご飯を貰ったようだ。
食堂の端に床に置かれた、小さな皿には並々とミルクが注がれていた。
自分をじっと見つめるこの子猫は、口を付けることなく、それを俺に譲るつもりらしい。
(動物としてありえない行動だな……でも、食欲はないかな……。ん――)
分かるように首を皿から背けても、子猫はじっと俺を目つめたまま動かない。
(ありがたいけど……こまったな。喋れないと、意思の疎通が)
君が食べていいんだよ、と、フィンが皿の前を離れても、子猫はついてくる。……そう、どこまでも。
(いらないのかな?ああ、そういえばスタンリー家の離れは初めてだな)
フィンは食堂を出て、正面入口へ、2階へと探索し始めた。
離れと言えどもここは公爵家。かなりの部屋数のある建物内は、この猫の体では恐ろしく広大に見えた。
そうやって子猫を引き連れたまま、うろついているうちに日は陰り、フィンは人目につかない場所を求めて離れの正面入口に戻る。
夜間移動するなら、やはり外にいた方が都合がいいだろうと、フィンが大きな扉を見上げ、開ける方法を考えていると。
「ミャー!!」
(どうした??)
子猫が必死に何かを訴えようと、フィンの周りをぐるぐるし始めた。そして、近くの柱の影に隠れ、こっちだとばかりに手招きし始めたのだ。
そう……これは紛れもなく手招きだ。
さすがにこれはない。
フィンが驚き、子猫に駆け寄ったところで、日没を迎えたらしい。魔法がゆっくりと解け、見る間に体は膨らみ始めた。
フィンは慌てて自分の体を確認した。
そして、手の平を広げ……涙した。
今まで気にもしなかった普通の事が、涙が出るほど嬉しかった。
だが、こんなところで泣いている場合ではない。
フィンは柱の影に急いで体を滑り込ませる。
――そして、そこに立つ者と対面したのだった。
まず目に入ったのは真っ白でふわふわの髪。ルービーの髪色も薄いが、あくまでもブロンドだ。
だが、こちらを見上げるこの子は……彼女はまつ毛までも真っ白な、まるで天使の様な娘だった。
彼女はキラキラと虹彩の混ざる宝石の様な瞳で俺を見上げると、いきなり俺の両腕を取り、呟いた。
『見つかりませんように……』
次の瞬間、彼女が消えた。
「……え??うそ――っ!?」
見れば、自分の腕も……いや、体ごと全て消えているじゃないか!あまりの事に、言いたいことが渋滞して出てこない。
彼女は小声でお静かに、と言うと。
「さあ、誰も使っていない部屋に行きましょう!」
フィンの腕を引きどんどん歩き出した。
◇◇◇
「今日はここを使わせて頂きましょう!」
スタンリー家の離れの上階は、使用人の住居になっているようで、その多くは空き部屋となっていた。スタンリー家の使用人になるのは、かなり難しいと聞く。使用人の数も最低限なのだろう。まあ、空き部屋があるのは有難いが……。
「素敵なお部屋。とても広いですわね!」
空き部屋の1つに入り、『もう大丈夫ですわ』と魔法を解いた彼女は、ふわりと笑う。そして、腕まくりをすると、部屋を隅々までを確認し始めた。
部屋に置かれたままのランプに、『火を!』と魔法で灯りを灯したフィンは首を傾げる。
「さすがスタンリー家、使用人の部屋も広いね……って、君、何をしてるの?」
「どんな風にお部屋が整えられているか見るのですわ。そして、他のお部屋を整える際のお手本にするのです!」
「……君はメイド?」
暖炉に頭を突っ込んだまま、彼女は答える。
「いいえ。お昼間お世話になった御屋敷の方々にお礼をしたいのですわ」
「……猫の恩返し?」
いやいや、彼女は人間だ。その考え方は失礼だと、フィンは頭を振った。
「ああ、うん?なるほど。……で、君は誰?」
フィンは無理やり納得すると、まずは名前からだろうと訊ねる。
すると、ベッドの下を覗いていた彼女は、パッと立ち上がり、フィンの前にやって来る。そして、灰色のワンピースの裾を摘み、綺麗なお辞儀をしてみせた。
「ご挨拶が遅れてごめんなさい。私、ミーア・オーランと申しますの」
ミーア……その名前にフィンはたっぷり3分は固まった。
そして彼女の手を取る。
「……え?ミーア?ミアじゃない?……ああっ!!こんな所にいたなんて!」
フィンは思わずミーアを引き寄せ、ギュッと抱きしめた。
すぐに、はっと気付きその小さな体を引き離す。
(ルービーごめん!つい……!)
自由になったミーアは目の前で小首を傾げている。
小動物の様なその仕草、確かにこれは可愛い。
(ルービー、君は幼女が好きだったんだね!)
「ごめんね。びっくりしたよね。でも、どうしてここにいるの?森で行方不明になったって……ああ、そうか!天使は君か!!」
彼女はスタンリー家の馬車に紛れ込み、ボランティアと一緒に帰ってきたに違いない。
「生きてたんだ……本当に……良かった」
安堵からか、感情が抑えきれず、声が詰まる。
……本当に今日はダメダメだ。
目を覆うフィンの背中をミーア嬢は優しく撫でてくれる。
フィンは大きく深呼吸して、ミーア嬢の手を引いた。
「ルービーに会いに行こうか!今すぐにだ!」
◇◇◇
スタンリー家に戻ったグレソンを待っていたのは、大量の執務。忙しい主、ルービー様の代わりにやらなければいけない用事は、屋敷に1日中こもっていたとしてもなかなかこなせる量ではない。なのに、オーラン家関連でこの2日、執務に使う時間は取れず、寝る間も惜しんで仕事をしなきゃならない状態だった。
「ミーア嬢、許すまじ!」
グレソンは主の執務机の上に山積みになった書類を見て呻いた。
どんな娘かは知らないが……あの手紙。ミーア嬢は月海の森に行ったようだった。
「人気者のルービー様の真似だか知らねえけど……馬鹿だよなぁ。月海の森は今、魔獣だらけじゃん?もう殺られちゃってたりして……。ルービー様も優しいよな、わざわざ助けに行くなんてさ」
ブツブツ言いながらも、まずは、と目の前の大量の書類をサクサクと仕分ける。
「はあ?こんくらい自分でどうにかしろや。何?こいつ、とんだクソッタレ野郎だな、俺の目が誤魔化せるとでも思ったか……クソっ。どいつもこいつもアホばっかだな」
ゴトッ。
「ん?」
物音に、書類の山から顔をあげると、正面に見える扉が、スーっと開いた。
閉め忘れたかな?
そう思い、ゆっくりと立ち上り扉を締めに向かう。
すると、部屋の半ばまで行ったところで……。
スー……カチャリ。
扉は勝手に閉まった。
「…………」
グレソンは、執務机に戻り、深々と椅子に座る。
「ふぅ……。つ……次はどんなアホかなぁ――?」
コソコソ……。
……女の声が、扉の向こうから聞こえる。
グレソンはそっと立ち上がり足音を消すと、扉に近づく。そして、ゆっくりと取っ手を取り、ガッ!と開けた。
「うオラァ!!誰だァァ!?」
――――。
誰もいない。
「…………コホン」
時刻はまだ宵の口。グレソンはブルりと身体を震わせると、気にしない気にしないと唱えながら、椅子に座る。
そして、深呼吸し、再び書類に目を落とし……。
ガタンッ!!
グレソンは椅子から転げ落ちると、這いずるように扉を目指す。
『ミーア・オーランはここにいる』
執務机に広がる書類には、インクが溜まるほど震えた文字で、そう殴り書きされていた。
◇◇◇
――翌朝。
「あら、おかしいね。誰が野菜の下ごしらえをしてくれたんだい?」
厨房で首を傾げるテレサ。
そこへメイドの1人が顔を出す。
「テレサ様!今日はお早かったのですか?」
「いや、今来たところだよ。どうしたのかい?」
メイドは首を傾げる。
「……あ、あの……浴室のお掃除が終わっているようなので。では、誰かしら……?」
「さて……誰かしらね?」
テレサは視線を床へと落とす。
「ミャー!」
ふふっとテレサは笑い、近くでミルクを待つ子猫を抱えあげ、作業台の上に乗せる。
「きっと、天使が来てお手伝いをしてくれたんだね」
「え!?天使ですか?……嘘っ!!」
メイドはきっと、テレサ様のイタズラだろうと笑いながら仕事に戻って行った。
テレサは、パンを小さくちぎり、温めたミルクに浸してから、小さなお皿に入れ、子猫の前にそっと置いた。
「パンは好きかい?」
「ミャー」
「そうかい。でも、食べたいものがあれば、好きにここを使っていいからね。材料も少しは置いとくようにするからさ」
「ミャー」
テレサに優しく撫でられながら、子猫は上品に朝ご飯を頂いたのだった。




